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豚箱勇者   作者: ジャンボ京
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002 空中監獄(1)

 

 「おら、起きろ。いつまで寝てやがんだ。」


 転移魔導の影響で意識を失っていたらしい私は、耳元で鳴り響く大声と鋭い痛みで目を覚ました。

 

 「ここは・・・?」


 そこはどこかの教会のようだった。

 それもかなり大きさで、縦横無尽に配置された長椅子には軽く数千人が座れそうだ。

 中央の祭壇には、信仰の対象と思しき女神像が祀られている。

 見たことの無い女神像だったため、この世界で多数派を占める「四奧信仰」とは異なる宗教であるようだ。


 「誰が許可なく立ち上がってもいいって言ったよ。」


 またしても、鋭い痛みが体に走った。

 予期しない強烈な痛みに、思わず膝をついてしまう。

 そんな私の様子を楽しむかのように、ケタケタと教会中に笑い声が鳴り響く。

 下を向いていた視線を上へと向けると、笑い声の主がこちらに向かって、ニタリといやらしい笑みを浮かべてきた。


 「いいね、いいね。オレは嫌いじゃないぜ、その反抗的な目。その方が調教のしがいがあるってもんさ。」


 ケタケタと、その人物はまたも特徴的な笑い声をあげる。

 腰にはきちんと手入れされた細剣を携え、丈夫そうな甲冑を着ていることから、おそらく騎士階級の人間だと思われる。

 オレという一人称や、短く切りそろえられた髪型から男性かと見間違えたが、胸部の柔らかなふくらみが確かに女性であることを示していた。

 彼女はひとしきり笑い終えると、ふぅと呼吸を整えてこちらへと向き直った。


 「改めまして、性犯罪者のど腐れ外道君、ようこそ『空中監獄』ベッサマサへ。オレは、ここで戦闘班班長をやらせてもらってる『偏愛』ことアイコ・オーヤだ。」


 『空中監獄』?

 初めて聞く単語に、『偏愛』の自己紹介もろくに頭に入ってこない。

 しかし、そんなこちらの様子にはお構いなく、彼女はさらにまくしたてる。


 「喜びたまえ。我らが寛大な王女様は、本来ならば生きている価値など存在しない君たち性犯罪者にも、生きてこの国のために戦うという栄誉を授けてくださった。このベッサマサは、君たち性犯罪者が再び地上に戻ることの無いように閉じ込めておく牢獄であると同時に、来たる日に備え、君たちを立派な兵士として教育する教育機関でもある。あぁ、こんな外道どもにも生きる意味をお与えになるとは。何と慈悲深きお方だろうか。やはり、ベッサ様こそ現世に現れた女神そのものだ。」


 両手を組んで、女神像の方向を恍惚の表情で見つめる『偏愛』。

 彼女が『偏愛』の二つ名で呼ばれている理由が少しわかったような気がした。

 それにしても、かなりやっかいなことになってしまったらしい。

 彼女の口ぶりだと、性犯罪者として捕まってしまった私は、もう二度とここから出られず、有事の際に駆り出される雑兵として一生を終えなくてはならないようだ。

 性犯罪者は、その罪の軽微を問わず問答無用で終身刑とは、女王国の法律は、要件もいかれていれば量刑もいかれているらしい。

 女王国のおかしさに改めて身を震わせていると、トリップ状態から抜け出したらしい彼女がぐりんと体を回転させてこちらを向いた。


 「さぁーて。こちらの自己紹介も済んだことだしぃ、君にも最後の自己紹介をしてもらおうかな。」


 最後、という部分に引っ掛かりを覚えたが、ここは彼女の言うとおりにしておいた方がいいだろう。

 幸い、魔道具の効果は切れていないようだし、とりあえず本名は伏せて、潜入捜査のため練り上げた行商人としての偽のプロフィールを読み上げることにする。

 そう思って口を開きかけた時、彼女が思い出したように叫んだ。

 

 「おぉっと、その前に。素顔を拝ませてもらわないとなああああ。」


 ガシャリと、鈍い音が鳴り響いたかと思うと、首からぶら下げていた魔道具が砕け散った。

 それに伴って魔道具の効果も消失し、勇者としての姿がさらけだされる。

 

 「おーおー、案外男前な面構えしてんじゃないの。私が男だったら、惚れてたかもわかんないね。」


 ケタケタと笑う彼女とは対照的に、私の胸中は穏やかではなかった。

 なんという速度での抜刀。

 彼女は叫び声をあげると同時に、腰から細剣を抜き去り、私の胸部めがけて突きを放ったのだ。

 あれほどの剣さばきができる者は、人界の中でも一握りの実力者に限られる。

 彼女の実力に驚くと同時に、これほどの戦力を人魔の大戦につぎ込むのではなく、性犯罪者(それも他国ならほとんど言いがかりといっていいほどの軽微なものも含む)の取り締まりに充てているという女王国の実態に驚きあきれてしまう。


 「おらっ。黙ってないで、とっとと名乗れよ。オレだって暇じゃないんだからよ。」


 『偏愛』の操剣技術の高さに惚けていると、強い衝撃が再び体を襲った。

 見れば、何も答えない私に対してしびれを切らした様子の彼女が、抜刀した剣を鞘に収めているところだった。

 どうやら、先ほどから突然襲ってくる鋭い痛みの正体は、彼女が放った峰打ちによるものだったらしい。

 イライラするたびに峰打ちを放っているらしい彼女を、これ以上待たせるわけにはいかない。

 魔道具が壊れてしまった以上、下手に隠し立てしてもこちらの素性はすぐにわかってしまうことだろう。

 ならば、ここは正直に勇者であることを告げた方がよい。


 「では、名乗らせていただこう。私は、バーエクス仙王国が勇者、ロハス・エリアス。『止水』の二つ名を賜りし者。」


 片膝をついての自己紹介は我ながら締まらないものだとは感じたが、それを受けた『偏愛』の反応は予想を上回る大爆笑だった。

 いつものケタケタ笑いに加えて、イーヒッヒと呼吸困難になりそうなくらい大笑いしている。

 決してカッコいい自己紹介だったとは言えないが、そこまで笑われるとさすがにこちらも少しむっとしてしまう。

 そんな私の様子を察してか、笑いすぎて涙目になった目元をぬぐいながら、なんとか息を整えた様子の彼女が声をかけてくる。


 「いやいや、すまねぇ、すまねぇ。けど、いい年した青年が、真剣な顔で勇者ごっこの名乗り口上あげたら誰だってこうなると思うぜ。いやー、二回も似たような光景を拝んだら慣れるもんだって勝手に思ってたけどよ、やっぱり無理だわ。面白すぎんぜ、この絵面。」


 そういって再び、彼女はケタケタと笑いだす。

 どうやら、私の自己紹介は彼女にとって相当ツボだったらしい。

 バンバンと膝をたたいて笑い転げる彼女の様子を見ながら、私は今の彼女の発言に感じた違和感の正体について考えていた。


 勇者「ごっこ」。

 私の名乗り口上を聞いて、彼女は確かにそういった。

 私のことを本物の勇者ではなく、いい年をしてごっこ遊びに真剣に興じている頭のおかしな青年と、そう評価したのだ。

 そういえば、先ほど私の素顔を見た時も、彼女は私が『止水』であることに気付いていなかった。

 自慢ではないが、私を含め、勇者と呼ばれる者たちの名は世界に広く轟いている。

 老若男女問わず、一度はその名を聞き、その姿を目にしたことがあるはずなのだ。

 にもかかわらず、彼女は初めて私の姿を見たようにふるまった。

 単に私のことを知らなかったというだけではない。

 まるで勇者という職業の存在を知らないかのような反応に言い様のない不気味さを感じる。

 そして、「二回」、「慣れる」という発言。

 彼女は、私のほかにも勇者として名乗り口上をあげた者を目撃している。

 それが、『烈火』、『漆黒』、『迅雷』のうちの誰かなのか、はたまた彼らを騙った偽物なのか、今のところその正体はわからない。

 しかし、わざわざ勇者の名を騙るのはリスクが大きすぎるし、真剣に名乗り口上をあげたという彼女の発言から考えても彼らが本物の勇者であった可能性は高い。

 任務につながる思わぬ手掛かりに、 私は思わず彼女に問いかけてしまっていた。


 「似たような光景を見たとはどういうことか。私のほかにも勇者と名乗った者がいたのか。」


 突然大声をあげた私に、彼女は笑うのをやめ、こちらをじっと見据えてくる。

 しまった、何が彼女の機嫌を損ねるか分からない以上、下手な行動は慎むべきだった。

 そう後悔してももう遅い。

 嫌な緊張感が漂う中、お互いに視線を逸らすことなくじっとしていると、突然彼女がぷっと噴き出した。

 そして彼女はそのまま笑いだすと、機嫌よさそうにこう言った。


 「普段だったら、許可なく発言するやつにはキレてるところだけどよぉ。お前の顔見てたら、さっきの自己紹介を思い出しちまって、そんな気も失せちまう。クック、ほんとずりぃなー、それ。で、なんだ?ほかにも勇者ごっこしてたやつがいたかだったか?本当は他の囚人の情報なんて教えるわけにはいかねぇんだけどよぉ。こんだけ笑わせてもらったのも久しぶりだし、特別に答えてやるよ。」


 彼女は額に人差し指を当てて、自らの記憶を探るような仕草をする。

 予想外の幸運に、思わず小さくガッツポーズをとってしまった。

 そうだ、私の任務は勇者二名の行方を探し出すこと。

 そのためならば、どれだけ笑われようが、なんと罵られようが構うものか。

 やがて、何かを思い出したらしい彼女は、自分の記憶を確かめるようにゆっくりとした口調で語りだした。


 「あぁ、そうだ。最初に勇者だって名乗ったのは真っ赤な髪をしたいかつい大男だったな。いやー、あれも傑作だったぜ。どう見ても、勇者なんて柄じゃねぇのに大真面目な顔で勇者だって言うんだからよ。たしか、「レッカ」とかいってたか?オレが爆笑してたら、ユーシャトッケンがどうとか、フトータイホだとか、わけわかんねぇこと言い出したから、とりあえずコイツで黙らせてやったぜ。」


 言いながら、彼女は得意げに腰の細剣に手を当てる。

 「レッカ」と名乗る赤髪の大男、身体的特徴は『烈火』と見事に一致している。

 本物の可能性が高まってきたことに早まる鼓動を抑えながら、彼女の言葉により深く耳を傾ける。

 

 「それと比べりゃ、もう一人のやつは随分とつまらない奴だったな。そもそもが、そういうことを言ってもおかしくないような暗い奴だったし。竜騎士の末裔とかいう設定も、なんつーか狙いすぎって感じで、笑えなかったしよ。あんまりにもつまんなかったんで名前もよく覚えてねぇや。こいつが大丈夫だったから、てっきり慣れたもんだとばかり思ってたけど、考えてみりゃこいつが特別につまんなかっただけってことか。なるほど、合点がいったぜ。」


 そう言って、ポンと手を打つ彼女。

 そんな彼女を横目に、私は事態の緊急性の高さに震えていた。

 つまらない奴とはずいぶんな言われようだが、「勇者」、「暗い」、「竜騎士の末裔」という単語から連想されるのは、ただ一人、『漆黒』しかいない。

 

 「レッカ」と「自称竜騎士の末裔」。

 もちろん、彼らが本物の名を騙った偽物であるという可能性は、依然として消えてはいないものの、身体的特徴などから本人である可能性は極めて高い。

 そして、もし仮にこの両名が本物の『烈火』、『漆黒』であった場合、女王国は私を含めて三人もの勇者を監禁状態においていることになる。

 これは、前代未聞の事態だ。

 先ほどの『偏愛』の話にも少し出てきていたが、勇者という称号は単なるお飾りではない。

 前人未到の偉業の対価として、勇者には様々な特権、通称「勇者特権」が付与されるのである。

 この勇者特権は、称号を与えた国だけでなく、人界国家すべてに対して効力を持つ。

 そして、そのうちの一つに不逮捕特権というものがある。

 人魔大戦下限定の特権ではあるが、勇者の人界戦力としての重要さを鑑みて、勇者を身体的拘束から解放する趣旨に基づいて与えられた、その名の通り、勇者は犯罪を犯しても逮捕されないという権利である。

 この不逮捕特権を無視して身柄を拘束した女王国の行為は明確な特権侵害に当たるのだ。

 そもそも、魔族との交戦中だというのに、人界戦力のエースたる勇者を言いがかりのような痴漢の罪で監獄に送り込もうなどという発想が正気の沙汰とは思えない。


 密輸のうわさや、逆差別といっても過言ではない行き過ぎた女性優遇政策。

 勇者そのものを知らない看守に、勇者拘束を平気でやってのける不可解な国策。

 触れれば触れるほど湧いて出る女王国の闇に、これ以上の深入りは危険だと本能が告げる。 

 もはや、自分一人で対処しきれる問題ではない。

 今すぐにでも国へ帰って、王の判断を仰ぐ必要がある。

 できれば、『偏愛』のいう勇者と名乗った二人が本物かどうか確かめたかったが、このまま進んでしまえば間違いなく脱出の難易度は跳ね上がる。

 ここらが潮時か。


 「ご丁寧に教えていただいてどうもありがとうございます。実は、彼らとは少々面識がありまして、この数か月連絡が取れずに心配していたのです。まさか、こんな場所にいるとは思いませんでしたが、生きていると分かっただけでもよかったです。」


 「クク。何となく察しはついてたけどよぉ、まさか本当にお仲間だったとはなぁ。勇者ごっこコミュニティが存在してるってだけでも面白れぇのに、そろいもそろって『空中監獄』送りになってるとか、ろくでもなさ過ぎて笑えるぜ。」 

 

 感謝の言葉を受けた彼女が嘲るように笑う。

 よし、これでいい。

 彼女の嘲笑を受けて、心の中で静かに頷く。

 念のため言っておくが、なにも罵倒されて喜ぶ特殊性癖に目覚めたというわけではない。

 脱出のための秘策を使うには、彼女の意識を上に向けさせない必要があった。

 ずっと膝立ちの姿勢を維持している私と会話すれば、彼女の視線は自然と下を向く。

 彼女の意識がこちらに向いた一瞬の間に、私の頭のはるか上には転移魔導陣が展開していた。


 使用したのは、転移魔導陣発生装置。

 しかし、従来のものとは一線を画す新式の装置だ。

 従来の転移魔導陣発生装置は消費魔力が大きく、それにともなって装置も大きくならざるを得なかった。

 そのため、携帯することは難しく、地面に備え付けての運用がメインとなっていた。

 我が仙王国が開発した新式は、装置に付与された転移魔導の魔導式を見直すことで魔力の無駄な消費を抑え、なおかつ魔力の蓄積能力の高い鉱石を使用することにより装置の小型化に成功した。

 製作費の面からいまだ量産化には至ってないが、性能に関しては折り紙付きである。

 左手首につけた装置を作動させれば、転移魔導陣が展開され、ただちに王城へと帰還することができる。


 「さて、知りたいことも知れましたし、私はこの辺で失礼させて頂きます。機会があれば、またどこかでお会いしましょう。」


 「はぁ?何言ってんだ、おまえ!?」


 魔導陣の発動に合わせて別れの挨拶を行う私に、怪訝な表情を浮かべる彼女。

 と同時に、白くまばゆい光が私を包み込んだ。

 驚愕の表情を浮かべ、慌てて細剣で切りかかろうとする彼女。

 しかし、いまさら驚いたところでもう遅い。

 悔しさで顔をゆがませる彼女をその場に残し、私は『空中監獄』を後にした。

 

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