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001 眼   作者: AB-D
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001 眼 05

 001 眼 05


 公園でカノジョと会ってから頻繁に二人で出かけるようになった後、僕の部屋に一緒に住む様になってから三ヶ月がたった頃。

「支度できたよ」

「あともう少し」

 女性の方が出かける準備に時間がもっと必要なはずなのに、カノジョの方が僕よりいつも準備が早い。一緒に住み始めた頃、不思議に思ってカノジョの身支度を観察した事があった。

「見てないで、自分の支度をして」と怒られた。

 観察してわかった事はとても手際が良いと言う事ぐらいだった。

 そんな事を考えながら支度をしているものだから、乗る予定だった電車に乗りそびれるところだった。

 こういう時は、駅のホームに入ってくる電車がやけに急いでいるように見える。


 アイツと会うのは、眼球の義体化手術をする時に研究所で会って以来になる。テストや経過観察、義眼の調整などは僕とアイツの関係を考慮して、僕を除いた研究チームで行なわれていた。そういった経緯もあって、カノジョにはアイツの事を話してはあるが、会わせるのは今回の個展が初めてだ。

 電車の中で僕が考えてる事を察したのだろう。

「色々考えても仕方がないよ。会ってみればなんとかなる、親友なんでしょう」そんなふうに言われて少し落ち着いた。

 ギャラリーの最寄り駅に着いてから足取りが重い。どんなに遅く歩いても進み続けている限りは、目的に到着するのは変わらない。

 ギャラリーに到着した。入ってすぐの受付に事前にアイツから僕の端末に送られてきた招待券を見せる。

「向かって左からお入りください」

 促されるままに入る。

 部屋の形は大きな正方形だ。入ってすぐ左手側の壁に縦横三メートル以上はあるであろう絵がかけられている。皆が絵に目を奪われている。

 その絵には見覚えがあった。

 僕とアイツが十五歳まで過ごした施設の台所だ。白い大理石のシンクはひび割れ、蛇口からは水滴が落ち、シンクの中には汚れた皿やコップが山積みになっている。床に貼られた水色のタイルは割れていて、剥がれている所もある。吊り戸棚の扉はうまく閉まらない物や扉が取れかかっている物もある。絵の中心には、六人掛けの机に椅子が四つ。あの頃の記憶そのままだ。

 しかし、一つだけ記憶とは異なっている箇所がある。机の真ん中、透明な硝子の一輪挿しにとても美しく咲く赤い花が印象的だ。

 この絵を見ていると、嫌でも施設にいた頃を思い出してしまいそうになる。それを避けるようにあたりを見回すと先程まで絵を見ていた人達がいない。思いのほか長い間、僕はこの絵を見ていたらしい。

「大丈夫? すごく集中していたみたい」

「問題ないよ。他の人は」

「あっち」カノジョが僕達の右側を指差す。

 絵の前に人集りが出来ている。絵がよく見えるように移動する。

 大きさは先程の絵と同じくらい。

 描かれているのはまた施設の台所だ。

 こちらの絵は先程の絵が時間を少し進めたような印象だ。白い大理石のシンクのひび割れから水が漏れている、山積みされた食器類はより多く積まれて今にも倒れそうだ。床のタイルは大半が割れて剥がれている。吊り戸棚の扉に関してはほとんどが外れてしまっている。六人掛けの机の上に置かれた一輪挿しの赤い花の花弁が半分ほど散ってしまっている。瑞々しさを失い、首を傾げた様に茎をしならせている。

 四隅から絵の中心に向かって薄く黒い靄がかかっている。それもあってか、絵全体の雰囲気が少し不気味だ。

「少し怖いわね」そう言われて頷く。

 僕は不安を覚えつつも次の絵の前まで足を運んだ。

 その絵を見たカノジョが驚いて、声になり損なった空気が口から少しだけ漏れるのが聞こえる。

 黒い靄が絵の中心を除いて全体を覆ってしまっている。中心に取り残された一輪挿しの赤い花は一つだけ残して自分が散らせた花弁を哀しげに首を傾げながら見下ろしている。

 言い様のない不安はあったが、次の絵がどうなっているのか好奇心を抑えることが出来なかった。

 他の絵に比べると、縦横ふた回りほど大きい。この絵にも施設の台所が描かれている様だが、僕の記憶にはなかった。大理石のシンクは新品、蛇口はセンサー式で、シンクの中は空だ。床のタイルは全て揃っていて綺麗に磨かれている。吊り戸棚の扉は全て正しく取り付けられ閉じている。机は四人掛けで椅子は一つだけ、机の上には大き目の花瓶に沢山の花。

 これまでに見てきた三つの絵は色をふんだんに使っていたのに対して、この絵はモノクロだ。その事もあってか、とても無機質な印象を受ける。少しだけ違和感を感じたが具体的にはわからなかった。

 絵を見ていた人たちが部屋の入り口の近くに集まっていく。

 絵の作者であるアイツが入って来た。集まって色々とアイツに絵の感想や一言でも言葉をかわそうとする人たちの様子が、餌に群がる池の鯉の様で少しだけ気味が悪く、とても滑稽な気した。その事を察したのか。

「みんな、必死だね」と僕の耳元でカノジョが囁く。

 そんな僕らを見つけたアイツが、池の鯉の様に集まっていた人たちを手でかき分けてこちらの方に近づいて来た。

「初日に来るとは思わなかった」いつもの嫌味が聞けて少し安心した。

「ずっと昔からここで個展をやりたがっていただろ」僕がそう言うと、アイツは少しだけ笑った。

「そうだな。そろそろほったらかしにして来たあの人達の相手をしないと。次はゆっくり話そう、お前の彼女もちゃんと紹介してもらわないとな。来てくれてありがとう」とアイツはカノジョの方に会釈をする。

「そうだね。またゆっくり話そう」

 先ほどまでアイツの周りに集まっていた人たちの視線が痛い。アイツもそれに気づいたのか、気怠そうに池の鯉達に餌をやりに戻っていった。





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