001 ダンヒ女王国 Cパート
『止水』を包んだ魔導陣の光が収まったころ。
レディファ警吏団・南西署署長ヨリトシ・ジンノーは、なおも魔導陣のあった方向へと懺悔を続けていた。
自分の目から見れば犯罪とは言えないくらいささいな罪しか犯していない者を監獄へと送り続ける毎日。
困っている人たちを救いたくて警吏の仕事についたのに、まさか自分が人々を苦しめる側になってしまうとは。
ベッサ・ダンヒが即位してからというもの、ジンノーは自分の仕事に対する誇りをすっかり失っていた。
そんな生活に耐えきれなかったのか、仕事終わりに懺悔を捧げるのがいつしか彼の日課となっていた。
ガシャン、と。
彼が懺悔を続けていると、南西署の扉が開く音がした。
こんな時間に来客とは珍しい。
というのも、男性職員ばかりの南西署を訪ねてくるのは基本男性で、規則を知っている男たちは法に抵触しないよう夜間は出歩かないようにしているからだ。
おそらく、外の人間だろうとジンノーは来客の正体にあたりをつける。
やれやれ、夜勤中に二度も外の人間の相手をしなくてはならないとはついていない。
法を知らない外の人間を監獄へと送る業務は、特に良心の呵責が激しく、ジンノーのやりたくない職務の一つだった。
仕方なく懺悔を切り上げて正面入口へと向かうと、そこには、外の人間よりもはるかに厄介な存在がいた。
「いやぁ、まさか姉さんを口説こうとするやつがいるとはねぇ。正直、姉さんが囮役に名乗り出た時は、まじで作戦終了かと思ったけど、奇特な奴もいたもんだねぇ。そういうのなんて言うんだっけ、ブス専って言うんだっけ?」
「いやだわぁ、ケガラちゃんったら。彼を責めないであげてもらえるかしら。彼はオスとして当然の反応をしただけ。悪いのは彼じゃなくて、魅力的すぎる私なの。」
そう言って、どこか嚙み合わない会話を続ける二人の人物。
ケガラ、と呼ばれた方は、立っているだけで男たちが群がってきそうなほど美しい女性の姿をしていた。
それとは対照的に、もう一方の人物は、彼女というべきか彼というべきか、そもそも人なのか魔族なのかも怪しいほど醜悪な姿をしていた。
会話と同様アンバランスな二人の姿を目にしたジンノーは、血相を変えて最高敬礼で挨拶をする。
「これはこれは。ご機嫌麗しゅうございます、ケガラ様、キヨラ様。姉妹揃っての訪問とは、一体いかがされましたか。」
ジンノーの問いかけに対し、会話を中断したケガラが返答する。
「いやぁ、なんかさぁ、小耳にはさんだっていうか、聞こえてきちゃったんだけども、おまえベッサ様のこと馬鹿にしてただろ?」
軽々しい口調とは裏腹に、その言葉には殺気が含まれていた。
そのことを瞬時に悟ったジンノーは、自分が助かるための言い訳を必死に絞り出す。
「命じられた仕事はちゃんと完遂したはずですが、何がご不満なのでしょう。もし、あの男を監獄へと送る過程で述べた私の発言についておっしゃっているのでしたら、それは大きな勘違いです。あの男の信用を勝ち得るためには、ああせざるを得なかったのです。決して本心からの発言ではございません。」
顔面蒼白になりながらも、なんとか質問に答えきったジンノー。
すると、今度はキヨラの方が口をはさんできた。
「あれぇ、おかしいわねぇ。私のテンビンちゃんはあなたが嘘をついてるって言ってるんだけど。」
そう言って、キヨラはいつの間にとりだしたのか、金に輝く美しい秤をその手に掲げて見せた。
どこをどう見て嘘をついていると判断したのかはわからないが、何も載せられていないはずの天秤は、たしかに不自然なほど一方に傾いている。
「で?姉さんはこう言ってるんだけど、何か申し開きはあるわけ?」
姉の発言を受けて、ケガラが再度ジンノーに詰め寄る。
嘘を見抜くことのできる謎の道具の登場に、さすがのジンノーも言葉に窮してしまう。
頭の中には次々と言い訳が浮かんでくるものの、どれを言ったところで本心でないことがばれてしまうのであれば、まったく意味がない。
そんな彼の様子を彼女たちが見逃すはずもなかった。
「その沈黙が何よりの証拠ね。ケガラちゃん、この人食べてもいいかしら?」
「いやぁ、私も殺してやりたいのは山々なんだけどさぁ。ベッサ様から無益な殺生は禁止されてるから、それはまずいでしょ。それに、こんなやつ喰ったところでそんないいアイテムになるとは思えないよ。」
物騒な会話を嬉々として繰り広げる二人。
ジンノーの処遇について話し合っているというのに、彼女たちには彼の姿は見えていないかのようだった。
「じゃあ、どうするの?」
せっかくの食事の機会を奪われ、心なしか悲しそうな表情を浮かべたキヨラが問いかける。
姉からの質問に、ケガラは、んーと唸りながらも投げやりな感じで言葉を返した。
「監獄にでも送っておけば、あっちで何とかしてくれるでしょ。」
そう言って、彼女たちはジンノーの方へと視線を向ける。
自らの処遇を巡って繰り広げられる彼女たちの会話に、彼は恐怖のあまりすっかり腰を抜かしてしまっていた。
ガタガタと震える彼を尻目に、ケガラはパチンと指を鳴らす。
すると、彼の足元に転移魔導陣が展開し、魔導陣のまばゆい光が彼の姿を包み込んだ。
二人は彼の姿が光に飲み込まれるのを確認してから、その光が消えるのを見届けることなくその場を後にした。
南西署の扉をくぐり二人が外に出ると、それを待ち構えていたように暗がりから人影が姿を現した。
タキシードを見事に着こなした男装の麗人。
すらりとした体つきとなだらかな胸のふくらみから、かろうじて女性と判断することができるが、男性だといわれてもそれほど違和感はないだろう。
顔には目と鼻を覆う仮面をつけており、姿だけ見れば仮面舞踏会へ訪れた貴族のようにも思える。
そんな舞踏会以外の場所でであったならば、間違いなく変質者として通報されてしまうような恰好をした人物の姿を見て、ケガラが嬉しそうな声をあげた。
「もー、トーゴーさん。いたんだったら、言ってくださいよ。そしたらアタシの凄いとこ、もっといっぱい見てもらえたのにぃ。」
「ハハッ。いやいや、ケガラちゃん。君の凄さは十分に伝わったよ。あの勇者相手によく働いてくれた。」
トーゴーと呼ばれた女性は、変態チックな見た目とは裏腹にさわやかに笑ってみせる。
そんなトーゴーの様子を見て、ケガラは瞳を潤ませた。
「もちろん、キヨラちゃん。君もよく頑張ってくれたよ。慣れない役回りで大変だったろうけど、あの演技は見事だった。」
そんな二人のやりとりを遠くから見つめていたキヨラに対しても、トーゴーは抜け目なく称賛の言葉を送る。
照れくさそうな反応を返すキヨラと、憎たらしげにそれを見つめるケガラ。
三人の間ではおなじみとなったやりとりを終えたトーゴーは、仕切りなおすように手をたたき、本題を口にした。
「さて、二人の頑張りのおかげで、計画の大きな障害となっていた勇者はすべて『空中監獄』に送り込むことができた。あとは、『魔導王』と『剣王』の二人がどこまでやってくれるかだが、二人ならば問題はないだろう。人界には、まだ『四奧』という脅威が残っているものの、彼らは自由に動けないし、計画を進める準備はこれで一応整ったといえるだろう。」
自身の働きをほめられて満足げな表情で頷く二人。
そんな彼女たちの様子をほほえましそうに見つめながら、トーゴーは言葉を続ける。
「そこでだ。君たちには一度王都に帰還してもらい、ベッサ様から直々に計画を伝えていただく。計画の概要は、幹部クラス全員が知っていることだとは思うが、詳細についてはまだ一部のものにしか知らされていないからね。これを機にしっかりと理解してもらって、すぐに実行に移せるようにしてもらいたいんだ。」
「くぅー、いよいよかぁ。ワクワクしちゃいますねぇ。」
「ケガラちゃんはすごいわねぇ。私はなんだか心配になってきちゃった。」
トーゴーの発言に各々の反応を返す二人。
それを受けて、トーゴーはさわやかに笑う。
「ハハッ。相変わらず、ケガラちゃんは元気がよくていいね。キヨラちゃんも、勇者相手にあれだけの活躍ができたんだ。心配なんかしなくとも、ちゃんと計画の遂行に貢献できるさ。」
トーゴーから褒められて恍惚の表情を浮かべるケガラ。
不安そうな表情を浮かべていたキヨラも、トーゴーの励ましを受けて自信を取り戻したようだった。
二人の表情を交互に見て満足げに頷くと、トーゴーは右手を高く掲げる。
それに倣ってキヨラとケガラも右手を高く掲げた。
まるで乾杯でもするかのように、三人の手が中央に集まる。
「「「すべては魔王様の復活のために!」」」
誰が合図を出したわけでもなく、自然と声が重なった。
三人の力強い宣誓は、静寂が支配したレディファの街に静かに響き渡るのだった。
いわゆる幕間と呼ばれるようなお話です。
時系列的に、ここにいれるのがベストだと思い、投稿しました。
次話からは、予定通り監獄編に入ります。