箱根からの来訪者
今回より鈴木秀重の名称は今後雑賀孫市で統一します。
宴の数日後、勝頼は葵を呼び出した。葵はふんどしのことを怒っているのかとビクビクしていたがそれは違った。
「葵、こないだは助かった!褒美としてさつま芋畑300坪を葵にやろう!」
勝頼は葵が何よりもさつま芋が好きなのを知っていたので褒美ならこれが1番喜ぶだろうと思った。
勝頼は知らないが実は海津城の勝頼の屋敷の地下には葵が掘った穴がありの巣の様に迷路になっており、葵はここに武器や食料を貯蔵していた。この時代に冷蔵庫はないので勝頼も夏場の食料保存の為、地下や洞窟を冷蔵庫として使っているが、まさか自分の屋敷の地下がこんなことになっているとは知らない。
葵はさつま芋の芋以外も葉っぱや茎を芋がらやきんぴら、お浸しなどにして食べている為、正に宝の山だろう。
さつま芋は捨てる部分がないくらい優秀な野菜なのである。
勝頼からさつま芋を分けて貰った風魔や北条も歴史的大飢饉をさつま芋を勝頼から教わった方法で増やし続けて大量生産した為、何とか食いつないでいるらしい。小田原城内もさつま芋畑ができているとか。
千代丸を通してさつま芋の保存方法や加工法を伝えている為、武蔵までは手が回らなかったようだが相模、伊豆は助かったようだ。
霧隠才蔵と真田忍軍に命じて飢えた者や食い扶持に困り口減らしの対象になる者を飢饉の地域で集めて蝦夷に送るようにした。蝦夷ではじゃが芋の栽培などを行なっており助五郎にも寒い所で育つ植物を集めるように命じているのと、海産物や野生動物の捕獲と、富山城からの仕送りで何とか冬は越せるだろう。急ぎ住居を建てているが最初のうちはやはり厳しいとは理解している。
「そういえば葵に箱根から文がきていたぞ!」勝頼は手紙を葵に渡す。
それを見た葵はサーッと青くなりダラダラ汗を流し震えだした。
そして青い顔をして懐から紙と墨と筆を出すと、カキカキと無言で書状をしたため風呂敷に荷物を詰めて大急ぎで出て行ってしまった。
「一体どうしたというのだ?」勝頼は怪訝そうな顔をしながら葵が書いた手紙と葵が放り投げて行った手紙を拾いあげ読んでみる。
「ふむ、どれどれ」
急に山に篭りたくなったので暫く旅に出ます…探さないで下さい…葵
もう一つの箱根からの手紙には、葵へ。元気でやってますか?久しぶりに葵の顔が見たくなったのと葵がそちらでどのように生活をしてるのか見たいのと、葵の主人がどのような方か見てみたいのでそちらに逢いに行きます。母、風魔│早苗より。
「成る程。葵の奴、風魔の里から母親が来るので逃げ出したのか?そんなに厳しい母なのだろうか?しかし手紙が来たのは2日程前で緊急性が低いので勝頼の手元に小姓から回って来たのが今だからもしやもう着く頃かもしれんな!?」
勝頼は念の為、客人に会う時用の着物に着替えてもてなしの準備をすることにした。
その頃葵は城下を風呂敷を担ぎほっかむりで顔を隠して網丸と走っていた!
「大変なことになった!まさかお母様が来るなんて!今回は茂作に犠牲になって貰おう!」
風魔早苗は風魔の里で若い忍者を育てる先生をしており、葵は嫡子であり、才能があった為、跡継ぎとして幼いころより誰よりも厳しく指導されて来たのだ!その為、母親は大好きだが、ついつい反射的に逃げ出してしまう。戦いは勿論、忍術、医学、薬学、農業、礼儀、作法、料理など全て風魔早苗から教わっていた。それが上手く出来ないと罰として夕飯を抜かれることもあった。葵はこれが何よりも1番辛かった。
網丸も風魔早苗が怖かった。仔犬の頃に葵が拾って来たのだが、何かやる気ない顔をしてるわね。網丸のせいでこっちまでやる気がなくなるわ!役に立たないなら毛皮を剥いで鍋の具にしてしまおうかしら?と何回か鍋に放り込まれそうになっている。顔は笑顔だが目は笑ってないのだ!網丸もあの恐怖が全身に残っており、葵から風魔早苗が来ることを聞いた時は失禁してしまった程である。網丸も食われてはたまるかと必死で修行して、忍術を覚えて忍犬として役に立って見せることで何とか生き延びてきたのだ!
キャイイイイン!網丸の悲鳴が聞こえた気がした…葵が横を見ると一緒に走っていたはずの網丸の姿がなかった!?
葵はいよいよ青ざめ背中を冷たいものが伝う…
「ま…まさか!?」
次の瞬間に目の前から無数の手裏剣が降ってくる!?葵は辛うじてわざと横に飛び転び受け身を取ることによりそれをかわす!
葵はそのまま横にぐるぐると転がり逃げ出そうと左足に力を入れるが目の前に立つ人物によってそれを阻まれた!肩にはぐるぐる巻きにされた網丸がぶら下げられている!?
「どこに行くつもりかしら、葵?」
「ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
「久しぶりね葵。腕は鈍っていないようだけど、左利きの貴女は身体が左から出る癖は直ってないようね!」
「お、お母様!?」葵は観念してへなへなと座り込む。
そう、首から翡翠の首飾りを下げ腰の辺りに細めのベルトの様な物を下げて背中に小太刀をクロスさせているこの女性こそ葵の母親である風魔早苗であった!
「で?そんなに急いで何処に行くつもりだったのかしら、葵?」
「………いえ、お母様を迎えにいこうかと…」
次の瞬間にゴチン!!と言う音がして葵は頭を抑えている。
「イタタタタタ…ピィ!」
「嘘おっしゃい!そんな荷物を持って迎えに来る子が何処にいるの?まさか逃げる気だったんではないでしょうね!?」
葵は青くなりダラダラ汗を流しながら「ごめんなさい!ごめんなさい!もうしません!」と必死に謝っている。
「まあいいわ!さっさと葵が住んでいる処に案内しなさい!」
「え!…それは!」
「それは?」
「な、何でもないですお母様!案内致します!」
そんな親子のやり取りを遠くから眺めていた茂作は1人逃げ出していた。
「すまん姉上!姉上の犠牲は無駄にせん!安らかに眠ってくだされ!」
葵は母親を案内しながらとぼとぼと海津城下を歩く…
「しかしどんな田舎かと思って来たけど城下町は小田原以上に栄えてるわね。規模は小田原城より小さいけど遠くに見えるあの天守閣は小田原城以上だわ!」
頭にこぶたんを数個作った葵はそれをさすりながらも海津城が褒められるのは自分のことの様に誇らしかった!
「葵!貴女の住んでる家はまだなの?長屋はもう過ぎてしまったけど、まさかお屋敷に住んでるとかはないわよね?」
「居候ですがお屋敷に住まわせて貰っています母上様!」
「あら凄いじゃない!見直したわ!」風魔早苗は忍びなので何処かの家来の家に居候しているのだと思っていた。
そして海津城に着いた!
「ここは領主様が住むお城じゃない!私は城に案内しろとは言ってないわ!まずは貴女の家に案内しろと言ったはずよ!」風魔早苗は少し怒りながら葵を睨む!
そしてゴチン!と言う音と共に葵が頭を抑える。「ピィ!?」
すると城門が開き武田勝頼と筆頭家老の山県昌景、次席家老の馬場信春、家老の上泉信綱、重臣の真田昌幸、鈴木重秀、前田慶次郎、霧隠才蔵、小姓の北条千代丸が出迎える。
「これはこれは葵の母上殿ですな。初めまして!私はこの地を任されている甲斐守護の武田信玄が四男、武田四郎勝頼でございまする。此度は良く参られた!歓迎致しますぞ!」
勝頼はにこにこしながら歓迎するが風魔早苗は腰を抜かすほど驚いた!目の前の葵と同い年と聞いていた武田勝頼はこの時点で身長は165センチは超えており、目は鋭いが中々の美青年であり声が通っており威厳がある。口々に自己紹介する者達も只者ではないし、山県昌景は武田最強と言われる赤備えの騎馬隊で有名であり、馬場信春は不死身の鬼美濃としてその名は二人とも全国に響き渡っている。上泉信綱は剣聖と呼ばれ、忍びの世界でも彼にだけは決して関わってはならないと呼ばれる化け物である。霧隠才蔵は忍者の世界でも名は知らぬ者はいないほど有名だ。真田昌幸や前田慶次郎はよく知らないが、鈴木秀重と言えば上方で知らぬ者はいない最強の鉄砲集団雑賀衆の雑賀孫市その人だ!そして北条千代丸は主君北条氏康の自慢の子供で兄弟の中でも嫡男の氏政より優秀と言われる5男ではないか!?何故ここにはこれだけ人材が揃っている!?間違いなく天下を狙えるような面々の集まりだ…武田勝頼…化け物か!?しかも夢か幻か…武田勝頼の背後には毘沙門が見える!?うちの子はとんでもない処に仕官したと思う風魔早苗なのであった。
「葵!?で本当に貴女の住まいは何処なのか言いなさい!」勝頼達が引き上げたあと風魔早苗は葵の耳を引っ張り凄む!
葵は渋々自分の部屋に案内する。海津城内の1番立派な屋敷だ!
「え!?何の冗談かしら?」
そこへ笑いながら勝頼がやってくる。
「葵の母上殿、葵は私の屋敷に護衛も兼ねて一緒に住んでいるのですよ」
勝頼は笑顔で答えるがこれには流石の風魔早苗も絶句した!?忍者の娘が領主の屋敷に一緒に住んでいるとは聞いたこともない!
「うちの葵をここまで大切にして下さるとは…葵、良い主君に巡り合いましたね。母は安心致しました」
風魔早苗はその場で涙を流す。
「やめてくだされ!葵の母上殿!こう見えて葵はよくやってくれています。私も助けられているのですよ」
勝頼がにっこり微笑むと、風魔早苗はふつつかな娘ですがどうかこれからも末永くよろしくお願い致します、と頭を下げる!
勝頼は「え!?今何と言った!?」
「ですから娘を宜しく頼みますと?」
「む、娘!?娘だって!?ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
勝頼は腰を抜かすほど驚いた!?まさかとは思っていたが葵は女の子だったのである!?
その後、風魔早苗に風呂で磨かれ女物の着物を着せられ勝頼の前に現れた葵を見て勝頼は口をパクパクさせながら…「美しい!」とだけ言い助五郎から買っておいた綺麗な装飾が施された櫛を葵に渡す!やる!いつも頑張ってくれている褒美だ!葵はポッと頬を赤らませ受け取る。
それを見ていた風魔早苗はクスリと微笑み頭の中でもしかしたら葵は…とほくそ笑むのであった。
その日の夜は盛大に風魔早苗の為のもてなしが行われた。勝頼の家臣団は宴や祭り事が大好きな為、楽しく飲み食いできる理由があれば気持ちが上がらないはずがなかった。
勝頼は葵が女子であることに気づいた。しかしその後も接し方は変わらずついつい構ってしまうのであった…でも勝頼は思った。葵のあの純白で照れると赤くなるあの頬っぺたが何よりも大好きであると!
勝頼は葵が女子だとやっと気づきました。それと葵の頬っぺたは無意識につまみたくなるくらい魅力的だと思うのでした。