001 眼 03
001 眼 03
どうやって自分が病院まで来たのか分からない、それくらいには気が動転していた。
受付の女性にアイツの事を必死に聞いたが患者の個人情報は教えられないの一点張りで今は手術中とだけ聞けた。
待合室の椅子にうなだれていると、先ほど受付の女性とのやり取りを見られていたらしい、白衣の女性が僕の隣にゆっくりと座る。
「病院一のドクターが執刀しているから、彼は大丈夫よ」と子供をあやすような優しい声で言われた。
突然の事で面食らっていると
「驚かせてごめんなさい。わたしここでインターンをやってるの。手術もうすぐ終わると思うから」
しばらくして、廊下の奥の扉から手術に執刀していたと思わしきドクターが歩いて出てくる。
「無事手術が終わりました。今日はゆっくり休ませてあげて、また明日会いに来てください」受付から話を聞いたのだろう、駆け寄った僕にそう言ってドクターはすぐ立ち去っていった。
僕に気を使ってくれたインターンの女性に会釈をしてから、その日は渋々帰ることにした。
翌日、面会時間の一番はじめに病院に向かった。
809号室と書かれたプレートがかかった扉の前に立って考え込んでしまう。
僕をかばってあんな事になってしまったアイツにどんな顔で会えば、なんて声をかければ良いか分からない。
しばらく、扉の前で考え込むがいくら考えてもなんともならない事なので諦めて扉を開けて中に入る。
まだアイツは寝ている。起こさないようにそっとベットの脇の椅子に腰掛ける。
なんて謝ればいいか考えていると
「いつからそこにいたんだ」と目を覚ましたアイツに体を起こしながら訊かれる。
「十五分くらい前かな」
「黙って見てないで起こせよな。気色が悪いだろ」と傷だらけの顔を引きつらせている。
それが笑顔を作ろうとしているのだと気がつくまでにしばらくかかって余計に、心が痛む。
「ぐっすり眠っていたから、起こすのは悪いと思って」
「そっちは相変わらず顔色が悪いが怪我はなさそうだな」
「あの時なんで僕をかばったんだよ」と勢いあまって言ってしまう。
「もしも反対の立場だったらお前も同じことをしたろ」と真っ直ぐにこちらを見て言われる。
すぐに答えることが出来ず、自分が恥ずかしくなる。
「そうだといいな」とあまり自信がなく答える。
「何にせよ、お前のせいじゃない。気にするな」
「わかったよ。僕に出来る事はなんでも言ってくれ」せめて何か出来ればと思って言う。
「それなら、早速頼みたい事があるぞ」と言いながら毛布で隠れていた足をめくってこちらに見せる。右足の膝から下がギプスで覆われてる、左足の方は太股の半分程の所までしかなく、半透明なジェル状の物で切断面が見える形で覆われている。
わかっていた事だが状況が酷すぎて眼を逸らさずにいるのがつらい。しかし、ここで目を逸らしてしまったら、もう二度とアイツと話をする資格を失う気がした。
「右足は二ヶ月もすれば骨が着くらしいんだが、左足はこの通りだ。ドクターが言うには義体化すれば元通り歩けるそうだ。そこでお前になるべく早く、腕の良い義師を紹介して欲しい訳だ」
「もちろん、すぐに知り合いの義師に頼んでおくよ」
アイツが何かを話しあぐねている様子でいる。
しばらく病室の窓から外を眺めてからアイツが意を決したのか話し始めた。
「いずれ分かる事だからこの際に言ってしまうがな」
廊下を歩く看護師のサンダルの音がいくつも聞こえてくる程に長く静かな時間が過ぎていってから、やっとアイツが口を開いた。
「見えなくなるんだ」
「何の事を言ってるんだ」
「最後まで聞け。俺の眼だ、医者が言うには見えなくなるんだと。運が良くても後六ヶ月くらいだってさ。海外の医療機関をいくつも廻って診てもらったが、どこも同じ結果だった」
「待てよ、まだ診てもらってない所だって沢山あるだろうし、まだ諦めるには早いだろ」
「もういいんだ。絵を描くのに専念する」と強い意志が宿った眼で言われる。
治療の説得は無理そうだ。返す言葉を見つけられず、考え込んで黙ってしまう。
「それと、お前が公園で言っていた例の試験運用テストだけどな。俺がやる。個展のための作品を完成させて、眼が見えなくなった後に気が変わっていなければだけどな」
今度こそ、言葉を失ってしまった。