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Be born to something -CHILDHOOD'S END-  作者: 剣崎 輝
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第二章


 二人は遊び慣れた森を抜け、隣りのルガリ庄の街道を歩いている。

「あんまウチの所と変わんないな」

 ガイルが両手を頭の後ろに当て、田畑を見渡していた。

「そうだね。ところでお昼はどこで食べる?」

 キースは手元にある地図を見ながら、歩いていた。

 ガイルはその地図を見て、指差す。

「ここ」

 キースはガイルの指先を見つめ、眉間に皺を寄せた。

「小母さんに言われたじゃないか、道草するなって」

「この道の方が近くないか?」

 ガイルの言葉にキースは首を振る。

「この道はダメなんだって。かなり急な坂のある丘の道らしいよ」

「ふうん。地図じゃ地形なんてわかんねえな」

 キースは頷いた。

「寺子屋にある地図みたいなヤツだったら分るけどね」

「あれだって全然分かんねえよ」

 ガイルは肩を竦ませた。

「まあ、寺子屋の地図はウチの庄しか描いてないけどね」

「興味ないから良く見てないや。あれ、エバンさんじゃね?」

 ガイルは前方からくる男を見て手を振った。

「エバンさん!」

 男は二人に焦点を合わせ、手を軽く上げた。

 二人は子犬のようにエバンに走り寄っていく。

 走ってきた二人にエバンは笑い掛けた。

「よう、ガイルにキース。こんなところで何してんだ?」

「こんにちは、エバンさん。お父さんにお使いを頼まれたんです」

 エバンは肩の荷物を背負い直し、二人に笑い掛けた。

「どこまで行くんだ?」

「ウナルバ郷までだよ」

 ガイルがエバンに微笑み返す。エバンはガイルの頭を撫で、キースを見た。

「ヴァコバさん所か?」

「はい」

 エバンは顎を撫でる。

「ヴァコバさんも忙しそうだったなあ、そういや。お、そうだそうだ。キース、お前が欲しがってた本、手に入ったぞ」

 エバンは肩から背負い箱を下ろし、中から一冊の本を取り出した。

 キースはその表紙を目にして嬉しそうにエバンを見た。

「うわ! すごい嬉しい!」

「ほれ。受け取れ」

 キースはエバンに首を振った。

「でも、いま、お金がないから、帰ったら買います」

「金はいつでもいいさ。少しでも荷物を軽くしたいんだよ。だから、持ってけ」

 エバンはキースの手に本を無理矢理持たせ、箱を背負った。

「しかし、キースは他の兄弟達と違ってそっちに興味があるのか」

 キースは苦笑いを浮かべる。

「うん。でもどっちも才能がないからダメだけど。読み物として欲しかったんだ」

 ガイルはキースの手元にある表紙を見て肩を竦ませた。表紙には『術 ―系統と種類 理論と実践―』と書いてある。

「難しいそうな本だ」

「そんな難しくないぞ。これは帝王宮殿城下の呪術学校の教科書だ。呪術学校に入って一番最初に読む本なんだと」

 ガイルは帝王宮殿城下の言葉に目を輝かせた。

「エバンさん、宮殿城下に行ってきたの?」

「俺は商人だ。大抵は宮殿城下で仕入れてくるんだよ。あとキースの本みたいに、頼まれ物を探し出してくるのも仕事だがな。じゃあな、道草せずにちゃんと行けよ」

 エバンはキースとガイルの頭を撫で、二人の前から消えていった。

 ガイルは口を尖らせた。

「なんでみんな同じ事言うかなあ」

 ここまで出会った顔見知りの大人達は、必ず別れ際に『道草するな』とガイルを見て言うのだ。

 キースはガイルの表情に笑みを零した。

「それはガイルを良く知ってるからじゃないの?」

 ガイルは頭を掻いた。

「確かによく道草してるの見られてるしな」

 キースは本を腰の包みにしまい、ガイルを見た。

「ガイル。この先の丘でお昼にしようよ」

「おう! 昼飯何かなあ。お前の小母さん、ご飯作るの上手いから、楽しみだ」

 ガイルは腰の包みを撫でながら歩き出した。

 キースは小走りにガイルの後を追い、横に並んで歩き出す。

「パチャのサンドウィッチだといいな」

「パチャかあ。パチャもいいけど、ローリーだと最高なんだけどなあ」

 キースもガイルの言葉に頷いた。

「ローリーもいいね。うわあ、考えただけですごくお腹が空いてきた」

「俺も! キース走るぞ! 早く丘に行って飯喰おう!」

 ガイルは地面を蹴り、丘を目指して走り出した。キースは慌ててその後を追う。

「ガイル、待ってよ! 僕の方が荷物多いんだから!」

 ガイルは振り返り、頭を掻いて速度を緩めた。

「ごめん、忘れてた!」

「もうっ! なんの為に来てるんだか、忘れないでよ」

 キースは口を軽く尖らせた。

「ごめん、ごめん」

 ガイルは頭を掻いて、キースが隣りに立ったのを確認し、歩き出した。




 二人は三十分ほど歩き、昼休憩場所の小丘に腰を下ろした。

 ガイルは早速腰の包みを開く。

「腹減ったぁ!」

「僕も」

 キースも頷き、同じように包みを開き、ガイルを見た。ガイルも同じようにキースを見て、口の端を思いっきり上げた。

「やった! ローリーだ!」

 ガイルは嬉しそうに、サンドウィッチを手にした。

 キースは手をサンドウィッチに合わせる。

「いただきます」

 ガイルは口にサンドウィッチを頬張りながら、サンドウィッチを見た。

「あ、いけね! いただいてます!」

 キースはガイルに苦笑いを浮かべ、目の前に広がる田園風景を眺めながら、サンドウィッチを口にした。

「ガイル。なんか楽しいね」

「出る時はあんなに嫌がってたのに、良くいうぜ」

 キースは水筒の木栓を抜き、口を付ける。

「だって…… あの時は本当に嫌だったんだよ。なんか不安だったんだよ。今も不安はあるけど、嫌じゃないかな。ちょっとドキドキしてる」

 ガイルも水筒に口を付け、キースに笑い掛けた。

「俺もドキドキしてるし、なんかワクワクしてる。森の探険なんかよりも、すんげえドキドキしてる」

 キースはガイルに笑い返した。

「森の探険ってドキドキするんだ」

「するさ。でも、父さんが猟師だからウチの森はほとんど知ってるだろ? 多分、他の奴等よりはドキドキしないかな。こんなドキドキしたのは、初めて森で親子鹿と出くわした時ぐらいかな」

 キースはガイルを羨ましそうに見つめた。

「え、親子鹿を見たの? いいなあ、滅多に見れないんでしょ?」

「うん。子連れの動物はみんな警戒心が強くなってるから、なかなか見れないんだって。だから、すんげえドキドキした」

「聞いてる僕もドキドキしてる。今度、森を探険する時、僕も行きたいな」

 ガイルは苦笑いを浮かべた。

「お前すぐバテちゃいそうだよなぁ」

 キースは口を尖らせた。

「そんな事ないよ!」

「あるよ。だって家を出てから休憩したの三回目だ。休もうって言い出したのは全部お前だぜ」

 キースはサンドウィッチを見つめた。

「そうだけど……」

「その小剣は、ずっとお前が持ってなきゃいけない物?」

 キースは首を傾げて、ガイルを見た。

「別にそんな事ないと思うけど」

 ガイルはキースに口の端を上げた。

「じゃあ、貸せ。俺が持ってやる」

 キースはガイルの言葉にムッとした。明らかに自分には体力がないと言われているような物だ。ガイルに比べたら体力はないのは自分でも分る。だが、そうやって言われる事が癪に触るのだ。

「いいよ。僕が持っていく」

「なに、拗ねてるんだよ」

「僕だって男だよ」

 ガイルはキースの言葉に大笑いをした。

 キースは顔を赤くして、ガイルを睨み付ける。

「なんで笑うんだよ!」

「当たり前の事いうなよ! 俺がお前を女と同じように見てるって思ったのか? 馬鹿だなあ、ちげぇよ」

 キースは黙って口を尖らせた。

 ガイルはキースに笑い掛けた。

「体力がないのを心配しちゃダメなのか?」

 その笑みはミゼルナ家の長男に生まれ、六人の弟妹を面倒みるがゆえの、兄としての笑みだ。

 キースはガイルの視線から顔を逸らせた。

「――ごめん、ガイル。フリナンとか良く女みたいってからかうから」

「フリナンか。あの馬鹿はどうしょもねえよ。あいつらはいっつも弱い者イジメばっかしてるしな。気にすんな。確かに見た目とか細いけどキースは男だ。ただ、ちょっと体力がないってだけだ」

 キースは苦笑いを浮かべた。

「うん。ガイルより体力ないよね」

「ないね。でもお前、絶対にフリナン達より体力あると思う」

 キースは驚いたようにガイルを見た。

「え、ないよ」

「あるよ。道場で基礎練習とかしてると、最後までやってるの、いつも俺とお前だけなんだよ」

 キースはますます驚いた。ガイルがそんな風に周りを見ているとは思ってもなかったからだ。自分は一心不乱に練習をしていて、周囲の事など目にも入らない。

「まあ、お前は汗だくだけどね、いっつも」

「ガイルって、意外と周りを見てるんだね」

 ガイルは口を尖らせた。

「意外ってなんだよ。いつの間にか、周りを見る癖がついてたんだよ。多分、弟や妹がいるからだと思うけど」

「そうか。僕にはいないからなあ。一番下だしね。ガイル、やっぱり荷物頼んでいい?」

 キースは照れくさそうにガイルに笑い掛けた。ガイルは笑って頷く。

「いいよ。気にすんな」

 キースは木筒を外し、ガイルに差し出した。ガイルは軽々と木筒を背にする。

「意外と軽いんだな」

 キースは肩を竦ませた。

「僕は重いって思ってたのに」

「そこが俺とお前の差だな」

 キースは水筒に口を付け、田園風景を見た。

「ガイルは、僕らより飛び抜けてるのかもしれないね」

「さあ。そんなの分かんねえよ。飛び抜けててもバース兄貴達には全然敵わないし」

 キースは苦笑いを浮かべた。

「バース兄さん達は大人だし戦士なんだから、敵わなくたって当たり前でしょ? でも、バース兄さん達は良くてもダークハンターなんだよ。兄さん達もまだまだって良く言ってるよ」

 ガイルはキースの言葉に溜め息を吐いた。

「バース兄貴達がダーク…… 上にメア、シヴァがあって、さらに上に護衛騎士団がある…… 俺、無理かも」

 キースはガイルを見た。

「え? 何が無理なの?」

「俺の夢、護衛騎士団だから」

「そうなんだ。でも、バース兄さん達が言ってたけど、自分達はまだまだ若造だって言ってたよ」

 ガイルは腕を組んだ。

「確かに寿命を考えると、俺なんて生まれたばかりの赤ちゃんと同じだしな。第一元服してないんだし」

「うん。ウチの領は数え十五で元服でしょ? 領によって元服年齢が違うんだって。確か帝王宮殿城下じゃ、十八なんだって。中には二十才の所もあるらしいよ」

「へえ。バラバラなんだ」

「みたいだね。だから諦める事はないと思う」

 キースはガイルに微笑んだ。

「僕はまだ将来の夢が見付からないけど、ガイルはあるんだから、簡単に諦めないでよ」

 ガイルは頷いた。

「おう! いつかは護衛騎士団になってやる!」

 キースはガイルの表情を見て頷いた。

「その方がガイルらしいよ」

「そうか? キースも将来の夢、見付かるといいな」

 キースは頷いて、田園風景を見た。

「うん」

 ガイルはキースの横顔を見て、寝転がった。

「本当はあるんじゃねえの?」

「ないよ」

「術士になるのがやっぱり夢なんだろ?」

 キースは目を閉じているガイルを見て、再び田園風景に視線を戻した。

「そうかもしれない…… なってみたい気もするんだけど、半分以上、諦めてる。術士の事、調べれば調べるほど、僕には無理だって思うんだよね」

「さっきのキースの言葉、そのまんまお前に返すよ。簡単に諦めんな。俺らはまだまだガキなんだぜ。赤ちゃんと同じなんだぜ。俺と一緒に頑張ろうぜ。一緒に護衛騎士団になろうぜ」

「え! 戦士は無理だよ!」

 ガイルはキースを見た。

「は? 護衛騎士団に術士いないのか? 帝国術士がいるんだろ? 帝国術士の位ってどうなってんだか知らないけどよ。父さんが言ってたよ。夢はデッカく持てって」

 キースはガイルの言葉に目から鱗だった。

「――全然気が付かなかった。確かに帝国術士の位って知らないし、調べた事もなかった。あっ!」

 キースは包みの中から本を取り出した。

 ガイルは起き上がり、表紙を開くキースの手元を見た。

 キースの指は目次を滑るように動いている。ガイルは目次の文字の多さだけでクラクラしそうだった。

「あった。帝国に於ける体系と位」

 キースは巻末に近いページ数を確認し、本を捲る。

 目的のページの簡易表を見て、ガイルが指を鳴らした。

「護衛騎士団っ!」

 キースは頷いた。

「帝国術士の位も帝国戦士と同じなんだね」

 キースは表を指でなぞりながら、帝国戦士と同じ位名を見つめた。

「護衛騎士団頭が一番上なんだな」

「みたいだね」

 キースは表の一番上に書いてある護衛騎士団頭の文字を見つめ、そのすぐ下の文字を見た。明らかに後から書き記した文字。そこだけ墨の色が違っていた。この本の前主が勉強の為に書き記したのだろう。

「クラーク・マックスウェル」

 ガイルはキースの言葉に頷く。

「今の頭の名前かな」

「多分……」

 キースの心臓がドキドキし始めた。今まで読んできた術士の話は、神話や伝説ばかりだった。キースは生まれて初めて、実在しているであろう術士の名前を知った。しかも、帝国一の術士であろう男の名前を知った。

 キースはガイルを見た。

「ガイル!」

「な、なんだ」

「どうしよう! 僕、すんごいドキドキしてる!」

 ガイルは首を傾げた。

「は?」

「だってさ、だってさ。護衛騎士団頭って事はさ、帝国一の術士って事でしょ! その人の名前を知ったんだよ!」

「あ、なるほど。そうか護衛騎士団頭って事は帝国一って事か」

 ガイルはキースの言葉を繰り返し、自分も段々と興奮し始めた。

「うお! 俺もドキドキしてきた! なんか分からんねえけど、すげえ!」

 キースはその名前を嬉しそうに見つめた。

「僕、やっぱり、術士になりたい。帝国術士になって、いつかこの人に会ってみたい」

「おう! じゃあ俺と一緒に護衛騎士団になろうぜ!」

 キースは嬉しそうに大きく頷いた。

「うん!」

「じゃあ、さっさと出発だ! とっととこいつを届けちまおうぜ!」

 ガイルは背中の木筒を叩いた。




 昼の興奮が功を奏したのか、二人は夕暮れ前にウナルバ郷クィナ庄に着いた。

 キースとガイルの前にはかなり大きな街道が広がり、遥か先には、この領地主、ウナルバ伯爵の城門屋根が見える。

 ガイルとキースは、道の広さ、人の多さに、口が開いたままだった。

「そんなとこでボケッとしてんと危ないぞ」

 キースとガイルに、町人が笑い掛け通り過ぎていく。

 キースは我に返り、ガイルを引っ張り街道隅に移動した。

 ガイルは行き交う街人を右に左に見ている。

「なんか、すんげえ!」

「うん。人も家もすごい多いよね」

 キースはそう言って、手描き地図の裏を返した。

「えっと、今ここがクィナ庄の大通りだから……」

 ガイルも地図を覗き込む。

「ずーっと城に近付いて、右に曲がんのか」

「五回橋を越えたら、右だね」

 キースはガイルに微笑み、地図を閉じた。

 二人は大通りを見て、人の流れに乗るように歩き出した。

 キースとガイルは物珍しさと目的地に着いた安堵感で、周囲を落ち着きなく見渡していた。

「すんげえ」

「あのお店なんだろうね」

 二人はしきりに声を上げて、店を覗いたり、屋台を覗いたりしていた。




 二人が四本目の橋を越えると、目の前に少し年上くらいの少年達が立ち塞がる。

「お前ら、どこから来た田舎者だ?」

 ガイルは眉間に少し皺を寄せ、体格のいいその少年を見つめた。

「は? 随分な挨拶だな。都会は、そういう礼儀が流行ってるのか?」

「ガイル」

 キースはガイルの腕を引いた。

「ガイル、止めてよ」

「へえ、綺麗なの連れてるな。お前の女?」

 キースは少年達を睨み付けた。

「失礼な人ですね。僕は男です」

 少年達はキースを嘲るかのように笑う。

「僕は男ですだってよ! どう見ても女にしか見えないけどなぁ」

 キースは頭に血が上る思いだった。自分の知っている人間ならまだしも、全く知らない人間に馬鹿にされ、悔しさが込み上げてきた。だが、言い返せば言い返すほど、さらに馬鹿にされるのは、いつも馬鹿にするフリナン達で良く分かっていた。

「お前ら邪魔だ、退けよ」

 キースがガイルを見ると、眉間に皺を思いっきり刻み少年達を睨み付けた。

「どいてやってもいいんだけどな。その腰袋、置いてけ」

 少年達の視線は、ガイルとキースの腰袋の中身を値踏みしている。

 ガイルはその視線に肩を竦ませた。

「なんだよ、カツアゲかよ」

 少年達は片眉を上げた。

「心外だなぁ、カツアゲなんかじゃない、通行料だ」

「通行料? なんでお前なんかに、払わなきゃいけないんだよ。ここはお前の道じゃないだろ」

「へえ。お前、本当に田舎者なんだな。俺を誰だか知らないんだ」

「知らないね」

 ガイルは再び肩を竦ませた。

「俺の親父はここの領主だ」

 胸を張ってそう言い切った少年をキースは見つめ驚いた。が、ガイルは鼻を鳴らす。

「へえ。だから?」

 少年達はガイルの切返しに目を見開いた。

「だ、だから…… 俺の親父は偉いんだ」

「だろうな、ここの領主だし。で?」

 そう返すガイルをキースは黙って見つめてしまった。ガイルが何を考えているのか、キースには全く理解出来なかった。

 ウナルバ伯爵の息子と名乗る少年の後ろにいた少年達は、顔を見合わせた。

「でって…… 平民は貴族の言う事を聞いてりゃいいんだよ!」

 キースは助けを請おうと周囲を見渡すと、遠巻きに町人が見ているに気が付いた。町人達は関心したようにガイルを見ている。

「バーカ」

 ガイルが自称領主子息を鼻で笑った。

 自称領主子息は怒りで顔が赤くなる。

「ば、馬鹿だとっ!」

 ガイルは肩を竦ませた。

「そうやって何人、カツアゲしたんだ? 確かにウナルバ伯爵はこの領の領主かもしんねえ。でも、お前は違う。俺は貴族の顔なんて分かんねえ田舎者だから、お前が領主の息子だとしても全く問題ないし。で、お前の名前はなんてえの? 俺はガイル・ゼベッツだ」

 ガイルはそう言って少年達を見据えた。

 キースは体を堅くする。どうやってガイルを止めていいか分からなかった。ガイルは明らかに喧嘩腰だ。すでに臨戦体勢をとっている。

 相手の少年達は五人。すでに少年達も腰にある剣に手が掛かっていた。

 キースは背中の剣を意識した。だが、頭の中に父親ダンの言葉が過ぎる。


『剣に頼るな』


 キースはガイルの険しい横顔を見る。ガイルは剣を忘れているように見える。

「剣に手を掛けるなんていい度胸だよな」

 少年達の手にますます力が入った。

 ガイルは自称領主の息子を見た。

「だから名前は。ケンカしたいなら買ってやるぜ。俺らのケンカは素手だけどな。人に思いっきり殴られた事ないだろ、お貴族さんだから」

 ガイルは口の端を上げた。

「なっ、何をっ!」

「止めておけ。この子にお前が敵うわけがない。それにこの子が佩してるのは真剣だ。丸剣のお前達が敵う相手じゃない」

 ガイルとキースの肩に手を置く者がいた。

 自称領主爵子息の顔が一瞬で真っ青になった。

 キースは身を縮め、ガイルは驚いたように振り返った。

 自分達に笑い掛け前に出た男の背中を、ガイルとキースは黙って見つめる事しか出来なかった。

 少年達の反応を見て、キースは少し胸を撫で下ろした。少なくとも、少年達にとって出会いたくなかった人間のようだ。

 自称領主子息の後ろにいた少年達は、一斉に逃げ出した。自称領主子息も慌てて逃げようと踵を返した。

「逃げるのか?」

 男は自称領主子息の背中に声を投げ付ける。自称領主子息は大きく体を竦ませ、立ち止まった。

「噂には聞いていたが…… 現場を押さえさせてもらったよ、ヨシャルナ。この件はきっちり父上に報告させてもらう。言う事はそれだけだ。帰れ」

 ヨシャルナと呼ばれた自称領主子息は、肩を落としフラフラと歩き出した。

 男は振り返り、ガイルとキースを見た。

「すまなかったね。私はあの愚弟の兄、エルファンド・アルスルーン・ウナルバ。君の啖呵には参った」

 ガイルは首を捻った。

「タンカってなんだ?」

「ああ。君が言った言葉や切返し、なかなか良かったよ」

「そう? ウチの庄にも同じようなのがいるから、いつもと同じようにやっただけだよ。親父がいくら領主や庄屋だって、そいつが偉いわけじゃないだろ? 貴族が平民より偉いわけじゃないだろ?」

 エルファンドはガイルの言葉に頷いた。

「確かにそうだ、君の言う通りだ。それを口に出来る君は凄いよ。君はいくつ?」

「数えで十二」

 エルファンドはガイルに微笑んだ。

「後三年で元服か。三年後が楽しみだ。で。この彼女」

「僕は男です」

 キースはエルファンドを軽く睨み付けた。

「ああ、すまない。あまりにもきれいな顔立ちしているから、てっきり女の子だと思ってしまったよ。君はいい友人を持っているね」

 キースはガイルを見て、エルファンドに頷いた。

「はい。とても頼りになる親友です」

 エルファンドはキースの瞳を見て、顎を撫でた。

「随分と珍しい瞳の色だね」

 キースはガイルを見た。ガイルは首を傾げる。

「見慣れてるからよく分かんね」

 キースはエルファンドを見た。

「そんな珍しい色なんですか?」

「そうだね。私が生きてきた中で初めて見る瞳だね」

 エルファンドはキースに微笑んだ。

「御両親に感謝しなさい。その瞳に誇りを持ちなさい。君の瞳は実に素晴らしいものだから」

 キースは頷いた。

「褒めてくださって、とても嬉しいです。ありがとうございます。この瞳に生まれてきて良かったと、初めて思いました」

 エルファンドはキースとガイルをもう一度見つめ、口の端を上げた。

「実に三年後が楽しみだ。君達はどこの郷出身なの?」

「隣りの郷のバチナス郷リルエルス庄出身です」

 エルファンドはガイルとキースの頭を撫でた。

「そう。もし三年後、私の事を覚えていたら、ぜひ、声を掛けてくれ」

 エルファンドはそう言って二人に手を上げ歩き出した。エルファンドの両脇にスッと二人の男がよっていく。恐らく護衛の戦士かなにかだろう。エルファンドは二人の男に口の端を上げ、何か話している。二人の男がキースとガイルを一瞥し、何か納得したように頷いていた。

 キースとガイルは顔を見合わせた。

「なんだ?」

「よく分からないけど、あの人が出て来てくれて良かった。あのままだったらガイル、ケンカ始めちゃうところだったし」

 キースはホッとしたような表情になった。

「お前、威勢がいいな。気分がスカッとしたぜ」

 町人の一人がガイルに話しかけてきた。

「そう? それより本当にあの馬鹿、ウナルバ伯爵の子供なのか?」

「ああ。お前達に絡んでたヨシャルナ・バルハン・ウナルバは三男で末っ子。で。お前を止めに入ったのは、休暇で帰って来ている嫡男のアルスルーン様」

 ガイルは首を傾げた。

「休暇? あの人は仕事してんの? 貴族なのに?」

「貴族だって仕事はするさ。アルスルーン様はシヴァハンターだよ」

 ガイルとキースは慌てて小さくなった後ろ姿を見た。

「シヴァハンターっ!」

「お前達、本当に珍しいヤツだな。貴族には驚かなくてシヴァハンターには驚くのかい」

 町人は肩を竦ませた。

 キースは街人に苦笑いを浮かべた。

「もちろん、初めて会った貴族階級の人にも驚いていますし、ある意味がっかりもしました。あの絡んできた人が貴族の代表になるところでした。アルスルーン様が現れなかったら、貴族階級の人とケンカをしてしまうところでしたし。平民と貴族がケンカしたら……」

 町人はキースの頭を撫でた。

「ここに関して言や、誰がケンカしようが両成敗だ。他の郷は知らんけどな」

 キースはホッとしたように町人に微笑んだ。

「不公平な事にはならないんですね。僕らは帝国戦士・帝国術士になるのが夢なんです。シヴァハンターは帝国戦士・術士の二番目に高い位ですよね」

 町人はキースの言葉に頷いた。

「なるほど。憧れの帝国戦士に初めて出会ったわけか」

 キースとガイルは大きく頷いた。

 町人は二人の頭を撫でた。

「ま、頑張れ」

「はい」

 二人はまた大きく頷いた。

 町人と別れ、橋を越え、キースは振り返った。

「えーっと…… ここが五本目の橋だから、この道を行けばいいんだね」

 キースは様々な看板がぶら下がっている通りを見た。

「なんだっけ、荷物届ける店」

 ガイルは首を捻り、キースの手元を見た。

「ヴァコバ装飾鍛冶店だよ」

「ヴァコバ…… ヴァコバ……」

 ガイルはそう呟きながら、通りに進み出した。

 キースも周囲の看板を確認しながら、足を進める。

 夕暮れに染まる通りは、慌ただしく動き、二人の姿をすぐに消していった。



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