第三章
キースがふと顔を上げると、隣りにいたはずのガイルの姿がなかった。
「ガイル?」
キースは慌てて周囲を見渡すが、周りは知らない大人ばかりだ。
「ガイル! ガイルどこ!」
キースはガイルの名を呼びながら、元来た道を引き返していく。橋のところまで戻ってきたが、ガイルの姿はなかった。
キースは再び通りに入り、ガイルを探し始める。 身の丈の低いキースには、大人が忙しなく動く通りでガイルを探すのは至難だった。
キースの足が自然と止まった。動きたくても足が竦んで動けなくなっていた。
「ガイル、どこにいるの……」
キースの胸は不安でいっぱいになり、茫然と通りを見つめた。
キースはガイルと同じ浅葱色の髪色を人込みから見付け、急いで走り寄った。
「ガイル! ガイル、どこ行くんだよ!」
キースはそう腕を掴み、その腕がガイルより柔らかい事に気が付いた。
「え」
振り返ったその腕の持ち主は丸い大きな目をさらに丸くして、キースを見つめていた。
「あ、ご、ごめんなさい。人違いでした」
キースは慌てて手を離し、頭を下げた。キースが顔を上げると、ガイルより背の高い女性がキースを見つめていた。
「坊や、はぐれちゃったの?」
女性はキースに微笑んだ。
「ぼ、坊やって」
「あら。それともお嬢ちゃんかしら?」
キースは女性を見て、首を振った。
「僕は男です」
「でしょ。坊やで合ってるじゃない。で。はぐれちゃったの?」
「多分」
キースは唇を噛み締めた。
「そう。お友達?」
キースは黙って頷いた。
「坊やはこの辺の子じゃなさそうね」
「はい。お父さんの代わりに荷物を届ける途中で…… ガイル、どこ行っちゃったんだよ」
キースの脳裏にダンやロッシーの顔が浮び、口がヘの字に曲がる。言い知れぬ寂しさが胸を支配し、目には涙が溜まり始めていた。
「お友達はガイルっていうの。もしかしたら、その荷物を届ける場所にいるんじゃないの? 場所はどこ?」
キースは腕で涙を拭き、女性を見た。
「ヴァコバ装飾鍛冶店です」
女性はキースに頷き、キースの手を引き歩き出した。
「ああ、クーイットの処。おいで。連れてって上げるから」
キースは手を軽く振った。
「あの、離して下さい。子供じゃないから、手を繋がなくても歩けます」
「で、あたしともはぐれる気かな?」
キースは女性の言葉に黙り、手を離そうとするのを止めた。
女性はキースに微笑んだ。
「素直ね。あたしはミルーナ。坊やは?」
「キースです」
ミルーナは頷いた。
「ヴァコバ装飾鍛冶に何を届けるつもりなの?」
「ウチのお父さん鍛冶屋で、ヴァコバさんに頼まれた小剣の剣身を届けるつもりだったんですが……」
「そう。キースは小剣の剣身とやは、持ってないみたいね」
キースは頷いた。
「ガイルが持ってくれています。ガイル、本当にどこ行っちゃたんだろう」
「大丈夫だって。でも可笑しな話ね。キースのお父さんは鍛冶なんでしょ? 普通だったら小剣なんて鍛冶で全て終わるのに」
キースはミルーナに微笑んだ。
「届けるつもりの小剣は儀式用の剣身です。多分、ヴァコバ装飾鍛冶で仕上げがあるんだと思います」
ミルーナはキースを見た。
「なるほど。キースは本当に素直だね」
キースはミルーナの言葉に首を傾げた。
ミルーナは顔を上げて、看板を見上げた。
「坊や、着いたよ」
キースも看板を見上げ、辺りを見渡し、肩を落とした。やはり、ガイルの姿はない。
ミルーナはキースの頭を撫でる。
「お友達、来てないみたいだね。探して来て上げようか?」
キースは首を振る。
「いえ。送ってもらったのに、さらにそんな事まで頼めません」
「小剣がなきゃ店に入っても意味ないでしょ?」
キースはミルーナを見た。
「でも……」
「気にしない、気にしない。これもあたしの仕事だから」
キースはミルーナに首を傾げた。
「え? 仕事?」
ミルーナはキースに微笑んだ。
「まあ、仕事って言っても休暇で戻って来てるんだけどね。あたしは警邏なの。迷子探しは警邏の仕事の一つよ」
キースはミルーナを見つめた。
「え、えーっと、女の人も警邏とか仕事あるんですか?」
ミルーナはキースに微笑んだ。
「あるわよ。帝王領は実力さえあれば、男だろうが女だろうが関係ないの。それに女が得意な仕事だってあるしね。で。ガイルくんの特徴は?」
「えーっと、ミルーナさんより背が低くて、ミルーナさんと似たような髪色で、よく日焼けしてます。名前はガイル・ゼベッツっていいます」
ミルーナは頷いて、キースの頭を撫でた。
「じゃあ、探してくるからここで待っててね」
ミルーナはそう言って人込みに消えていった。
キースは溜め息を吐き、ヴァコバ装飾鍛冶店の看板を見上げた。
キースの目に光が飛び込んできた。光の出所を見ると、夕日に照らされ輝いている装飾小刀があった。
鉄格子の向こう側に商品見本が並んでいる。柄と鞘に様々な装飾がされた剣や小剣、小刀がある。中には剣身に装飾を施してある剣もあった。
キースは荷物の小剣の剣身を思い出し、どんな柄と鞘が付くのか目の前の見本からいろいろ想像を巡らせる。
父親の手掛ける武具は全て実用の高い最低限の装飾しか施されていない。
煌びやかな装飾見本は、キースの想像を掻き立てた。実際にこの装飾武具はどんな人が持つのか。キースは鉄格子に囓り付いて、想像を巡らせていた。
「なんか用か?」
キースは突然横から声を掛けられ、驚いて顔を上げると、そこには熊が立っていた。
「ひ」
熊の目がキースをい抜く。キースは声が上げられずに、そのまま鉄格子に背中を付けた。
「だからよ。なんか用か、ウチに。用がないならそこどいてくれないか。店を閉めたいんだがな」
キースは看板と熊を何度も見て、唾を飲み込んだ。
「ヴァ、ヴァ、ヴァコバさん、ク、クーイット・ヴァコバさん、で、ですか」
「そうだが」
キースは頭を下げた。
「は、はじめまして。僕はバチナス郷リルエルス庄ミゼルナ鍛冶屋の八男、キース・ミゼルナです」
熊男クーイットはキースを見て少し破顔した。
「ミゼルナさんのトコの一番下か。デカくなったな。じゃあ、お前さんが例の小剣を持ってきたのか」
キースは包みから手紙を差し出した。
「まず、これ、お父さんから……」
クーイットが手紙を受け取り、中身を読んだ。
「――ミゼルナさんも立て込んでるのか。で、キース。お前の友達とやらは?」
キースはクーイットを見上げ、口の端を思いっきり下げた。
「僕達、この通りではぐれちゃって…… 僕の親友のガイルが小剣を背負ってて……」
クーイットはキースの頭をガシガシ撫でた。
「男がそんな顔すんじゃねえ。で、お前は自力でウチにきたのか?」
キースは首を横に振る。
「ミルーナさんという方がここまで送ってくれました」
クーイットは肩を竦ませた。
「お転婆ミルーナか」
「お転婆で悪かったわね、クーイット」
クーイットは驚いたように振り返ると、ミルーナとガイルが立っていた。
キースはガイルを見て驚いた。ガイルの顔に殴られた後がある。
「ガイル!」
「よ!」
クーイットはミルーナを見た。
「ケンカか?」
「そうね。多分、カツアゲされそうになって逆に伸したって感じかしら?」
ミルーナは肩を竦ませた。
「なるほど。取りあえず店の中に入れ」
クーイットは三人を中に入れ、店終いを始めた。
ミルーナは手際よくランプに火を灯し、店の中を見渡している二人に微笑んだ。
「喉渇いてるでしょ。いま、ティー入れて上げるから」
ミルーナは二人に微笑み、店の奥に消えていった。
二人はランプの灯に照らされた装飾武具を見渡している。ランプの炎が揺らめく度に装飾の石や金属が煌めき、二人は溜め息を吐いた。
「殴られた場所は痛むか?」
キースとガイルは大きく体を竦ませ、慌てて振り返った。
クーイットが扉に横猿を噛ませている。
「大丈夫です」
「名前は?」
「あ、すみません、ガイル・ゼベッツです。キースん家の隣りに住んでます」
ガイルは頭を下げた。
クーイットは二人を見て、指を差した。
「そこに座れ」
「店閉めたんだから、奥でもいいんじゃないの? キース、ガイル、奥においで。ティー入れたよ」
キースとガイルはクーイットを見ると、肩を竦ませ手を払うクーイットがいた。
「その奥の左側に入れ」
「おじゃまします」
二人は暖簾を潜り、奥の居住区に入っていった。
左の部屋に入ると、ミルーナがテーブルに人数のカップを置いていた。
クーイットはミルーナを軽く睨み付け、黙って椅子に座る。
「適当に座れ」
二人はクーイットの前に並んで座った。
「で。例の剣身は」
ガイルは慌てて木箱を背から降ろし、キースに渡した。
キースは木箱から包みを出し、テーブルの上にそっと置き、クーイットに押し出した。
「これです」
クーイットは包みを開け、溜め息を吐いた。五身の剣身はランプの灯を鋭く反射し、自ら光を発しているかのように輝いていた。
「さすがミゼルナさん」
クーイットのドデカい手が一身取り、目の前で剣身をくまなく丁寧に見ていった。
一身、一身丁寧に見ていくクーイットを、キースは唾を飲み込みながら見つめていた。自分の父親が打ち直した物が品定めされている。自分が父親が品定めされているようで、心臓がドキドキしている。
「――うん。完璧だ」
クーイットの言葉でキースとガイルが大きく溜め息を吐いた。キースは驚いたようにガイルを見る。
「ガイル?」
「いや、なんかドキドキしちゃってよ。ケンカの時、傷いかせてたらどうしようとか考えちゃってさ」
ガイルは頭を掻いた。
キースはガイルに笑い掛けた。
「僕はガイルとは違うけど、ドキドキしてた。お父さんがいろいろ見られてるようで、緊張しちゃった」
クーイットとミルーナは二人の会話に、黙って笑みを浮かべる。二人の純朴さが、その笑みをもたらしたのだろう。
ミルーナはクーイットを横目で見て、二人を微笑ましく見ているのに、さらに笑みを浮かべた。クーイットはミルーナの視線に気が付き、ミルーナを軽く睨み付け、咳払いをする。
二人はクーイットとミルーナを見て、頭を掻いて照れくさそうに笑い返した。
クーイットは五身の剣身を包みに包み直す。
「で、お前達。この後暇か?」
キースはクーイットに首を傾げた。
「この後って…… えーっと、泊めてくれるんじゃないんですか?」
今まで黙っていたミルーナがクーイットの頭を引っ張叩いた。
「クーイット! あんたはいつも言葉が足らないんだから!」
クーイットは頭後ろを押さえ、ミルーナを軽く睨んだ。
「お前なあ」
「何よ」
クーイットはミルーナを見つめ深く溜め息を吐き、キースとガイルに視線を戻す。
「俺はこいつらを仕上げなきゃならん。三〜四日は掛かる。だが、俺も依頼がかなり立て込んでてな。出来れば仕上げた小剣を依頼主まで届けて欲しいんだ」
キースとガイルは顔を見合わせ、二人は慌ててクーイットを見た。
「ヴァ、ヴァコバさん。俺らは明日帰っちゃうんですよ」
ミルーナはガイルに首を傾げた。
「リルエルス庄に帰った後、なんか予定があるの?」
ガイルはミルーナを見て、慌てて視線を外して首を振った。
「別にない」
キースはガイルに小首を傾げ、クーイットとミルーナを見た。
「別に用事とかはないんですけど、お父さんもお母さんも明日帰ってくると思ってるので……」
「ミゼルナさんには俺から手紙出しておく。朝一の早馬便なら午後には届く。先方にもお前達が持っていく事を伝える。なんの心配もない」
「で、でも、お金とかあんまり持ってないし」
クーイットの中ですでに決定事項になっているのに、キースは焦った。
「金の心配はするな。俺が頼むんだ、旅費と駄賃ぐらいは出してやる」
「でも、高価そうな装飾武具を僕らが持って歩いて、もし狙われたりしたら」
キースは必死にクーイットの言葉をひっくり返そうとした。
「ところでクーイット。届け先は?」
ミルーナがクーイットを見た。
「四ツ橋三本木のパルマイル旅宿だ」
ミルーナは口笛を吹いた。
「わお、高級旅宿。クーイット、明後日までに仕上げる事、可能?」
クーイットはミルーナを見た。
「今から掛かれば、明後日の夜には出来るが」
ミルーナはクーイットに口の端を上げた。
「明々後日なら、あたしがこの坊や達、送り届けて上げるよ」
クーイットはミルーナをしばらく見つめ、渋々頷いた。
「今度は何が欲しい」
「やった、交渉成立っ! 小柄三竿」
ミルーナは嬉しそうに三つ指を広げた。
クーイットはキースとガイルを見た。
「このお転婆姉ちゃんが、お前らと一緒に行くから安心しろ。こう見えても腕は立つ」
キースは溜め息を吐いた。
「どうしても行かなきゃダメなんですよね」
「頼みたい。手近な男がいないんでな」
キースは溜め息を再び吐いた。
ガイルは苦笑いを浮かべ、クーイットを見た。
「で、四ツ橋三本木ってどこなんですか?」
ミルーナはティーを拭き出しそうになった。
「ガイル、知らないの?」
「知らない」
クーイットはガイルに苦笑いを浮かべた。
「帝王領直轄区だ。直轄区には郷や庄がない。区外にはあるがな」
ガイルの目が輝いた。
「帝王領っ! 行く行くっ! キースが行かなくても俺は行く!」
クーイットは苦笑いを浮かべた。
「そうか。キースはなんでそんなに嫌なんだ?」
キースはなんて言っていいか分からなかった。自分の中で何かがいつも裾を引く。ガイルのように帝王領を見てみたいと、クーイットの言葉を聞いた時にすごい感じた。気持ち的にはガイルと同じように叫びたいくらいだった。でも、それをグイッと何かが引き止める。
そんな思案顔のキースに、ガイルは肩を竦ませ、クーイットを見た。
「キースは意気地無しなんですよ」
「ち、違うよ! いろいろと心配なだけだよ!」
キースはガイルを睨み付けた。
クーイットとミルーナが軽く吹き出した。
「心配ばかりしてたって、先に進めないよ。心配はその場その場ですればいいの。坊や達には丁度いいじゃない。届けがてら帝王領観光すればいいんだしね」
ミルーナはキースに微笑んだ。
キースは口を尖らせた。
「でも……」
「坊やは鍛冶屋の掟、知ってるでしょ? クーイットは坊や達にしか頼めないの。女のあたしじゃダメなの」
キースはミルーナを見つめ、クーイットに視線を移した。
「分りました、ヴァコバさん」
「悪いな。ミルーナ、後は頼んだ」
クーイットは包みを抱えて、ミルーナを見た。
ミルーナは口を尖らせた。
「ええ! じゃあ、五竿」
クーイットは手を上げて、部屋を出て行った。
「五竿でも何竿でも造ってやるから、頼んだぞ」
ミルーナは指を鳴らした。
「やり!」
ミルーナは二人に微笑んだ。
「って事で。夕飯食べに行こうか」
キースは出入り口を振り返り、ミルーナを見た。
「ヴァコバさんは」
「ん? あれはほっといていいよ。取り掛かったら、話も聞かない奴だから。ホレホレ、立った立った」
ミルーナはキースを立ち上がらせ、二人を夕飯に連れ出した。
二人は、夕飯を食べた後、ヴァコバ家の二階に案内された。
ミルーナは勝手知ったるなんとやらで、テキパキと二人の寝床を整えていく。
キースとガイルはそれを見ていた。
「さあ、寝床は出来たわ。明日はこの辺を案内してあげるよ」
ミルーナは二人を振り返り、微笑んだ。
「ミルーナさん。今日は本当にありがとうございました」
突然、キースが頭を下げた。ミルーナは驚いたようにキースの頭を見つめた。
「な、なに、いきなりどうしたの?」
キースは頭を掻いて、苦笑いを浮かべた。
「お礼言いたかったのに言えなかったから」
ミルーナは軽く首を振りながら、キースに微笑んだ。
「いいって。それに少なくとも三日は一緒に旅するんだし。あたしも助かってるのよ」
キースは首を傾げた。
「え、ミルーナさんも助かってるの? なんで?」
ガイルが突然、服を脱ぎ、ベッドに倒れ込んだ。
「いいじゃねえか。助かってるならそれで」
ミルーナはガイルの背中を一瞥し、キースに微笑んだ。
「そうそう。気にしないでいいのよ。明日迎えにくるから。朝飯も一緒に食べようね」
ミルーナはキースの頭を撫で、おでこに軽く口を付けた。
「おやすみ、いい夢を」
キースの鼻啌が微かに甘い香りを嗅ぎ付け、キースの頭に春の花畑が浮かび上がる。
キースは額を押さえたまま、しばらく突立っていた。
ガイルが舌打ちと共に、俯せから横に向いた。
その途端、頭から湯気が登りそうなほど、キースの顔が赤くなった。
「気に入られてんな」
「な、なに言ってるんだよ、ガイル。きっとからかわれてるだけだよ」
キースは慌てたように荷物をベッドサイドに置き、服を脱ぎ、ベッドに潜り込んだ。
「ふうん」
「それよりガイル。ミルーナさんが嫌いなの?」
キースはガイルを見ると、ガイルは寝返りを打ち、キースに背を向けた。
「別に」
「夕飯の時もそうだったけど、あんまり喋らないし」
「疲れてるだけだよ」
キースはガイルの背中を見つめた。
「そう。それならいいけど…… 帝王領直轄区まで連れていってくれる人だし…… あれ、ガイル!」
ガイルは面倒くさそうに、驚いているキースを見返った。
「んだよ」
「ミルーナさん、少なくとも三日って言ったよね」
ガイルは再び寝返り、頷いた。
「言ったな」
「って事は三日間も旅するの!」
「じゃね?」
キースは起き上がり、ベッドの上で胡座をかいた。
「少なくても三日…… 少なくても家に帰るのは七日後……」
キースの不安が段々と大きくなっていく。また、言い知れぬ何かが裾を引き始める。
「だから、行くの無しとかいうなよな」
ガイルが起き上がり、キースを軽く睨んでいた。
キースは弱く首を振り、ベッドに潜り込んだ。
「――言わないよ。ヴァコバさんに頼まれたし、断ったらヴァコバさんがすごい困るのも分かってるし…… 僕だって帝王宮殿城下を見てみたいし…… でもね」
「心配なのか?」
キースは首を振った。
「違う」
「不安なのか?」
「それも違う」
ガイルは首を捻った。
「わかんねえな、じゃあなんだよ」
キースは首を思いっきり振った。
「僕にだって分かんないよ。でもね、それが現れるとすごい不安になるんだ。でもね、それが現れると同じくらいに他のも現れて、それを潰そうとするの」
ガイルはますます首を捻った。
「全然分かんね。それってなんだよ」
キースは口を尖らせた。
「僕だって分かんないよ。いきなりそいつら現れたんだもん。僕の中で」
「ふうん。そのそいつらが現れたのは、いつだ?」
キースは天井の梁を見つめ、それが現れた時を考えた。
「うーん…… 一番最初に現れたのは、あの剣身を見た瞬間かな」
「見た瞬間?」
キースは頷いた。
「うん。でも、不安になるそれは、潰そうとするそいつより後……」
「それとかそいつとか分かんね。適当に名前つけちゃえよ」
ガイルは肩を竦ませた。
「名前?」
「そう。キース2号とかキース3号とかさ」
キースはガイルの提案に首を傾げ考えた。
「うーん…… じゃあ、先に現れたのが赤、後に現れたのは青」
「赤と青ね。で、赤が現れた時があの小剣を見た時なんだな」
ガイルはキースの話を整理し始めた。
「そう。剣身を見た瞬間、ぶわっと赤が現れたの」
キースは右手を勢いよくベッドから振り上げた。
「でもね、次の瞬間、青もぶわっと現れた」
キースは左手も同じように振り上げた。
ガイルは自分の右手と左手を見て、首を傾げた。
「赤と青はいつもケンカしてるみたいだな」
「ケンカ…… そうかもしれない。なんだろうね、この赤と青。ここでまた剣身を見たら、赤と青が少し大きくなったんだ」
「育つんかい」
キースは苦笑いを浮かべた。
「多分。最初に現れた時より、ちょっとづつ大きくなってる気がする。でね、赤と青は気持ちとかじゃないの。赤が強くなると不安になるし、青が強くなっても不安になる。なんだろうね」
「俺はお前じゃねえから、わかんねえよ。まあ、その内慣れてくんじゃね?」
ガイルは頭の後ろに両手を回した。
「ヴァコバさんとミルーナさんって、なんなんだろうな」
キースはガイルに首を捻った。
「幼馴染みなんじゃないの、僕らと一緒で」
「幼馴染みね…… 俺もう寝る」
ガイルはそう言って、キースに背を向けた。
キースはガイルの背中に首を捻り、サイドテーブルのランプを拭き消した。
「おやすみ、ガイル」
ガイルは寝息で返事を返してきた。
キースはガイルの寝付きの良さに肩を竦ませ、目が慣れてきた暗闇をジッと見つめた。目の前に名前を付けた赤と青がいるように思える。形などない赤と青は、互いに睨み合いユラユラと蠢いているように見える。
キースはベッドにさらに潜り込んだ。
「仲良くしようよ。僕にどうして欲しいんだよ」
キースは何度も同じ言葉を掛布の中で呟いた。