第八章
キース達、五人は夕暮れ前にパルマイル旅宿の前に着いた。
キースとガイルは帝王領直轄区に入ってから、開いた口が塞がらないようだった。何もかもが自分の住んでいた領と違う。歩いている人間も町並みも、キースやガイルからしてみれば、全てキラキラしているように見えた。
「ホント、すげ……」
ガイルがパルマイル旅宿を見上げ、そう呟いた。
ミルーナがパルマイル旅宿の階段から下りて来て、エルファンドを見上げた。
「なんか、中が騒がしいわよ」
カルブバーリドゥがミルーナとエルファンドに微笑んだ。
「僕が聞いてきて上げようか? なんなら、取り次ぎしようか?」
エルファンドはカルブバーリドゥを見つめ、苦笑いを返した。
「お願いします」
カルブバーリドゥはキースとガイルに微笑んだ。
「どっちが取り次ぎの手紙を持っているの?」
キースは頭陀袋に手を突っ込んだ。
「僕です」
キースは頭陀袋から手紙を取り出し、カルブバーリドゥに差し出した。
「じゃあ、取り次いでくるから、そこで少し待ってて」
カルブバーリドゥは手紙をヒラヒラさせ、軽い足取りでパルマイル旅宿の階段を上がっていく。扉の側に立っていた男性従業員がカルブバーリドゥの顔を見て、慌てて扉を開け、頭を下げた。
キースは首を傾げ、エルファンドを見上げた。
「アルスルーン様。カルブバーリドゥさんって、もしかして貴族階級の人ですか?」
エルファンドは首を振った。
「貴族階級ではないよ。キースやガイル達と同じ平民階級さ」
キースはますます首を捻った。
「でも、あの人達、頭をかなり下げてましたよ」
「平民階級でも偉い人はいるでしょ?」
ミルーナはキースに微笑んだ。
ガイルは首を傾げる。
「平民階級でも偉い人?」
エルファンドはキースとガイルに微笑んだ。
「私は貴族階級だが、シヴァの金だよね」
キースは手を打った。
「あっ! 職務階級が上の方なんですね、カルブバーリドゥさんは!」
「ああ、なるほど‥って、そんなに偉い人なのかよ!」
「さあ。偉い人どうかは分からないけど、シヴァの銀以上は、こういうところも出入りするからね」
エルファンドの言葉を聞いたキースとガイルは、パルマイル旅宿の扉を茫然と見つめてしまった。
しばらくすると、カルブバーリドゥが、癖のある萌黄色の若い男を引き連れて戻ってきた。
「おまたせ。彼はオーパ。アバン・ヘルム様の代理」
キースとガイルは頭を下げた。
「はじめまして」
「はじめまして。君達が小剣を運んできてくれたんだね。遠い所からありがとう」
オーパはガイルとキースの手を握り、笑い掛けた。
オーパはエルファンドとミルーナを見て、苦笑いを浮かべた。
「生憎、アバン・ヘルム様は外出しておりまして、代理で私が受け取る事になりました」
口を拳で押さえているエルファンドに、ミルーナは苦笑いを浮かべ、オーパに頷いた。
「外出中なら仕方ないわね。それにあたしは、彼らを引き渡すまでだから」
キースとガイルはミルーナを慌てて見た。
「え」
ミルーナはガイルとキースに微笑んだ。
「あたしはここでお別れよ」
「そんな」
キースもガイルも目を見開き、ミルーナを見た。
ミルーナはガイルを抱き締めた。
「またね、ガイル。次会う時はいい男になっててね」
ガイルはミルーナを抱き返した。
「ミルーナ、俺、ミルーナの事好きだ!」
エルファンドとキースは目を丸くして、ガイルを見つめた。
目を閉じたミルーナをエルファンドは見つめる。
ミルーナはゆっくりと目を開き、エルファンドを一瞥し、ガイルに微笑んだ。
「ありがとう、ガイル。貴方の気持ち嬉しいわ。でもね、旦那にする人は握る人じゃなくて、飾る人がいいの。 ――だから、ごめんね」
ガイルは口をヘの字にした。
「――知ってた。知ってたさ。知ってたけど……」
ガイルは俯いた。
ミルーナはガイルをもう一度抱き締める。
「そうだね。あたしを一番良く見てたのは貴方かもね。ガイル、あたしもガイル好きだよ。いつか、いい男になってあたしの前に現れて、悔しい思いさせて」
ガイルは黙って何度も頷いた。
エルファンドはミルーナの横顔を見つめる。
ミルーナはガイルの頭を撫でながら、エルファンドをまた一瞥した。
エルファンドはミルーナに苦笑いを浮かべ、小さく頷いた。
「ありがとう。あたしを好きになってくれて」
ミルーナはガイルを思いっきり抱き締め、ミルーナは腕を離し、キースを見た。
キースはミルーナに手を差し出した。
「ミルーナさん。ここまで送って下さって、ありがとうございました」
そう涙目で微笑むキースを、ミルーナは潤む瞳で見つめ首を振った。
「キース……」
ミルーナはキースの手を引き、抱き締めた。
キースはその途端、大粒の涙を零した。
「ずるいよ、ミルーナさん。泣かないようにしてたのに」
「ダメ。キースはまだ泣き虫じゃなきゃダメ。あたしの弟なんだから。まだ、あたしの大事な弟なんだらか」
「う…… ミルーナさんとずっと居れるのかと思ってた…… 行っちゃダメよ、ずっと一緒にいたいよ、ヤダよ、さよならなんてヤダよ」
キースは堪え切れず、声を上げ泣き出した。
ミルーナは嬉しそうに寂しそうに、キースの頭を撫でた。
「旅がずっと続いていたら良かったね。でもね、キース。いつか別れる時がどんな時にもあるのよ。別れがあってこそ、始まる事もあるの」
キースはしゃくり上げながら、ミルーナを見上げた。
ミルーナはキースに微笑む。
「だから、泣いたあとは笑顔でね」
「――はい」
「いい子ね。いつか、いつかは坊やから卒業してね」
キースはミルーナの言葉に思わず口を尖らせた。
「言われなくてもします」
ミルーナは片目を瞑った。
「出来るかしら?」
キースはますます口を尖らせた。
「してみせます!」
ミルーナはキースの頭を撫でた。
「楽しみにしてるわ。その時はガイルと一緒に訪ねてきてね」
「はい」
ミルーナはガイルとキースの頭を撫でる。
「じゃあ、またね」
ミルーナは思いっきり踵を返し、手の甲をキース達に軽く見せた。
「バイ」
「またいつか! ありがとうございました!」
キースは大きく手を振る。
ミルーナの手が上がる。
五人はミルーナが角を曲がるまで見送った。
キースは振り処を失った手を力なく下げた。
「行っちゃいました……」
「行っちゃったな」
エルファンドはキースに微笑んだ。
「アルスルーン様も行っちゃうんですか?」
「私? 私はその木箱達の中身をぜひ拝見したくてね」
キースの背にある木箱を差した。
キースは安心したようにエルファンドに微笑んだ。
「良かった」
カルブバーリドゥはオーパに微笑んだ。
「玄関先でなんだから、入れてくれないかな」
涙ぐんでいたオーパは慌てて目の下を拭い、四人に微笑んだ。
「では、お部屋に」
パルマイル旅宿の五〇一号室に通されたキースとガイルは、凝り固まっていた。生まれてこの方、こんな豪華絢爛な部屋は見たことがなかった。
「俺ん家より広い」
ガイルは辺りを見渡して、さらに体を縮ませた。
「キースの小父さん、こんな部屋に泊まれる客、相手にしてんだ」
「お父さん、お客さんの事なんにも話さないから……」
キースも部屋を見渡して、肩を竦ませた。
オーパはキースとガイルを手招きした。
「ここに座って」
キースとガイルはエルファンドに背中を押され、そのソファに座る。
キースはエルファンドを振り返り、カルブバーリドゥがいない事に気が付いた。
「アルスルーン様、カルブバーリドゥさんは?」
「ああ。用があるとかで帰ったよ」
エルファンドは苦笑いを浮かべた。
「ええ! まだ聞きたい事たくさんあったのに!」
キースは肩を落とし、ソファに座り直した。
オーパはその姿に苦笑いを浮かべ、軽く咳払いをした。
「えーっと、それじゃ、依頼品確認させてもらってもいいかな」
オーパは二人に微笑んだ。
キースとガイルは木箱から帯封印の付いた包みを取り出し、オーパに差し出した。
「これが頼まれた小剣です」
オーパはその帯封印を見て、思いっきり眉間に皺を寄せる。
「え……」
キースとガイルは首を傾げた。
「え?」
「オーパでも開けられないのか」
エルファンドは苦笑いを浮かべた。
オーパは慌てて首を振った。
「無理、無理ですよ! 僕だって死にたくありません!」
キースとガイルはオーパの言葉に目を丸くした。
「死にたくって……」
「ああ、もう着いていたのか」
扉が開き、外套を翻しながら部屋に入ってきた男がいた。かなりでっぷりした腹の、いかにも裕福そうな男だった。
オーパとエルファンドはその男の姿を唖然と見つめた。
男は体を揺らしながら、近付いてくる。
「オーパ、その子供達はなんだね」
オーパは慌てて立ち上がり、男の側に走り寄った。
「えーっと、アバン・ヘルム様、彼らが依頼品を」
オーパはそう言って手紙を差し出した。
アバン・ヘルムは手紙を読み、キースとガイルの前に腰をどっかり下ろした。
「改めてお礼を言おう。運んできてくれてありがとう」
ガイルは首を振った。
「いえ」
キースはアバン・ヘルムをジッと見つめていた。
四人はキースに首を傾げた。
「キース?」
キースはエルファンドを見返り、改めてアバン・ヘルムを見つめ、徐に立ち上がった。
「はじめまして、アバン・ヘルム様。僕はキース・ミゼルナ。ミゼルナ鍛冶の八男です」
キースはそう言ってアバン・ヘルムに手を差し出した。
エルファンドはキースの行動にハッとした。
「キース」
アバン・ヘルムはエルファンドに首を傾げながら、キースの手を握り返した。
「ミゼルナ鍛冶の息子さんか。はじめまして」
キースの髪が微かに騒付いた。
「――やっぱりカルブバーリドゥさんだ」
ガイルはキースを驚いて見つめる。エルファンドは額に手を当てた。
アバン・ヘルムはエルファンドを見て、キースを見つめた。
「カルブバーリドゥ? 私がそのカルブバーリドゥだというのかね」
キースは頷いた。
「はい。いくら姿は違っても内は同じです。どちらが本当のお姿なんですか?」
アバン・ヘルムはキースをしばらく見つめ、大笑いをした。
「参った! キースには参った! 僕の変化術を見破るとわね!」
突然、アバン・ヘルムの周りに白煙が立ち上ぼり、カルブバーリドゥが現れた。
「改めて、はじめまして、キース、ガイル。僕がアバン・ヘルムだ」
ガイルは驚いたようにキースとアバン・ヘルムを交互に見た。
「え、なんで分かったんだ」
「分かったから」
キースはガイルに苦笑いを浮かべた。
アバン・ヘルムはエルファンドを見つめ、口の端を上げた。
「エルファンド、君が教えたの?」
エルファンドは頭を掻いた。
「すみません。どうしても探る必要があったもので……」
アバン・ヘルムは顎を撫で、頷いた。
「ああ。似非ミルーナのあれでか」
「はい」
アバン・ヘルムはキースを見て、微笑んだ。
「しかし、キースの力は僕が想像していたよりも強いね。なかなか、僕の変化術は見破られないんだよ。ちょっと自信喪失だ」
キースは体を縮ませた。
「ごめんなさい」
「謝る事じゃない。僕の術も、まだまだって分かったからね」
「ええ! それ以上お強くなってどうするおつもりですか!」
オーパは目尻を下げ、情けない顔をした。
「なに、嘆いてるの、オーパ。向上心は誰にでもあるものでしょ。さて、どんな風に仕上がっているかな」
アバン・ヘルムは帯封印を簡単に取り、包みを開けようとした。
「あの」
アバン・ヘルムはガイルを見た。
「なに?」
「その帯封印、オーパさんが開けると死ぬって言ってたんですが……」
アバン・ヘルムはオーパを見て、ガイルに微笑んだ。
「そうだね。僕以外が開けると、悶死確実だね」
「そんなに大切な物なんですか? それがないと出来ない術ってなんですか?」
アバン・ヘルムはキースを見つめた。
「――やはり強いね。そう。物凄く大切な物。この小剣は最高封印術の道具。これがないと、この世界が吹っ飛ぶよ」
キースとガイルは顔が真っ青になった。
アバン・ヘルムは口の端を上げた。
「う・そ」
キースとガイルはソファの背凭れに、思いっきり寄り掛かった。
「ああ、びっくりした! 俺はとんでもない物運んできたのかと思ったよ!」
キースはガイルの言葉でガイルを見た。
「ガイル。違うよ。僕らはやっぱりとんでもない物を運んできたんだよ」
キースはアバン・ヘルムを見た。
「凄く大切な物なのは本当ですよね」
アバン・ヘルムは包みを開けながら、片目を閉じた。
「キース正解。僕にとって、これは物凄く大切な物なんだ」
アバン・ヘルムは二つ包みを開き終え頷いた。
「上出来。流石だ」
アバン・ヘルムは十竿を見詰め頷き、そして、指を鳴らすと、ガイルの包みの五竿が変哲もない小剣に変化した。
「え! 俺の方が偽物!」
「偽物って言っても、名高いミゼルナ鍛冶の作品だよ。運んできたお礼にガイルに上げよう」
アバン・ヘルムは包み事、ガイルの腕に乗せた。
「え! 俺がもらっていいの!」
「お礼だ」
ガイルは嬉しそうに小剣の一竿を取り、鞘から剣身を抜いた。
アバン・ヘルムはキースに微笑んだ。
「キースには、これを」
アバン・ヘルムが指を鳴らすと、キースの目の前に本が積み重なった。
「君の力に見合った術書だよ。元服するまでそれを全て読破して、会得しておくように」
キースはアバン・ヘルムを見た。
「戴いていいんですか?」
「もちろん。擦り切れるまで読んで欲しいな」
キースは数冊本を抱き抱え、嬉しそうに頷いた。
「大切にします!」
エルファンドはアバン・ヘルムに苦笑いをした。
「随分と大盤振る舞いですね」
「少なくとも彼らの旅路と相当な物だと思うけど?」
アバン・ヘルムはエルファンドに微笑んだ。
嬉しそうに本と小剣見せ合う二人の頭を、エルファンドは見つめた。
「――確かにそうかもしれませんね。では、私は小剣を拝見出来たので、失礼を」
キースとガイルは慌ててエルファンドを振り返った。
「アルスルーン様!」
「エルファンドさん!」
エルファンドはキースとガイルの頭を撫でた。
「なに、あと三年すればまた会えるさ。たまにクーイットのところに遊びにくればいい。もう、遠くないだろ?」
「はい! 遊びに行きます!」
ガイルはエルファンドを見つめた。
「エルファンドさん。絶対に追いついて追い越してやる」
「おう。楽しみに待ってるよ」
ガイルとキースは涙目を擦り、扉を出て行くエルファンドに手を振った。
扉が締まり、どちらともなく溜め息を吐いた。
「行っちゃった……」
「さてと…… キース、ガイル。滞在中はここに泊まるといいよ」
アバン・ヘルムの言葉に、二人は目を思いっきり見開いた。
アバン・ヘルムは包みを抱え立ち上がり、オーパを見た。
「オーパ。後はよろしく」
「かしこまりました」
キースは慌ててアバン・ヘルムを呼び止めた。
「ま、待って下さい。僕達こんな豪華な部屋に泊まるなんて出来ません」
「いいの、いいの。こういう体験は滅多に出来ないから、泊まりなさい。じゃあ、また明日来るね。あとはオーパに聞いて」
アバン・ヘルムは笑顔で扉に消えていった。
キースは情けない顔でオーパを見た。
「オーパさん……」
「大丈夫。アバン・ヘルム様からいろいろと仰せ遣ってるから。君達を送り届けるまで僕の仕事」
キースはガイルと顔を合わせ、オーパに頭を下げた。
「よろしくお願いします」
キースとガイルは二日間、オーパと一緒に城下観光をし、帰りはアバン・ヘルムの計らいで馬車で帰郷した。
キースとガイルは出迎えられた家族に飛び付いた。
「ただいま、お母さん!」
抱き締めた母親のロッシーがキースの顔を撫でる。
「お帰り、キース」
ロッシーの瞳が一層潤み、再びキースを抱き締めた。
ダンはオーパに頭を下げる。
「何から何まで本当にありがとうございました」
「いえいえ。実はお父さんとお母さん達に、お話があるんです」
ダンとガイルの父親ショナがオーパを見つめた。
「話ですか?」
オーパは頷いた。
「はい」
ガイルの母親ニルハはガイルを離し、ガイルに微笑んだ。
「ガイル、キース。みんなにお土産配っておいで」
ガイルとキースは頷いて、頭陀袋を抱え走り出した。
ロッシーはオーパに微笑んだ。
「なんのお持て成しも出来ませんが、どうぞお入り下さい」
オーパはロッシーに微笑み、軽く頭を下げた。
「お心遣いありがとうございます。では、おじゃまします」
オーパはキースとガイルに手を振られ、リルエルス庄を後にした。
オーパはある程度道を進んだ事を確認すると、馭者窓から馭者に声を掛けた。
「僕は一足先に帰るから、あとはよろしくね」
「かしこまりました、オーパ様」
オーパは馭者の言葉に微笑み、胸元で指が素早く複雑に動いた。指が止まった瞬間、オーパの体が一瞬光り、座席から姿を消した。
オーパが目を開け、その目の前にある扉を叩いた。
「ただいま戻りました」
「お帰り、オーパ。僕も今しがた帰ってきたところだ」
扉の中からアバン・ヘルムの声が聞こえてきた。
「入ってよろしいでしょうか?」
「いいよ」
「失礼します」
オーパが扉を潜り部屋を見ると、アバン・ヘルムが虹色に輝く飾り外套を外している所だった。
「どうだった?」
アバン・ヘルムはオーパに微笑んだ。
「話はしてきました。あとは両親達の返事待ちです」
アバン・ヘルムはオーパに頷いた。
「うん。それでいい。ガイルは長男だし、キースは畑が違うからね。御両親も迷うだろう」
オーパはアバン・ヘルムに首を傾げた。
「しかし、わざわざ、マックスウェル様自身が動かなくとも……」
護衛騎士団頭クラーク・マックスウェルが、腹心の一人オーパ・グラグルに微笑んだ。
「何をいうかな。僕の変化術を意図も簡単に見破った子なんだよ。しかも双眸のアメリクサ。出来る事なら今すぐ僕の手元に置いておきたいよ。お前のようにね」
クラーク・マックスウェルの言葉に、オーパは苦笑いを浮かべた。
「私はマックスウェル様に拾われた孤児ですから…… でも、ガイルの方は、ますます関係ないじゃないですか?」
クラーク・マックスウェルは口の端を上げた。
「直接は関係ないけど、あんな上玉、田舎に埋もれさせておくのは勿体ないからね」
オーパは肩を竦ませた。
「エルファンドさんが欲しがっているのにですか?」
「だからだよ。エルファンドは目がある。でも、誰の下に付くかは頭が取り合う事、エルファンドは口も挟めない。だから面白いんじゃないか」
オーパは再び肩を竦ませた。
「楽しんでいらっしゃいますね」
「もちろん」
クラーク・マックスウェルはニヤニヤしながら、窓に寄って行く。
「あれだけの上玉だ。誰もが欲しがるだろうね。なんせ、森の帝王の申し子だから」
上司でもあり育て親でもあるクラーク・マックスウェルの鬼才に、オーパは改めて感服した。畑違いの高位戦士の卵さえ、簡単に見抜く能力。この人物が敵ではなくて良かったと心底思った。
「――ところであちらの方は?」
クラーク・マックスウェルはオーパを見つめた。
「僕が失敗するとでも?」
オーパは思いっきり手を横に振った。
「いえいえ! 滅相もございません!」
「冗談だ。もちろん、首尾良くいったよ。さすが炎の女帝と炎の皇帝と契約している二人だけあるよ。当分、安泰だね」
オーパは胸を撫で下ろした。
「故郷がなくなるのは、捨てたとはいえ寂しいものですから、ホッといたしました」
クラーク・マックスウェルはオーパに微笑み、窓の外を見た。
「――いい返事がくるといいなぁ」
オーパはクラーク・マックスウェルの横顔に頷いた。
「そうですね。マックスウェル様、ティーをお煎れしますね」
クラーク・マックスウェルはオーパの後ろ姿を一瞥し、窓の外を見て、口の端を上げる。
「楽しみだ」