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始まり。

 しこたま飲んだ。

 視界が歪んで見える。ふわふわとした気持ちのいい酔いが醒めて、頭をきりきりと締め付ける痛みを伴う悪酔いがやって来た。

 足取りはふらふらというか、どったんばったんと騒がしい。バランスと地面を踏む力加減が、馬鹿になってしまった。


 腕時計を見やる。時刻は午前二時になろうかというくらい。当然終電はなく、神楽坂にある自宅には帰れない。

 今踏みしめているのは、浅草の石畳。浅草演芸ホールの提灯にはもちろん灯りはない。ガス灯を模したレトロな街灯と、24時間営業の雑貨店がやけにびかびかと眩しい光を放っている。

 幸い、浅草は安い宿やネットカフェも多い。タクシーを使う手もあるが、部屋にたどり着くまでの階段を上りきる自身がない。エレベータが使えて、高低差のないフラットな移動だけでたどり着ける宿を見つけねば。

 あたりを見回す。浅草演芸ホール――知らない落語家たちの名前が連なる今日の演目が目に入る。別段、落語に興味はない。高校の社会見学で行ったときは、演者の前で爆睡した。

 そんなことを思い出す、高校の友達の結婚式の後。


 ――ちょうど向かいの雑居ビルにネットカフェを見つけた。

 ナイトパックの値段は1410円。――なかなかに安い。

 個室のボックス席の内装は、フラットタイプ。合成皮革のソファとマウスとキーボード、モニターのついたデスクトップパソコンが一台。入るや否や、パソコンを立ち上げた。

 泥酔状態で作業などできそうにもないが、頭はくらくらしているのに目はぎんぎんに冴えているのである。

 ブラウザを起動する。自分のパソコンと違ってやけに遅い。どこぞの利用客が、エロ動画でも見漁って変なウイルスでも入ったのだろうか。

 無論、今から俺もそうするつもりだ。


 検索欄に、「巨乳 ヌード」と入れる。

 すぐさま裸の女で埋め尽くされた画像検索結果が、俺を出迎えてくれた。下腹部に血が集まり、熱を持つのが分かる。じわりじわりと‘ぶつ’がトランクスを持ち上げてスラックスのチャックの部分を隆起させた。

 俺は汚いおっさんが美女を犯すだとか、そういうのには萎えてしまう。百歩譲ってそこそこの美男が美女と絡むか。なんなら、主観視点どころか、女がひたすら裸で踊るくらいの動画の方が見ていて純粋に興奮できる。自分より美男だったら、どこか嫉妬するし。自分よりブ男だったら、汚らしくて萎える。俺は自慰のときまで小心者だ。――地元や高校の友達に、次々と先を越されるのも頷ける。

 目の保養は充分すぎるほどだが、耳が寂しい。

 突かれて喘ぐ女の声には、そこまで劣情を感じない。ぐちゃぐちゃとか、ぬちゃぬちゃとか、体液に濡れた性器が奏でる音も好きではない。ヒップホップに腰をくねらせる着エロか、それを裸でやるか。それぐらいが俺にはちょうど良い。俺の性欲はきっと、幼いのだろう。女の裸が美しいから、劣情を感じる。人間が生き物であることを体現した、グロテスクな性器のアップには目を背けるのだ。

 

 別窓のYoutubeで動画を開く。邦楽だと耳を取られすぎるから洋楽がいい。アカウントにログインし、ヒップホップのプレイリストを開く。

 

 裸の女は、シャワーを浴びている。

 大きく突き出した胸と尻。柔らかい肉が、手のひらからこぼれて腕に吸い付くように滑り、水を吸った肌がてらてらと輝く。肌色の濃い乳輪、つんと立った乳首。痩せすぎていない、すこしだけ膨らんだ下腹部からは母性が感じられる。

 身体をくねらせ、胸を揺らし、綺麗な背中をこちらに向けて、女は振り向きざまに微笑む。くりくりとした目が、顔に絡みつく黒髪の奥から覗いて、ぷっくりとした唇の間から白い歯とピンク色の舌がのぞく。――エロい。可愛い。綺麗。美しい。魅力的な女性を形容するすべての言葉を、画面の中の彼女は網羅していた。


 画面にくぎ付けになりながら、しばらく勤しんでいると無音が訪れた。――そして、ノイズの混じった音声が流れ始める。どうやら、ヒップホップのプレイリストが終了し、俺のオールディーズのコレクションに入ったらしい。流れてきたのは、‘エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ’。1967年に発表された、マーヴィン・ゲイとタミー・テレルのデュオナンバーだ。

 俺はゆっくりと目を閉じた。――この曲は素晴らしい。なにせ性欲にまみれた俺を、純粋で献身的な愛を歌う世界へと誘ったのだから。


 陶酔し、後ろにのけ反り、ソファに手のひらをついたところ、ぐちゃりと冷たい何かが触れた。

 思ってもみない感触におわあと声を上げながら、後ろ向きに倒れた。仰向けになった俺の顔を女がのぞき込んでいた。――女? いや、少女だ。背丈も顔立ちも身体のラインも、どこかあどけなさが残っている。服装は、ダボっとした黄ばんだ白のトレーナーを上に。下は擦り切れてくすんだチェック柄のプリーツ・スカート。裾がところどころ破れていて、どうにもみすぼらしい。服から伸びる手足は不健康なほどやせ細っていた。――失礼ながら形容するが、異様な身なりと容姿。俺はしばらくの間、彼女をまじまじと仰ぎ見る。

 すぐに、俺の額に手刀が振り下ろされた。


「つっ!」


 衝撃で外れたヘッドフォン。解放された俺の耳に飛び込んできたのは、どこかスレた声だった。


「おい、気持ち悪い動画もん見てんじゃねえよ。おっさん」

「お、おっさん……」


 彼女の歳からすれば、27歳は立派なおっさんだろう。――エロ動画を見ていたところを見られたことよりも、‘おっさん’と言われたことのショックが勝った。


「ティッシュ貸せよ」

「え?」

「部屋となりなんだよ。間違えて開けちまってよ。あんたがスケベな動画見てイチモツ握ってたから、アイス落としちまったんだよっ。拭くからティッシュ貸せよっ」


 一応反論すると、イチモツを握っていたところを見られたわけではない。


「お、おお……」


 ティッシュを箱ごとわたす。

 肩口まで伸ばしたギシギシの黒髪。前髪は顔を覆い隠していて、そのすき間から攻撃的なひとみが覗いている。

 彼女は顎でモニターを指した。モニターでは今も裸の女が、シャワーを浴びながら自らの身体を艶めかしくさすっている。


「消せよ、それ。エロおやじ」


 俺はおっさんからエロおやじに格下げを喰らった。慌ててブラウザを閉じる。

 拭くのを手伝おうとすると、「いいから」と言われた。部屋を間違えたのは自分だからと。口は悪いが義理堅いところがあるらしい。

 べっちゃりとソファの上にこぼしてしまったバニラソフトを拭き終えたころ。アクシデントの連続で冴えてしまった俺は、勘づいたことを聞いてみた。


「君っ、未成年だろ」

「はぁあっ!? 関係ないだろっ!」


 半ば怒鳴るような大声を上げた。――だけど、そう答えれば誘導尋問に乗せられたようなものだ。仮に彼女が未成年でないとしたら、否定すればいいだけのこと。彼女がした返答は肯定に他ならない。

 それを自覚してか、途端にしおらしくなった彼女。


「家出でもしたのか」

「……」


 なんだか追い打ちでもしているみたいだ。

 まだ無意識の酔いが残っていて、普段なら黙ってやり過ごすことも聞かずにはいられなくなっていたのだろうか。数秒前まで違法アップロードのエロ動画を見ていた俺に、余計なお世話の正義感が生まれた。


「こんなとこで泊まってないで、帰った方がいいぞ。家族も心配してるんじゃないのか」

「してるわけないだろっ!! あのくそ親父がっ!!」


 返答から察するに、家族という言葉が気に障ったのか。何か嫌な想い出でもあるのかとぼんやりと考える間もなく、とんでもない理由が彼女の口から告げられた。


「あたしを、風俗に売ろうとしたんだぞ」


 ――その一文を理解するのに数分かかった。聞き返そうかと思ったぐらいだ。口をぽかんと開けて間抜けな顔をしている俺に、黒髪の間からの視線が刺さる。もし彼女がそんな言葉を言わなければ、‘高校生なんて社会人に比べれば大したことない’などというしょうもない驕りをさらけ出していただろう。今となっては、そんなことを一瞬でも思っていた自分が恥ずかしくなってしまう。

 彼女が経験したショックは、測り知れないものだろう。思い出すだけで泣けてきたのか、えっぐえっぐとすすり泣くような声が黒髪のベールの奥から聞こえた。


「――あたし、帰りたくない」


 そう思うのも無理はないだろう。

 狭いボックス席にふたり。奇妙な沈黙が包んだ。――モニターの待機時間が過ぎて画面がブラックアウトした。彼女はなぜか、俺のボックス席から出ようという気配すら見せない。ただ、顔を隠すように垂れ下がる傷んだ前髪をかき上げもせずに、三角座りで項垂れているのみだ。


「――ねえ、おっさん。なんかしゃべってよ」


 ふいに彼女が口を開いた。投げやりな話の始め方だ。


「しゃべってよって。席に戻ったら――」

「もう三日もひとりだよ。昨日は地下道で、その前は深夜バスの待ち合わせ室で過ごしたかな。――ここなら漫画もあるし、映画も見れる。アイスも食べれる。けどもう退屈っ」


 家出をして三日目の宿がここということらしい。それ以前は野宿。流石に捜索願でも出ているんじゃないかと思ったが聞こうとした瞬間に、彼女の凄惨な家庭事情を思い出す。――言葉に詰まってしまう。何かを話した方がいいのだろうか。

 ボックス席の中は、ふたりの体温で熱がこもり、少し汗ばむくらいになった。今年は冷夏で秋になるのも早く、やけに涼しい外。背中を汗が伝うのは、少々懐かしい感触だった。

 彼女が耐え切れず、長袖をまくった。――綺麗な少女の肌に不釣り合いな青紫色に変色した痣が右腕にあった。

 俺は目を丸くした。彼女は俺の視線を嫌がるでもなく、ふて腐れた笑みを黒髪の奥から漏らした。


「これね。――いつか出てってやるって、お小遣い貯めようとバイトしてたの。そのお金が父親に使われそうになってね。泣きじゃくってぶっ叩いちゃった。反撃を喰らったのがこれ」


 想像をしていた通りの壮絶な理由だった。また一段と重たい空気がふたりの間に流れる。


「ほら。あたしがしゃべっても暗くなるだけでしょっ。おっさんからなんか話してよ。仕事のグチでもいいよ」


 彼女にリードされるがまま、俺は女の子が退屈しそうな仕事のグチを話した。――こんなんだから、俺はどんどん同級生たちに先を越されるんだろうな。

 勤めている広告会社。やらされているのは誤植の確認がほとんど。ばつの悪いことに、取引先とこちらしか内容を見ることができない資料で、派遣やパートには回せず、下っ端の俺たちに降ってくる。ひとつでも見逃すと、内輪の資料にもかかわらず、上司と取引先の両方から怒号が飛んでくる。だいたい、そういうことをしてくる奴は、妻や娘から邪険に扱われていたりで鬱憤うっぷんが溜まっている。――これは相当なレアケースだが、妻が不倫をしているなんてのもある。

 なんとろくでもない話だろうか。それでも彼女は、笑ってくれていた。――なんだか新鮮な気分だった。黒髪に隠された瞳は見えない。だけど、彼女のささくれだった唇が柔らかくなるのを見ると、胸が疼くような感触がした。


「ちょっと新鮮だったかな。あまり男の人の仕事の話って聞いたことないから」

「――こんなんで大丈夫だったか」

「まだ黙っていいなんて言ってないよ。今度は好きな漫画や音楽、映画の話でもいいよ。おっさん、やけに古いのとか詳しそうだし」


 ご名答だ。中学のときから変な反抗心で新しいものや流行を毛嫌いしていた俺は、自分が生まれるよりも前か、生まれたあたりの音楽を聴き漁っていた。60~90年代はかなりの守備を誇るが、それ以降の所謂自分の世代には疎い。


「さっきは何聞いていたの?」


 彼女がソファに転がったヘッドフォンを拾い上げる。俺はもう一度ブラウザを立ち上げて、もう一度‘エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ’を再生した。


「うっわっ、おっさんくさっ」


 けなすというよりは、からかうような口調でそう言った。ヘッドフォンの耳当てを両手でおさえて、ぎゅうっと目をつむって彼女は笑った。ヘッドフォンで乱れた黒髪の間から、栗色の瞳が覗いた。――ガーネットのように透き通っていた。


 彼女は俺を寝かしてくれなかった。はた迷惑にも、俺にじゃれついてきた。だんだんと警戒心が解けてきたのか、彼女は猫のような声を出すようになっていた。

 翌朝、会計を済ませると、俺の嫌な予感通りに彼女もすぐに会計を済ませて、まるでカルガモの子供のように俺の後ろをつけてきた。


「わっ!」


 背後から腕を目いっぱい伸ばして背中を叩いてきた。――気配は感じていたから驚きはしなかった。振り向いた俺に「ノリが悪いなあ」とでも言いたげな膨れっ面。出会った時よりも表情が増えた気がする。あんまり懐かれると調子が狂う。――こいつは、男の習性というものを知らないのだろうか。


「あたし、お腹空いたなあ」


 浅草の石畳を歩く。俺の後ろをついてくる彼女の格好は、先ほども説明したが。上はダボっとした黄ばんだ白のトレーナー。下は擦り切れてくすんだチェック柄のプリーツ・スカート。そしてそこに、泥だらけの汚いスニーカーまでもが加わった。――いよいよホームレスの格好だ。いや、彼女は家出して三日も経つのだから、そう考えれば不自然ではないのだが。‘終電を逃したくたびれたスーツのアラサーの男’と、‘ホームレスまがいの格好をした家出少女’というのは、どう考えても奇妙すぎる。ひょっとしたら通報されてもおかしくないのではないのだろうか。

 雑居ビルを出てすぐ、目の前にある交番からの視線を受けないように、彼女の手を引いて早歩き。体格差も手伝って、半ば彼女を引きずるような形になってしまったが、この格好のふたりで街中をうろつくのは憚れる。


「――とりあえず、俺ん家来るか?」

「おー、お持ち帰り決定ー」


 ――人の気も知らないで、のん気なやつだ。

 休日、土曜の朝とはいえ、東京はどこもかしこもひとだかり。人ごみをベールに地下鉄――都営浅草線に乗り込み、ひとまず神楽坂を目指す。途中、浅草寺に行きたかったなどと彼女が漏らしたが、冗談でもやめてくれと言いたくなった。


*****


「へぇーえ、綺麗にしてるじゃん」


 いつしか、職場の美人な先輩が俺の家を訪ねてきて、一番最初に呟くような台詞。俺の妄想と随分と違うのは、その主が、小汚い家出少女というところだ。くたびれたスーツの上着を脱いでハンガーにかけた。彼女には、シャワーを浴びるよう促した。あのギシギシの髪の毛は、安いリンスインシャンプーのせいだろう。男物でもリンスをすればマシになる。そう思ったのと、下を脱ぐ時間稼ぎが欲しかった。

 彼女は小柄だ。女性の中でも小柄だと思う。手足の細さもどこか病的だし、彼女の家庭状況から考えて、きっと成長に充分な栄養を取れていないのだろう。そんな彼女にフィットする服を見つけ出すのは不可能だ。――無難に綺麗なシャツと、半ズボンでいいか。

 まだシャワーの音がするのを確認してから、風呂場の前に着替えを置いた。


「上がったらこいつでも着ろ。さっきのよりはマシだろう」


 玄関。彼女の脱いだ靴から、土と汗の混じったなんとも言えない匂いがしていた。家出のためにお金を貯めていたとは聞いたが、自分の身なりに回す余裕はなかったのだろう。それよりも、父親から逃げ出したかったのか。――単に父親の気を引きたいだけなのか。そう思う動機も、のぞき込むことすら怖いぐらいの深い谷のように思えた。シャワーの音が発せられているすりガラスの向こうの彼女の裸体には、右腕の他にも痛々しい傷や痣があるんじゃないか。そんなことをぼんやりと考えて、ひとりで悲しい気持ちになった。


「ありがと」


 彼女の声が浴室から聞こえたのを聞き取って、俺はベランダに逃げ込み、すっかり日の上った空を見上げた。都心と違って、電柱の高さくらいの家が立ち並ぶ住宅街の空は広い。皇居がある方をぼんやりと眺めていると、彼女がベランダの戸をがららと開けた。


「じゃーん、萌え袖ーっ」


 彼女が余った袖口をつまんで、ひらひらと見せびらかす。

 本当に彼女は猫みたいだと思う。ことあるごとに、俺の興味を惹こうと、俺の反応を求めようと、頻りに脛のあたりを前足でつっついて、すりすりとしなやかに背中を擦りつける。


 俺は猫が腹を空かせているのを思い出して、餌をつくってやった。――バターを熱したフライパンにひいて、ミルクと砂糖、バニラエッセンスを混ぜた溶かし卵で包んだトーストを焼く。おおおと声を上げながら、彼女は目をまん丸にした。


「これ、フレンチトーストっていうやつっ?」


 食べたことがないのだろうか。きゃっきゃと騒ぐ彼女。


「そんなに驚くことかよ」


 乾いた笑いを交えて、座卓に出来上がったフレンチトーストの皿をふたつ。牛乳を注いだコップとともに。いつもの食卓が、狭く感じた。


「驚くよ。男の料理っての、初めてだもん」


 洗い髪はしっとりとしていて、天使の輪っかを宿していた。顔にかかっていた黒髪のベールは取り払われていた。綺麗で可愛らしいおでこの皮膚が、きらきらと光っている。


「うっっっまぁああああああっ!!」


 猫は天井を見上げて、人語と鳴き声の狭間のような声を出した。――大げさだなと笑ってから、遅れてひとかじり。自分でも想像以上の出来に、もう一匹猫が増えた。


 ――小さいラップトップのPCに、オンデマンドで購入した映画を流す。もう何度も見ている恋愛ものの娯楽映画だ。俺の好きな年代の曲がたくさん使われていて、キレのいい会話とともにBGM代わりにもできる。ストーリーは単純にして明快。どこからでも見れてしまう。


『なあ、――。俺と一緒に住まないか』


 映画の中で男が言った台詞。それに合わせて、彼女は「ねぇ、マネをしてみてよ」と悪戯っぽく俺の袖を引っ張ってせがんできた。――そこで、彼女の名前を聞いていなかったことに気づく。


「あたしは、イズミ。おっさんなら、下の名前で呼んでもいいよー」

「俺はサトルだ」


 お返しにこちらも名乗った。そういえばいつまで俺は、この小娘にタメ口で話されているのだろう。普通に考えれば、怒っていてもおかしくなかったが、もうこの頃には、そうでないと具合が悪いくらいにまで、俺はおかしくなってしまっていた。

 ――その日は結局、彼女は夕方あたりに俺の部屋を出て行った。あれほど嫌がっていた家に帰るそうだ。帰ってくれて精々する。なんて思っていたが、やけに広くなった自分の部屋を見て呆然としてしまったのは悔しい。


 ――だが、俺と彼女はそこで終わらなかった。

 いや、始まってしまったというのが妥当かもしれない。

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