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Be born to something -CHILDHOOD'S END-  作者: 剣崎 輝
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第七章


 ガイルは走りながら、追い掛けてくるエルファンドを見た。

「ミルーナ、キースは本当に大丈夫なのか?」

「取りあえず大丈夫。あいつらの狙いはガイルの背にある小剣だから。キースは人質よ」

 ガイルはミルーナを見た。

「え! だってキースも小剣持ってるよ!」

「あれは模造品。あんたが背負ってるのが本物」

 ガイルは背中にある小剣の箱を押さえた。

「うそ! で、でも、やたらめったら逃げ回ったって、しょうがねぇんじゃね?」

「昨日の夜、仲間を呼びに早馬出したから大丈夫よ! この先の崖下で落ち合う予定だから!」

 ミルーナはガイルの手を引き藪を飛び越えた。

「でも、エルファンドさんは一人だし、俺達で立ち向かったら、なんとかキースを助ける事出来るんじゃね?」

 藪の向こうに見え隠れする頭に、ミルーナは口の端を上げた。

「何言ってんの。二人で殺るより人数多い方が確実でしょ!」

「そりゃそうだ」

 ガイルはミルーナの言葉に頷いた。

 ミルーナは再び藪を飛び越えた。

 ガイルも続けて飛び越え、目の前にいる五人の男達に目を丸くした。ガイルはその成りを見て、足を止める。その男達は警邏であるミルーナの仲間とは到底思えなかった。

 ガイルの野生の勘が眉間に皺を寄せさせた。

「――ミルーナ、どういう事?」

「あんな成りだけど、あたしの仲間よ。それより早くこっちに」

 ミルーナはガイルの手を引いて、男達の側に歩いていく。

 男達はミルーナに口の端を上げた。

 ミルーナも口の端を上げ返した。

「うまくいったわ。ヤツはすぐ来る。ガイル、この人達に小剣を預けて、あんたが持ってると危ないから」

 ガイルは慌てて背中から木箱を外そうとし、手を止めた。

「なんで、危ないんだ?」

「あいつが狙ってるって言ったでしょ」

 ガイルは木箱を背負い直し、思いっきり後ろに飛び離れた。ミルーナと男達はその身軽さに目を丸くした。かなりの飛距離だ。

 ガイルは改めてミルーナ達を見て、首を軽く振った。

「エルファンドさんは戦士だ。この小剣を狙うのはおかしい」

「何言ってるの! あいつは偽者よ! 昨日の夜、入れ替わってるのよ! ガイルいい子でしょ。あたしの言う事聞いてちょうだい。あいつは偽者なの」

 ミルーナはガイルに微笑んだ。

 ガイルはミルーナを見つめ、頷いた。

「そっか……」

「そうよ。今頃自分の弱さに泣いてるかもね」

「そうか…… エルファンドさんが野盗に負けたのか……」

 ガイルは肩を落とし、死人ゲームの話を思い出した。死人ゲーム期間中、何人もの戦士を相手にしてきたエルファンドが、野盗に簡単に負けた。

「待て。それはおかしい!」

 ガイルは首を振った。

「何がおかしいの? ダークハンターの腕なんてそんなモンでしょ」

 ガイルはミルーナを見た。

「ダークハンター? エルファンドさんはシヴァハンターだ」

 男達が慌てた。

「聞いてないぞ」

「あたしだって聞いてないわよ! 連れはダークハンターのエルファンド・バースって名前の顔見知りの男だって」

 ミルーナはそう口走り、慌ててガイルを見た。

 ガイルはミルーナと男を睨み付ける。

「俺を騙したな」

「ガイル、後ろに飛べ!」

 エルファンドの声でガイルは再び後ろに飛び退いた。それと入れ替わるようにガイルの前にエルファンドが立ち塞がり、似非ミルーナを見据えた。

「ミルーナはどこだ」

「あたしはここよ」

 似非ミルーナがエルファンドに微笑んだ。

 エルファンドは苦笑いを浮かべる。

「生憎、魅了術には免疫があってね」

 エルファンドは後ろにいるガイルとキースの前に手を広げた。

 ガイルは隣りに立つキースを見つめた。

「キース、ごめん」

 キースはガイルに微笑んだ。

「ガイルは悪くないよ」

 ガイルはキースを見つめ、エルファンドの背にキースと入った。

「キース。いいか、良く聞けよ。俺の背中の小剣をあいつらは狙ってる。キースの背中の小剣は偽物なんだって」

「待て、ガイル。その木箱、一時私が預かる」

 エルファンドの声が二人の耳に入ってきた。

 ガイルはエルファンドの背を見つめる。ガイルの瞳が揺れていた。

「ガイル、ガイル、しっかりして! アルスルーン様は偽者じゃないよ! あのミルーナさんが偽者なんだよ!」

「信じろ、ガイル。私とお前は仲間だろ。ミルーナを奪い合う好敵手(ライバル)だろ」

 ガイルは驚いたようにエルファンドの背中を見た。

「ガイル、とにかく預けるんだよ」

 キースは背中から木箱を外し、エルファンドの手に掛けた。ガイルも慌てたように木箱を外し、エルファンドの手に掛ける。エルファンドはそれを一気に背負った。

 男達と似非ミルーナは舌打ちをする。

「お前達、この箱の中身が欲しいんだろ?」

 エルファンドは口の端を上げた。

「ミルーナはどこだ」

 似非ミルーナは口を上げ返した。

「さあね。あたしらが生かしておくと思う?」

 エルファンドは似非ミルーナを睨んだ。

「生きてる! ミルーナさんは生きてる!」

 エルファンドの口が開く前に、キースの叫びにも似た声が上がった。

 キースは似非ミルーナ達を睨み付けている。

 エルファンドは少し髪が脹らんでいるキースを見て、似非ミルーナ達に口の端を上げた。

「だそうだ。お前術士の端くれだろ? キースの瞳を見てなんとも思わなかったのが致命的だったな」

 似非ミルーナはキースを見て、鼻で笑った。

「高が珍しい虹彩ってだけじゃない」

 エルファンドは首を軽く振った。

「分かってねえな。アメリクサって、術士が喉から手が出るほど欲しがる石なんだろ?」

 似非ミルーナはキースの瞳を見て唾を飲み込んだ。

「双眸のアメリクサ」

 エルファンドはキースの前に立ち塞がった。

「――か、どうか分からないけどな。それにお前のその術、対象が生きてないと、成代れない術だよな」

 似非ミルーナはエルファンドを見つめた。

「当てずっぽうな事言わないでくれる?」

「当てずっぽう? お前ら、プロトの人間じゃないな」

 似非ミルーナ達の眉間に微かな皺が寄った。

 エルファンドは肩を竦ませる。

「この小剣がなんだか知らないが、お前達にとっては相当な物なんだな。ちなみに我々プロトの高位戦士は、術知識も必須項目でね。さて。雑談はこれくらいにしようか」

 キースはエルファンドの合図で我に返った。『雑談』がキースへの合図だ。ガイルの手を引く。

「なんだよ、キース」

「アルスルーン様が煙幕を焚いたら、僕らは街道に戻って、助けを呼びに行く作戦なんだ」

 似非ミルーナは男達の後ろに飛び下がった。

「狙いは小剣のみ!」

 男達は一斉に太剣を引き抜く。

「ほう。殺る気満々だね。では、儀礼に(のっと)り、名乗ろうか。私はエルファンド・アルスルーン・ウナルバ。シヴァの金っ!」

 突然、エルファンドの前方で爆破が起き、煙幕が立ち上ぼった。

 キースは(きびす)を返し、来た道無き道を走ろうとした。が、ガイルは動かない。

「ガイル!」

「行け、キース! 俺はエルファンドさんとやる!」

「ダメだ、ガイル! お前も行け!」

「嫌だ! ミルーナを助けるんだ!」

 エルファンドはガイルを見て、キースを見た。

「行け、キース。ガイルは私が守る。ガイル、来るぞ!」

 キースはエルファンドに頷き、走り出した。

 道無き道を出て街道に戻り、エルファンドに言われた通りに、帝王領に向かって走り出した。

「待て!」

 キースの後方で声が上がる。キースはさらに足を上げた。

 エルファンドの言葉を信じ、キースは無我夢中で走った。


『いいか、キース。小剣を狙っている奴等は、お前と同じようにこの辺の地理に弱い。だが、お前には赤と青がいる。信じろ、赤と青をもっと信じろ』


 いつの間にか前方に姿を現わした赤と青が差す方向に、キースは無我夢中で走った。

 赤と青は火の玉のようにユラユラ揺れながら、キースの前で踊っている。キースの前方で道が分かれると、矢印のような形になり、キースの道標になる。

 キースが走り抜けしばらくすると、後ろから悲鳴が聞こえる。

 キースが振り返ると、追っ手の男が必ず転んでいた。

 キースは始めは偶然だと思っていたが、首を振った。

「違う、偶然じゃない」

 赤と青はユラユラと楽しげに踊っている。

「お前達が転ばせてるの?」

 赤と青は一段と楽しげに舞い上がる。

「ありがとう。絶対助けを連れてく!」

 キースは街道を走る。

 赤と青は街道から外れた方向を差す。

 キースは唾を飲み込み、緩やかな緑の土手を滑り下り、森の中に走り込んだ。

「待て! 逃げられると思ってるのか!」

 キースはその声に体を震わせたが、走るのは止めなかった。

「誰か…… 誰か、誰か、助けて!」

 キースは森に声を荒げる。

 赤と青は次々に方向を差す。キースは段々不安になって来た。本当に赤と青を信じていいのか、赤と青なんて幻なんじゃないのか。そう不安が頭をもたげる度に首を振った。

「違う、違う! 幻なんかじゃない! 信じる! 赤と青を信じる!」

 赤と青はその言葉を聞く度に、嬉しそうに跳ね上がった。

 キースは森の中を赤と青の指示通りに迷走する。

 木の影から飛び出したキースは、いきなり何かにぶつかった。

「おっと」

「助けて!」

 キースは無我夢中でその声の主に抱き付いた。

「そのガキを寄越せ!」

 キースは振り返り、男を見てさらにしがみついた。

「助けて!」

「子供に乱暴は良くないよ」

 キースの肩に触れた手がスルッとキースの体を回転させ、いつの間にか声の主の背に回されていた。

「貴様、小僧を渡さないつもりか!」

 キースはその背を見上げ、エルファンドより小柄な事に気が付いた。明るい茶色の肩に掛かる髪が木漏れ日に輝いている。

「どうして、この子が欲しいのかな?」

「俺達の顔を見た奴は生かしておけねえ!」

 その背中はクスッと含み笑いを零した。

「では、僕もそういう事だね。でもね、残念ながら、君にはその時間がないようだ」

 キースの体がいきなりに総毛立った。だが、あのミルーナの時のように嫌な感じではない。赤と青が今までの中でも最大級に燃え上がる。

 キースの顔に影が落ちて来た。

「さて、君は助けたよ」

 キースは慌ててその声の主を見た。切れ長の明るい茶色の瞳が優しげに微笑んでいた。

 キースは急いで追って来た男を見て、目を丸くした。男は剣を構えたまま、白目を剥いて泡を吹いている。

「拘束術……」

 男はキースの言葉に微かに片眉を動かしたが、笑顔のままだった。

「へえ、知ってるんだ。君はどうしてあの男から逃げていたのかな?」

 キースは再び薄茶色の瞳を見上げた。

「助けて下さい! ガイルが、僕の親友が、とにかく仲間が変な奴に襲われてるんです! 僕らは小剣を届けに帝王領まで行かなきゃいけないのに、そいつらが小剣を奪おうとしてるんです!」

「そう。それは悪い奴等だね」

 キースは手に握りしめていた物を、薄茶色の瞳の持ち主に握らせた。

「信じて下さい! 今戦っている人がこれを見せろって!」

 色白の掌には、丸い小さな水晶玉があった。

 キースはその男の姿を初めて確認した。裾の長い服を着、水晶玉を目の前にかざしている男。

 キースは助けを求める相手を間違えたと思った。エルファンドは自分のような腰に剣を佩く戦士に助けを求めろと言っていた。だが、この男は腰に剣を佩していないばかりか、エルファンドよりも華奢でミルーナと同じくらいの背格好だった。

「なるほどね。これは一大事だ」

 笑みを浮かべた男はキースを見て、顎を一撫でした。

「ふうん。君、名前は?」

「キース・ミゼルナです」

「キースね。よし、丁度暇を持て余していたところだし、エルファンド達を助けに行こうか」

 男はそう微笑み、キースの手を握った。

 その途端、キースの目の前が真っ白になる。キースが瞬きをすると、その真っ白が消えていた。耳に聞き慣れた罵声が聞こえる。

「出せ! ここから出せ!」

「ミルーナさんっ!」

 キースは思わず声を上げる。

「坊や‥その声は坊やなの! 掴まったの! 止めてっ! その子達には手を出さないでっ!」

 キースはミルーナの声がする、岩が重なりあう場所に走りよった。

「違います! 助けに来たんです!」

「助けに? どうやって助けるのよ!」

 キースは肩を引かれ、後ろに下がると、いきなり岩が弾け飛んで、ミルーナが現れた。

「女神誕生って感じ?」

「へ」

「ミルーナさんっ!」

 キースはミルーナに抱き付いた。

 ミルーナはキースを抱き締め、キースの後ろにいた男を見て、目を見開いた。

 男は人差し指を唇に押し当て、片目を瞑る。

「さて、ミルーナは助けたから、次はエルファンドとガイルだね」

 男はそう言って、キースに微笑む。また、キースの目の前が真っ白になった。

 キースは瞬きをすると、今度は森の中にいた。男は人差し指を当て、キースに黙っているように指示を出す。

 ミルーナも口を塞ぎ、金属が()ち合う音のする方を見た。

 エルファンドがガイルを庇いながら、男達とやり合っている。その後ろで、似非ミルーナが何か口の中で唱えているようだった。

 エルファンドは似非ミルーナを一瞬だけ一瞥しガイルを抱き抱え、その場から飛び退く。エルファンドの居た位置に稲妻が落ちる。

 似非ミルーナは舌打ちをし、再び、口の中で何か唱え始めた。

 キースの隣りに立っていた薄茶色の瞳の彼は、肩を竦ませた。

「その程度で歯向かおうとはね」

 男が呟くと、似非ミルーナが驚いたように周囲を見渡した。

 男はキースの後ろに立つ。

「キース。エルファンド達を助けたいかい」

「助けたい!」

 キースは小声で、でも力強く頷いた。

「そう、分かった。君はすごい力を持っているんだよ」

 キースは男を振り返った。

「僕がすごい力?」

「そう。君が赤と青と呼んでいるモノ。でも、君は使い方が分からない。それに少し(ひん)曲がっているね」

 キースは男を見つめた。

「なんで曲がっているの?」

「君が習った術の所為だよ。習った術はもう使ってはいけない。いいね」

 キースは泣きそうになった。

「でも、でも、そうしたら、そうしたら、僕は術士になれないよ。僕は術士になりたい。いやだよ、僕は術士になりたいんだ!」

 男はキースに微笑んだ。

「その習った術を使わなくたって術士にはなれるよ。君の術の使い方を少しだけ教えてあげよう。キース、前を向いて」

 男はキースの背中を包み込むように片膝を付き、エルファンドが戦っている場所を見た。

「あいつらを止めたいかい?」

 キースは男達を見た。頭の中に死人ゲームの話が蘇ってくる。

「うん。止めたいよ! マックスウェル様みたいにやっつけたいよ!」

 男はその言葉に微笑みを浮かべ、キースの両手首を握った。

「そう。じゃあ、両手を握り合わせて」

 キースは両手を握り合わせると、キースの内で赤と青が交ざり出した。赤と青が交ざり合い、紫色に輝き出す。

 男はキースの両手を包み込むように両手を添え、キースの腕を伸ばした。

「さあ、準備は出来た。あとはキースの合図だけだ」

 キースはエルファンドとガイルを見た。二人とも腕から血を流している。

 キースの琥珀色の髪が逆立ち始めた。

「よくも、ガイルを、アルスルーン様を、ミルーナさんをっ! よくも、僕の、僕の、大切な人達をっ!」

 男は両腕に力を入れる。

 キースの周囲が紫色に光り始めた。

「ゆるさない、お前達ゆるさない! 赤、青、いっちゃえっ!」

 キースの組んだ拳から紫色の閃光が放たれた。

 その雄叫びに振り返ったエルファンドとガイルを紫の閃光は擦り抜け、男達と似非ミルーナに襲い掛かった。一瞬にして体中に斬傷が出来、血が吹き上がり、男達と似非ミルーナは崖に吹き飛ばされた。

 暴風が森を駆け抜ける。

 暴風で煽られたキースの琥珀色の髪が元に戻った。

 男はキースの頭を撫でる。

「上出来だ」

 男は立ち上がり、口を開けているエルファンドに微笑んだ。

「やあ」

「や、やあって、何してるんですか!」

「何って、エルファンドがキースを助けに走らせただろ? で、散歩中の僕にぶつかったの。ただ、それだけさ」

 エルファンドはキースを口を開けて見つめた。キースは茫然と自分の掌を見つめている。

 男はエルファンドの肩を叩き、微笑んだ。

「あいつらの後始末は僕がしておくよ。ちょっと力有り余ってて困ってたんだよね」

 男は崖下で唸り声を上げている男達に近付いていった。

 エルファンドはその後ろ姿を見て収剣し、キースとミルーナを見た。

「――さて。行こうか」

 ガイルはエルファンドを見た。

「え! あいつら、あのままで」

 ガイルの後ろから悲鳴が聞こえる。ガイルが振り返ると、男達と見知らぬ女性が空中に浮いていた。

「は?」

 ガイルは口を開けて、もがいている男達を見つめた。男達もミルーナに成代っていた女性も、真っ青な顔色をし、足元にいる薄茶色の髪の男を見つめていた。その瞳に許しの懇願が見える。男達の中には泣いている男もいた。

 もがいている男達が一瞬光ったかと思うと、空に吸い上げられるかのように消えていく。

 崖下の男は手を軽く払うような仕草をし、振り返った。

「あれ、まだ出発してないの?」

 男はガイル達に近寄ってくる。

「あんた誰?」

 ガイルが男を見つめていた。

「僕? 僕は通りすがりの術士。君の親友に助けを求められてね」

 ガイルはキースを見た。

 キースはまだ掌を見つめたまま、(ほう)けていた。

「キース?」

 ガイルが首を傾げると、キースの体が一瞬震え、ガイルを慌てて見、飛び付いてきた。

「ガイル!」

 ガイルは慌ててキースを抱き留めた。

「うお!」

「ガイル、大丈夫だった?」

「おう! こんなの擦り傷だ! 負けてたまるかって思ったけど、ダメだった」

 ガイルはキースに弱く苦笑いを浮かべた。

「すんげえ足手まとい。すんげえ悔しい」

「それが分かれば十分だ。お前は強くなるよ」

 エルファンドはガイルの頭を撫でる。ガイルは目に溜まった涙を拭いた。

「おう! 強くなる!」

 キースは薄茶色の髪の男を見つめ、頭を下げた。

「助けていただいて、ありがとうございました」

 男はキースに微笑んだ。

「なに、最後は手伝っただけだよ」

「あの名前は」

 キースの言葉に、エルファンドとミルーナは顔を見合わせた。男は二人を一瞥して、キースに微笑んだ。

「名乗るほどの者じゃないよ」

「でも」

 キースは男を見つめている。

 男は顎を一撫でし、キースに微笑んだ。

「うーん、そうだなあ…… カルブバーリドゥって事にしといて」

 エルファンドは思わず吹き出した。

 カルブバーリドゥと名乗った男は、エルファンドを軽く睨み付ける。

「失礼だな、エルファンドは」

「すみません」

 エルファンド以外の人間は首を傾げた。

 キースはカルブバーリドゥに微笑んだ。

「カルブバーリドゥさん、本当にありがとうございました」

「いいって。それよりこれから帝王領に行くんでしょ? 帝王領のどこまで行くの?」

 ガイルがカルブバーリドゥに微笑んだ。

「帝王領直轄区四ツ橋三本木の、パルマイル旅宿に荷物を届けるんだ」

 カルブバーリドゥはキースとガイルをしばらく見つめ、微笑んだ。

「ふうん、そうなんだ。じゃあ、僕もそこまで一緒に行っていいかな?」

 キースは嬉しそうに大きく頷いた。

「ぜひ! いろいろとお話聞かせて下さい!」

 キースはカルブバーリドゥの手を取り、歩き出した。

 ガイルは肩を竦ませ、ミルーナを見て苦笑いを浮かべた。

「ミルーナ、無事だったんだね、良かった」

 ミルーナはガイルに抱き付いた。

「ありがとう、ガイル。心配してくれて」

 ガイルは顔を真っ赤にして、ミルーナの腕の中でもがいていた。

 エルファンドはミルーナに苦笑いを浮かべる。

「わざと抱き締めてるだろ」

「あ、バレた? でも、びっくりしたわ」

 ミルーナはガイルを離し、キースの背を見ながら歩き出した。

 エルファンドは惚けているガイルの背中を押し、ミルーナと並ぶ。

「あれがキースの力なんだろ。まあ、カルブバーリドゥさんとやらが手伝わなきゃ、あそこまで出来ないだろうけど」

 ガイルはエルファンドに首を傾げた。

「エルファンドさんはカルブバーリドゥさん、知ってるんだろ?」

「知ってるけど、あの人はいろいろと名前を持っているからね。しかし、初めて聞いたよ、カルブバーリドゥって自ら名乗る人は」

 エルファンドはガイルに苦笑いを浮かべる。

「あの人、エルファンドさんより、もしかして位上?」

 エルファンドは片目を瞑った。

「さて、どうでしょう」

 ガイルは口を尖らせた。

「なんだよ、教えてくれたっていいじゃないか!」

 エルファンドはガイルの頭を撫でた。

「焦るな、ガキんちょ。お前の速度で成長すればいいんだ」

 エルファンドはガイルの頭をガシガシ撫でながら、ミルーナを見た。ミルーナは寂しげにキースを見つめている。

「ミルーナ。あの人なら間違いない」

「うん。また、何もしてあげられなかった」

「そんな事はないだろ。キース、お前が好きだってさ」

 ガイルは慌ててミルーナとエルファンドを見た。

 ミルーナはエルファンドを見上げた。

「え」

「お姉さんとして、好きなんだってさ。ほら、通じてるじゃないか」

 エルファンドの言葉にミルーナは涙ぐんだ。

「もうっ! 泣かせないでよ!」

「私の胸で泣くか?」

 ガイルはエルファンドを睨み付ける。

 ミルーナは涙を拭いて、舌を出した。

「嫌なこった! 坊や、待って!」

 キースは振り返り、口を尖らせた。

「いつまで僕は坊やなんですか!」

「ずっとに決まってるじゃない! あたしの可愛い弟よ!」

 ミルーナはキースを抱き締める。キースは顔が真っ赤になり、もがいていた。

 ガイルが二人に向かって走り出す。

「なに、赤くなってるんだ、キース!」

 エルファンドは三人の(じゃ)れ合いを微笑んで見ていた。

 エルファンドの隣りにカルブバーリドゥが来る。

「相変わらずだね、彼女。子供にモテモテ」

「そうですね。警邏じゃなくて、保母にでもなれば良かったんじゃないかって思いますよ」

 カルブバーリドゥはミルーナの背中を見て、肩を竦ませた。

「まあ、どっちもどっちかな」

「助けて戴いて、本当にありがとうございました」

 エルファンドは頭を下げた。

 カルブバーリドゥは三人を見つめながら、微笑む。

「お礼は僕が言いたい方だよ。あんな逸材に引き合わせてくれたんだからね」

「はあ。でも、彼の親は驚くと思いますがね」

 カルブバーリドゥはエルファンドを横目で見た。

「キースの親?」

「彼の父親はミゼルナ鍛冶店主ですよ」

 カルブバーリドゥは口の端を上げた。

「なるほど。炎の女帝の申し子か」

 エルファンドはカルブバーリドゥを驚いたように見た。

「え」

「あの剣鍛冶の店主は、代々炎の女帝と契約を結んでいるんだよ。現店主は特に気に入られているんだろ。実に楽しみだ」

 カルブバーリドゥはキースの横顔を見つめ、嬉しそうに顎を撫でた。



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