罰則の在り方。
僕は何を考えていたんだっけ?
「宿題は進んだ?」
「いやぁ、だめだ。難しすぎるってこれ。
頼む、見せてくれないか」
「自分のためにならないって何度も」
「そう言われると思った、分かりました、やりますやります」
さっきから違和感を感じる。
僕は何かを考えていたはずなんだけど、それを思い出せない。なんだこれ。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだ、今は宿題をするのに忙しいんだよ、邪魔しないで」
「そんなこと言わないでちょっと聞いてよ、ちょっと考えてほしいんだけど、何かを考えていてそのことがすっぽりなくなることってない?」
「は?意味わかんね」
「とにかく、あるかないかでいいから」
「大丈夫か?あの子のこと考えすぎなんじゃないか」
「いや僕は本気で聞いてんの」
「なら俺も本気で言わせてもらう、お前はやることはやるし、とことん真面目に考えるけど、あの子のこと以外でどうでもいいことなんて考えないやつだろ、今日はなんかあったのか、すごく心配」
「うーん、ならいいよ」
彼女のことをどうでもいいことにされたような気がしたがそんなことはどうでもいい。
そう、あいつが言ってることは87%正しい。残り13%は、まぁ誤差ということにしとこうか。
そしていつもみたいにホームルームが始まる。
担任の先生がやってきた。
挨拶してから、業務連絡。ほとんど聞いてない、というか聞く必要がないから僕は席から見える外の景色を見る。
守衛所や運動場、そして山が見えて人が住む家が見える。僕の家もここからぎりぎり見える。
僕の学校の校門のそばにある守衛所は無人監視所になっている。ホームルームが始まるとそこは自動的に閉まり入れなくなる。遅刻したら正式には入れないシステムになっている。
僕も一度だけ遅刻をしたことがあるが、なぜか学校に入れなかった。そりゃあ校門がしまってるから、正式に入れないことは分かるが、乗り越えようとしても入れないのだ。まるで結界が貼られているような。
今もここから遅刻した学生が見える。彼らは校門を乗り越えようとしているが僕と同じように入れない。傍から見れば校門の上でパントマイムをしているかのように見えない。これを見てから僕は遅刻しないようにしている。あんな姿を彼女に見られたら恥ずかしすぎる。
ん??
彼らのブレコンが光っているように見える。
今日はいい天気だから光源があんなに見えるから本人は絶対気づくはず。なのに彼らは相変わらずパントマイムをやってる。
うーん、なんだろう。
僕はなんで光ってるのだろうと深く考えようとした瞬間
「おい、神田」
「は、はいっっ」
「なにぼーっとしているんだ、名前を呼ばれたら返事をしろ」
「あ、すみません」
先生に怒られた。
つい、考えすぎた。
だって、あそこにいる遅刻生のブレコンが、
もう一度窓の外の校門を見る。
そこには倒れた遅刻生と合羽を着た人が。
なんで倒れてるんだろう?
なんで晴れてるのに合羽?
いろんな疑問が僕の頭の中を走る。
そして新たな疑問に気づく。
僕が遅刻したときはどうだったっけ?
色あせた僕の脳みその中にある記憶を探ろうとしていると、
「神田、何必死に外見てるんだ」
「ああ、陽介くん、あそこに遅刻した学生と合羽着た人が」
「ん?どこだよ」
僕が陽介くんの方を振り向いてもう一度校門を見た刹那、
彼らは消えていた。
「なんもいねえじゃねえか」
「いやあそこにちゃんと」
「はぁ、お前なぁ、梨本のことを考えるのもいいけど程々にしないと。幻覚見え始めてるぞ」
「いやいや、梨本さんは関係ないよ」
僕は梨本さんのことが好きだ。毎日二人で歩いて登校してるし下校もしてる。早く朝が来ないかなぁとか放課後が待ち遠しく思ってしまうこともしばしばある。というかそんなの常に思ってる。
ただ、さっきの合羽の人たちは梨本さんのことを考えすぎて見えたものじゃない。絶対存在する人だし、
それに、遅刻した学生も消えていたこともきになる。
「神田」
「なんだよ」
「気になることは考えるだけじゃなくて文字に起こしたほうがいいぞ。先生もよく言ってるだろ、数学もブレコンに頼って考えるんじゃなくて紙に書くほうが理解できるって」
「なるほど」
陽介くんはたまに頭が冴える。
そうすれば、考えたことを忘れてもあとで思い出せるし。
「だからさ、宿題を」
「だめだよ、自分のためにならないって」
「神田のあほめ」
「はいはいあほですよ」
普段、授業中はブレコンのノート機能を使って思ったまま、考えたまま記録している。
でも、ルーズリーフでノートを取ることを推奨する授業もある。まぁ推奨だから実際にルーズリーフを使ってノート取ってる人なんて滅多にいない。僕は一応ルーズリーフをカバンに忍ばせてるけどその例に漏れずすべての授業でブレコンを使ってる。
この際だ。せっかく買ってるから使うか。
大和十年四月二十一日 晴れ
午前八時四五分
窓から校門を乗り越えようとする遅刻した学生が見えた。まるで結界が貼られているような挙動を彼は取っていた。すると彼のブレコンが光始め、どこからともなく合羽を着た人が現れ、数秒後に消えた。
これでいいか。
というかこれ書いて思ったけど、不思議すぎるな。そりゃ幻覚だって言われるな。
陽介くんのアドバイスを聞いて日記もどきを書いたあとはいつも通りに授業を受ける。
授業はすべてブレコンから出力される映像を見て受講するようになっている。これなら学校に来る必要もない気がするが、どうしたわけか学校じゃないとこの映像は見られない。
担任いわく、学校に来ることが大事、だからだそうだ。そりゃ遅刻に厳しいわけだ。
午前の授業がおわり映像が途切れる。
するとそこは朝と変わらずみんなが教室に座っている景色が広がる。同じタイミングでみんなも映像が途切れたんだろう、昼食に行こうとしている。
僕たちもお昼行こう、と陽介くんに声をかけようとしたときブレコンにメールが届いたと教えられた。
メールの差出人は………梨本さん!?
ドキドキが止まらない。
なんだろう、もしかして、お昼のお誘い?
わくわく。
メールを開く。
「放課後、校門のそばで待っててね。」
たった一文だった。しかもお昼のお誘いじゃないし。
がっくししてると、陽介くんに話しかけられた。
「神田昼行こうぜ、っておい、なんかあったんかよ」
「ううん、なんにも……つら……リスカシヨ…」
「?! おいおい、大丈夫かよ、美味しいものでも食べて元気だそうぜ」
「ありがとう、陽介くん…」
食堂は人が多くて入口から列がはみ出すほどだけど、こんなの日常茶飯事だ。
そんなことよりもさっきのが……うう……
「神田大丈夫か」
「うん、ありがと」
「何食べるよ」
「んーと…おっ!!日替わり定食は唐揚げかぁ!!!これにしようかなっ!!!」
「機嫌治るの相変わらずはええな」
「美味しいものだからね!!」
列に並びながら食べるものを決める。
陽介くんは天丼にするみたい。
数分後やっと座れた。そして僕は唐揚げを一口食べる。
美味しすぎる。やべえ、最高だ。
「お前ってさ、美味しいもの食べてる時はすげえ笑顔だよな」
「うるさいなぁ」
「まぁ梨本のこと考えてるときはキモい笑顔だけどな」
「うるせぇーー!!!!」
僕は再び唐揚げに手を付ける。そして一口。
食べたそのとき、
「私がどうかしたの?」
「噂をすればなんとやらだな、ちわーっす、梨本」
「こんにちは、照井くんと、神田、くん」
「こ、こんにちは」
こんなことある???焦る焦る。
とりあえず唐揚げ食べよう、唐揚げ。
そんなことしてると
「おい、神田、せっかく梨本が挨拶してきたのになんか話さなくていいの」
「えっ、、えーと、、」
かわいいなぁ、梨本さん。
困った顔もかわいいなぁ…
でも困らせるのは申し訳ないから、なんか話題、なんか話題……
そう考えていると陽介くんのブレコンが点滅し始めた。弱い光でしかも点滅周期も少ないからなにかメールか何かの通知だろうが、陽介くんは気づいてないっぽい。
「陽介くん、メールか何か届いてない?」
「なんで俺に話してんの、梨本と話せって、しかもなんも来てねぇし」
「そ、そっか…」
「照井くんって神田くんと仲いいんだね、羨ましいなぁ」
「いやいや、梨本も神田と仲いいと思うぜ。毎日一緒に通ってるし」
「あっ……見られてたの…」
「だって毎日一緒だからさすがに気づくよ」
「ちょ、陽介くん、梨本さん困ってるからやめてよー」
「神田、梨本のこと好きだもんなー?」
「やめてやめてやめてやめてーー」
梨本さんも困ってるじゃないか。
と、思いながら陽介くんのブレコンを見るとさっきよりも点滅の周期が早くなり、光も強くなる。そして、
点灯した。
今朝校門で見た遅刻した学生のブレコンと同じだ。
あのときは遠かったし屋外で光ってたからそこまで眩しく見えなかったけど今回は室内でしかも同じテーブルを囲んでいるからすごく眩しい。くらくらするから目を手で隠す。
「陽介くん、めっちゃブレコン光ってる」
「?光ってねえぞ」
「いや、眩しいから、やばいやばい」
「はぁ?唐揚げに変なもの入ってたんじゃねーの、梨本、これ光って見えるか?」
「眩しいほど、とは言えないけど、光ってるようには見えるよ」
「まじかー、向こうでちょっと確認してくるわ」
「うん、わかったよ」
「神田くん、照井くんにブレコン確認してもうように言ったからもう大丈夫だよ」
「そっか、ほんとごめん」
「いいんだよ」
「梨本さんも光ってるように見えた?」
「うん、光ってるように見えるって照井くんには言ったけどほんとはかなり光ってるように見えたよ」
「じゃあ僕だけじゃなかったんだね、安心した」
「とりあえず帰ってくるの待ってようか」
「うん、そうしよう」
正直、陽介くんがブレコンを確認しに行ってからの時間のほうがすごく楽しかった。二人っきりでしかも学校で話すなんてめったにないことだし嬉しかった。
いつの間にか、休み時間が残り十分を切っていた。
「照井くん、遅いね」
「確認にしてはそうだよね、なんかあったのかな」
そんな話をしているとメールが届いた。
差出人は、「照井陽介」。
「梨本さん、陽介くんからメールが届いたよ」
「内容は?」
「んーっとねー」
私 照井陽介は
恋愛禁止法 第三条により罰せられる。
第三条 第一条の罪を教唆し、又は幇助した者は、正犯に準ずる。
なんだこれ。
間違いメール?それともいたずら?
梨本さんにこのメールを見せても何もわからなかった。考える時間もなかったので僕たちは自分たちの教室に戻った。
ただ一つ確かなのは、
昼休みが終わっても
午後の授業が始まっても
放課後になっても
陽介くんは僕の隣に現れなかった。