001 眼 06
001 眼 06
公園にはカノジョに会った時以来、一年以上来ていなかった。アイツが久しぶりに時間が出来たと連絡してきたので、いつもの公園のベンチで会う事になった。
「また、その不味そうなジュースか」いつものアイツの嫌味だ。
「毎回しっかり飲み干すだろ」そう言いながら一缶手渡す。
アイツに缶を渡してベンチに座る。しばらくお互いに何を話そうか考えて、二人とも池の方を眺めながらジュースを飲み干すまで黙っていた。
「義足の調子は?」
眼の方は聞きづらかった。
「はじめの頃は違和感があったけど。お前の紹介してくれた義師の調整とリハビリのおかげもあって、最近では生身の時より調子が良いくらいだ」と軽い様子で言う。
「お前の方こそどうなんだ。あの時の娘とは順調か?」
「上手くいっていると思う」
「それなら良かった」
いつもなら根掘り葉掘り聞いてくるのに今日はやけにあっさりとしている。
「今日はやけに大人しいな、どうしたんだ」
「この前の個展あっただろ。有名な美術商の目にとまったらしくて、もっと色々な場所でやらないかって言われたんだよ」
「やったじゃないか!」
こんなに素晴らしい機会は他にないのにアイツは浮かない顔をしている。
「どうしたんだよ。良い事だろ、もっと沢山の人に見てもらえるんだから。嫌なのか?」
「嫌なわけじゃない」
「それなら、なんだよ?」つい突っかかってしまった。
「当然、沢山の人達に俺の絵を見てもらえるのにはすごく興奮してる。それにこれ以上ないってくらいに嬉しい」
アイツはそう言うとこれまで見せた事がない深刻な表情で池の方を黙って見ている。
どれくらいの時間が過ぎたのかわからなくなるくらい長い間、沈黙が続いて意を決したのかアイツが口を開いた。
「見えなくなったんだ。もう描けない」
「描けないってなんだよ、なにが見えなくなったんだ? 僕にも分かるように話してくれよ」
思いのほか大きな声で言ってしまった。
「少し長くなるぞ」
「構わないよ」
アイツはゆっくりと深呼吸してから話しはじめる。
「眼が徐々に見えなくなるにつれ"それ"が以前より良く見える気がしたんだ。個展で出した四枚の絵。三枚目までは"それ"が描けていたと思う。視力を完全に失ってから"それ"をもっと描ける気がした。三枚目を描き終わって、眼球の義体化の手術をしただろ、確かに視力は回復した。でも"それ"が見えなくなったんだ。最後の絵、四枚目をどうにか描いたけど、もう俺の描きたいものじゃなくなっていた。だからもう描けない。見えないんだ」
その言葉が僕にはあまりにも重く哀しげに聞こえた。個展で四枚目の絵を見た時に感じた違和感は"それ"が絵に感じられ無かったからなのかは僕には分からない。こんな事になるならアイツに眼球の義体化の話をしなければ良かったと後悔と罪悪感が体の中に湧き出てくる。
池の方をどれだけの時間眺めていたか分からなくなるくらいの長い間、アイツにかける言葉を探しても見つからない。
「どうせお前の事だから、また自分の所為だとか思ってるんだろ」
図星だ。
「これは俺に起きた事だ」
「そうだけど」
「それにな、眼のことはどれだけ感謝しても足りないくらいだ」
僕は感謝されるような事をしたつもりはなかった。ただアイツの辛さや歯痒さは僕には想像を絶する程だろう。
「僕にできる事があればなんでもするよ」
「ありがとな。助けがいる時は頼らせてもらうさ」
アイツがベンチから立ち上がった。
「各地を回る前にお前には感謝してるって事を言えて良かった」
「感謝してるのは僕だよ。施設にいた頃から色々助けてもらっているからね」
「それはお互い様だ」
アイツは手を少し上げて別れを言った。
僕は去っていくアイツの背中に何も言うことが出来なかった。
あまりにも自分が情けなくて立ち上がることもできず、不甲斐なさに怒りで体が熱くなった。
今日、公園に来る時はなんとも思わなかったが、事故が起きた出入り口が今はとてつもなく恐いという思いが込み上がって歩き出す事が出来ない。
僕だけが全てから置いていかれる様な気がした。
最後まで僕の駄文に時間を割いていただいてありがとうございます。
今まで、なかなか物語を終わらせるまで書けたことがなかったのですが、今回はじめて最後まで書けたので、勇気を出して投稿してみました。
今回の物語は、YouTubeでトランスヒューマニズムという事について見たのをきっかけに仕事中、自分なりに義体について考えていた時にひらめいて書きました。
自分の思い描いている物になかなか近づける事が出来ず、不甲斐ないばかりです。読んで下さった方は気づいたかも知れないですが僕は何かに名前を着けるのが苦手で、こんな感じの話になりました。
お時間があれば感想など頂けるとすごく嬉しいです。
次の話を書き終わるのがいつになるかはわからないですが、今年中には投稿出来るように頑張ります。
次回の話も読んで頂けると幸いです。