悲劇の少女サーヤ
琉球のシーサは1689年が始まりとされていますが、この物語ではそれ以前にあったと設定させて頂きます。
ここは沖縄本島の外れ、人が寄り付かない岩場近くの洞窟にサーヤは両親と隠れ住んでいた。
両親は優しく、生活は貧しくボロを見に纏い、野草や魚や海藻、貝や海老、蟹などをとっては暮らしていた。
サーヤは貧しくても優しい両親が側にいるだけで幸せであった。
しかし、彼女達が人々から逃れて隠れ住み貧しい生活を送らなければならないのには深い理由があった。
サーヤの髪の色は金髪で、その瞳は美しく蒼く澄んでいた。
そう、彼女の父親は漂流したイギリス系の南蛮人であった。
彼女の両親の馴れ初めは、漂流した父親を彼女の母が助けて匿い介抱したことから始まる。
そんな2人が惹かれあい、男女の中になるには時間が掛からなかった。
しかし、不幸は彼女の母の身分から始まった。彼女の母は琉球王の姫君だったのだ。
毎日出かけていく姫を不審に思った王の側近が配下に後をつけさせると彼女が漂流した南蛮人と抱き合っているのを目撃する。
報告を受けた琉球王は激怒して直ちに兵を漁村に向ける。
しかし、寸前の所で彼女を小さい頃から乳母として支えてきたグジャは小船で彼女達を逃したのだ。
怒り狂った琉球王はグジャを八つ裂きにして魚の餌にしてしまった。
風の噂で、その事を聞いた彼女は自分のせいでグジャが殺されてしまった事を深く悲しみ、実の父である琉球王のその所業を恨んだ。
そして、彼女達は本島の一番九州寄りの外れで隠れ住んだのだ。
サーヤの母は、祖父から貰った琉球王族の証の護り刀だけはいつも肌身離さず持っていた。
優しかった祖父はもうこの世にはいなかった。しかし、彼女が幼い頃いつも祖父が島の言い伝えを聞かせてくれた。
どんな時でも、祈り続けて信じ続ければきっと神の化身であるシーサーが現れて救ってくれると。
これは王家に古くから伝わる伝説でな、王家の者しか知らん事だと。そして祖父から貰った手乗りサイズのシーサーもいつも護り神として洞窟に飾り、拝んでいたのだった。
サーヤはそんな母の話をいつも聞かされて育っていた為、シーサーを信仰していた。
又、父は熱心なプロテスタントであった。彼女の父は肌身離さずクロスを身につけており、いつも祈りを捧げていた。
サーヤには信じていれば神はきっと見守って下さっている。祈ることが救われる事に繋がると教えて育ててきた。
貧しいのは、それらの理由と漁や採集は人目につかない夜に行う以外なかったことも関係している。
しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。サーヤが8歳になった時の話だ。
夜にサーヤが野草を摘みに言っている時に、近隣の村人によって密告された両親が琉球王の手によって襲われたのだった。
サーヤが洞窟に戻った際には両親は既に虫の息だった。
サーヤの母は最後の力を振り絞り懐中から琉球王家の護り刀をサーヤに託し、大丈夫、きっとシーサーが貴女を守るわ…と言って息耐え、父も自らのクロスを首から外し、サーヤに渡すと、神よ、私達の娘をお護り下さい…と言って息耐えた。
うわあああああああああああああああああああとサーヤは泣き続けた。
そして、優しかった父母を殺した琉球王を許さないと心に誓うのであった。
そしてそれからサーヤは言葉を話さなくなった。
しかし心ではいつも祈っていた。父母が言っていたように神様は見て下さっている。そしてシーサーがきっと救いに来て下さると…
そしてサーヤが、9歳になった年に大きな出来事が起こった。
島から琉球王国の水軍がどんどん沖を目指して進んでいくのだ…そして雷のような轟音が響いた後、琉球水軍は海の藻屑になっていた…
サーヤは驚いて普段は用心して昼間は洞窟より出ないのだが、浜辺まで来てしまった。
迂闊だった。そして運悪く近隣の村人達に見つかってしまったのだ。
サーヤは必死に逃げるが、村人達は、去年皆殺しにしたと思ったが、まだその子がいたかと石を投げ、武器を振り上げ襲ってくる。
ゴンとサーヤの頭に石が命中し、サーヤは血を流し倒れ込む…
手間取らせやがってと村人達は、サーヤにとどめを刺しにかかる。
「神様…助けて…」
サーヤの目から涙が流れた時に、ドーンと数発轟音が響き渡る。
その男と共に村人達は、バタバタと倒れる。パニック状態になり逃げ出そうとするが、それを逃さぬとばかりに切り捨てる。
サーヤが目を開けた時、まだ銃口から煙が出た銃を構えた武田勝頼が目の前に立っていた。
武田勝頼と雑賀孫市、上泉信綱が村人達を一掃してサーヤを助けたのだった。
「危ない所であったな。大丈夫か?」
勝頼がサーヤを抱き起こす。
サーヤが薄れゆく意識の中で見たものは、シーサーの兜と首からクロスを下げた勝頼の姿であった。
「神様が助けて下さった…」
そしてサーヤは意識を失ったのであった。
武田水軍が琉球王国へ迫り、攻撃してきた琉球水軍を全滅させています。