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大崎玄蕃と名を変え生き延びた武田勝頼の末裔の咆哮  作者: 吉良山猫
第3章甲斐動乱篇
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小田原城の戦い5

油断はする方が悪いのです。

武田勝頼と上杉政虎は部隊を再編して関東へ出兵していた。


信濃の国は叔父である武田典厩信繁を海津城に置き、高遠城に原昌胤、美濃の国の岩村城に秋山虎繁、富山城は今まで通り内藤修理之介に任せており、甲斐国には留守居として真田幸隆と高坂弾正の攻め弾正と逃げ弾正を配置したので守りは大丈夫であろう。


信濃の国にあった鉄砲2千丁は全て持ってきている。


武田勝頼の元にいるのは、山県昌景、馬場信春、上泉信綱、雑賀孫市、前田慶次郎、真田昌幸、北条氏邦、本多忠勝、それに風魔葵達奥方衆である。その数は3万であった。


上杉政虎は、鬼小島弥太郎、直江景綱、柿崎景家、本庄繁長が合流しており2万の兵が武蔵の国に集結している。


上杉政虎はそれとは別に上野衆を斎藤朝信に任せ別働隊として、留守になっている下野の宇都宮城に向かわせている。


その為、現在武蔵の国には五万の軍勢がいるが、武田勝頼は、別働隊としてそこから1万の軍勢を割き、山県昌景を総大将に任命し、古河御所を制圧に向かわせた。


これで武蔵の国の軍勢は上杉勢と合わせて4万となったが武田勝頼には勝算があった。


そしてそれに全く気付いていない今川義元と太原雪斎は北条家はこれで降伏以外ないと判断して、降伏勧告の使者を太原雪斎自らが務めるべく小田原城へ出向いたのであった。


今川義元と太原雪斎が武田勝頼の動きに気が付かなかった理由は、風魔葵率いる風魔衆と霧隠才蔵率いる真田忍軍、そして上杉家の軒猿が情報封鎖を完璧にこなしていたからであった。


そして小田原城に出向いた太原雪斎は夜になっても帰ってこない為、今川義元は不審に思ったが、部下達の話し合いが難航しているか、接待でも受けているのでしょうとの言葉に成る程と思ってしまったのである。


そして夜が深くなる頃に、今川義元と連合軍の陣地で一斉に火の手が上がった。


箱根に帰っていたと思っていた風魔小太郎と風魔衆が連合国の兵糧に一斉に火を放ったのだ。


今川義元の軍勢だけにはこの攻撃はしていない。その理由は連合軍は退却させる目的であるが、今川義元は逃がさないようにする為である。


油断しきっていたところに、闇夜にそうでなくても心細い兵糧を燃やされた連合軍は混乱に陥り、退却せざるを得なくなり散り散りに逃げ出すのであった。

たとえ話で、山で遭難して手持ちの食料を全て失ったと考えてください。絶望感しかありませんね。

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