001 ダンヒ女王国(2)
勇者探索任務活動報告書
あれから、勇者『烈火』と『漆黒』の足取りを可能な限りたどっていった結果、彼らの消息は「ダンヒ女王国」で消失していることが判明した。
おそらく、この国が両名の消息の鍵を握っていることは間違いがないと確信した私は、最初の目的地をダンヒ女王国に設定した。
移動には転移魔導を使う案もあったのだが、魔導を使えば勇者を襲った存在に気取られる可能性もあったことから、慎重を期して陸路での進行となった。
我がバーエクス仙王国からダンヒ女王国へ向かうには、ムラマサ聖王国を通り北東へ向かう必要がある。
陸路では、最速を誇る龍車を使用しても二日はかかる計算だ。
二人の消息が途絶えてから数か月経過していることや、魔界軍の立て直しにかかる時間等を考慮した結果、今回は速度よりも隠密性を重視することにし、行商人に扮して移動することにした。
結果、バーエクス仙王国を出発してからここに至るまで五日余りを要した。
しかし、私とて、この五日間ただ龍車に揺られて惚けていたわけではない。
周辺の村落で休憩をとる傍ら、行商人の集団や村の住人などから女王国についての情報を集めていたのだ。
ダンヒ女王国。
この大陸に女王が君臨する国家はいくつかあるものの、国名に女王を冠するのはこの国だけである。
その名が示す通り、この国の王族は代々女系一族であり、国政を担う大臣職もそのほとんどが女性で占められているという。
そのせいもあってか、女王国内では一般的に女性の社会的地位が男性よりも高く、ダンヒ女王国は大陸一の超女性先進国として知られている。
近年では、そのうわさを聞き付けた優秀な女性が国外から移住してくるケースが多くなっており、比較的狭い国土ながら大国に匹敵する生産力を持ちつつある、政治的にも軽視できない国家である。
と、ここまでは、少し調べれば誰でも知ることのできる教科書的な説明にすぎない。
重要なのは、実際に現地を訪れた人間の生の感想だ。
うわべだけきれいなことをうたっていても、その内実は真っ黒なんてことはざらにある。
幸いというべきか、移住者を多く受け入れていることからも分かるように、女王国の国交はかなり開けており、観光客や商人たちの出入りも盛んで、そういった輩を探すのに苦労はなかった。
結論から言えば、女王国内の様子について、教科書的説明はおおむね正しいらしい。
ただし、女王国を訪れたものの感想は、肯定的なものと否定的なものがきれいに二分した。
簡単に例を挙げる。
ケース1:行商人の男
「あぁ?ダンヒ女王国?確かに、行ったことはあるけどよぉ。俺は、もう二度とあんな所に行くのはごめんだね。」
「はぁ?なんでかって?そりゃあ、おめぇ、あんな国じゃ窮屈すぎて息が詰まっちまうからだよ。超女性先進国とか表向きは聞こえのいいこと言ってるけどよ、やってることは超男性差別だぜ。あの国じゃあ、男はみんな女の奴隷さ。」
ケース2:聖王国近隣の村に住む主婦
「ダンヒ女王国?あぁ、新婚旅行で行ったことがあるよ。あそこはまさに天国だね。」
「まずね、女性がみんな生き生きしてるんだよね。それに、どこへ行ってもみんな親切に応対してくれるしさ。あの国だと、女だからって見下されることが一切ないんだよね。聖王様も立派なお方だし、よくやってくれてる方だとは思うけど、あの国には程遠いねぇ。」
「え?移住?いや、そんな気はないよ。うちには亭主もいるし、なんだかんだ言って今の生活でも十分満足してるしねぇ。」
上述した例に代表されるように、女王国は、男性(一部の特殊な性的嗜好を持つものを除く)からは「生き地獄」、「逆差別国家」など辛辣な批判を受けていたのに対し、女性からは「天国」、「理想郷」など、ある種宗教的とさえ思えるほどの熱狂的な支持を受けていた。
たしかに、我が国や聖王国でも男女平等は重要な政策目標として掲げられてはいるものの、依然として男性優位の考え方や風習が根強く残っていると不満を述べる声は多い。
そんな国家の人間が、まったく真逆の価値観を持つ国家に足を踏み入れたとしたら、このような反応をするのも無理からぬことなのかもしれない。
とはいえ、女王国の場合はその反応がいささか極端に過ぎる気もするが。
あと、これは任務内容とは少し離れるが、女王国についていくつかよくない噂を耳にしたのでここにも記述しておく。
ケース3:聖王国内路地裏の酒場、事情通の男
「へぇ、女王国。あんたらも密輸家業に興味がおありなんですかい?」
「あっしも、小耳にはさんだ程度なんですがねぇ。どうもあの国の入国手続きはザルらしくて、ろくに荷物を見もしないらしいんですわ。おかげで、あの国は密入国し放題の、密輸し放題。特に、今は人魔の戦争中でしょう?仕入れても仕入れても飛ぶように物資が売れていく。いろいろやばいところからも仕入れてきてる連中がいるようで。」
「売買の相手?どこかの国のお偉いさんなんかを相手にしてるって話ですわ。やっぱり、王様が堅物なところは取り締まりも厳しいですからねぇ」
真偽のほどは確かではないが、この話が本当だとしたら非常に厄介だ。
戦時中とはいえ、国家間の条約や国際法が無効になったわけではない。
禁輸品の密輸はもちろん、他国限産資源の無断採掘、売買は立派な法律違反になりうる。
男は直接的な発言こそ避けていたものの、王が堅物などのいくつかの発言は明らかに我が国や聖王国を指していた。
密輸の取引相手に我が国の上層部ないし富裕層が絡んでいるとすれば、国際問題に発展する恐れもある。
人魔の争いにおいて、国家というくくりなど意味をなさないというのは一つの真理ではあるものの、すべての国がそのような理屈に納得するとは限らない。
危険因子は早急に排除すべきだ。
本国でも、この件に関しては至急調査をするようお願いしたい。
さて、下調べも無事完了したので、私はいよいよダンヒ女王国内に潜入し勇者二名の動向を探りたいと思う。
手配していただいた魔導具の性能も非常に高く、聞き込み調査中も勇者であることを悟られずに済んだ。
これならば、今回の潜入調査も滞りなく終えることができるだろう。
今回の調査報告書は以上である。
本来ならば、女王国での調査が終わった段階で送付するつもりだったが、密輸のうわさという至急調査を要すると思われる案件もあったため、この段階で送付する。
バーエクス仙王国勇者『止水』ことロハス・エリアス
「まぁ、こんなものか。」
今し方書き終えた本国への定期活動報告書を見て一人頷く。
ざっと見た限りでは誤字脱字もないし、それほど形式を整えなければならない書面というわけでもない。
本国から支給された封筒にそのまま書類を投げ込むと、封筒は一瞬のうちに手元から消えた。
「瞬着郵便」、封筒に転移魔導を施したもので、目的地に瞬時に届くという点から様々な場面で重宝される魔導具の一つだ。
人一人を転移させる転移魔導の発動とは異なり、発動の際に消費される魔力もごくわずかであるし、あらかじめ魔導の力が付与されているため発動を感知される可能性はほとんどない。
第一、この程度の魔導具の使用は、我々の生活にとってほとんど常識となっているため、感知したとしても不自然に思われることはまずないだろう。
本国から無事書類を受け取った旨の報告が来たのを確認して、私は野営地を後にした。
野営地を出てしばらくすると、聖王国との国境に位置する女王国領レディファの街の城壁が姿を現した。 もう日も暮れそうだというのに、城門には結構な人数が入国審査を受けるために並んでいる。
見たところ、ほとんどは行商人のようだが、ちらほらと移住希望者とおぼしき女性の姿も確認できた。
城門が閉じる前に入国できるか不安に思いながらも、おとなしく列の最後尾につき順番を待つ。
「では、次の者。」
門兵が大声を張り上げて、前に進むよう促す。
列の長さからかなり時間がかかることも覚悟していたが、その割には随分と早く順番が回ってきた。
これも入国手続きが、想像していたよりもはるかに手抜きであったことが大きな要因であろう。
事実、何回も出入りしていると思われる行商人は、門兵に軽く手を挙げて挨拶するだけで城門を通り抜けていたし、新規入国者についても通行証や身分証を軽く確認するだけで終わっていた。
入国審査の場でありながら、さすがに積み荷の点検もしないのはいかがなものだろうか。
おかげで、私もすんなりと入国することができたわけだが、人魔の大戦もまだ終わっていない現状で、こんな様子ではこの国の防衛体制がかなり心配になる。
そんなずさんな入国検査をクリアして城門をくぐると、すぐにレディファのメインストリートに出た。
ぐるりと通りを見渡してみると、いたるところに入国歓迎と書かれた看板や垂れ幕が掲げられている。
さきほどの門兵の投げやりな対応とは打って変わって、来訪者に対する歓迎の気持ちがこれでもかというくらいに伝わってくるパフォーマンスだ。
城壁の内外での対応の差に少々面食らいながらも、しばらく道なりに街の様子を見て回ることにした。
通りの両端には所狭しと店が立ち並び、店主たちが売れ残りの商品をさばこうと大声を張り上げて客引きを行っている。
それに対抗するように、主婦たちも負けじと声を張り上げて値切り交渉を行っていた。
そんな生活感あふれるやり取りが交わされる一方で、ちらほらと仕事を終えた兵士や戦士たちが通りに現れ、明日への英気を養うため酒場へ消えていく。
あれからそれなりの時間が経過し、すっかり日は暮れているというのに、通りは活気であふれていた。
特に驚かされたのは、そのやり取りのほとんどが女性によって行われていたということである。
女性優位社会とは聞いていたが、実際に目にしてみるとなかなか信じられない光景だ。
魔族との戦線に近く、自然と屈強な男たちが集まる我が国の王都と比較すると、この街の光景は数倍華やかに見える。
改めて女王国に入ったのだなという感慨に浸りながら、街の様子を眺めていくと、清潔そうな宿屋が目に留まった。
「よし。とりあえず、あの宿を拠点にするか。」
龍車をゆっくりと引きながら、宿へと向かう。
ダンヒ女王国は、小国とは言えど「王都 フェミニ」、「レディファ」を含め6つの都市といくつかの村落から成る。
事前調査で分かているのは、あくまでも『烈火』、『漆黒』の両名がこの国に入り、それ以降連絡が途絶えているということのみだ。
彼らはどこへ向かい、どこで姿を消したのか。
それを知るためには、それぞれの街で入念な調査を行う必要がある。
そのためにも、調査のための拠点づくりは最優先で済ましておきたかった。
「いらっしゃいませ。ご宿泊でしょうか?」
宿屋に入るとすぐに、きれいな身なりをしたスタッフが出迎えてくれた。
きちんと教育されたスタッフを置いているところもポイントが高い。
内装も、外装同様小奇麗で、ここならストレスなく調査を進めることができそうだ。
早速、出迎えてくれた女性に何泊か連泊したい旨を伝える。
「もちろん、連泊していただくことは可能でございます。ただ、契約の前に一点だけ質問に答えていただいても構いませんか?当店だけではなく、女王国内の宿泊施設では、宿泊前のお客様にこの質問に答えていただくことが、法令で義務付けられておりまして。」
「質問ですか?答えられる範囲であれば。」
法令で回答が義務付けられているほどの質問とは何だろう。
まったく質問内容に見当がつかない。
入国審査があれだけ適当だったのは、各施設に入る段階で条件が絞られるためだったとでもいうのだろうか。
いやいや、それならば入国審査の段階である程度ふるいにかけておいた方がいいだろうということは馬鹿でもわかる。
そんなことを考えているうちに、女性スタッフが再び口を開いた。
「ありがとうございます。では、失礼ですがお聞きいたします。お客様はお一人でございますか?それとも、お連れの女性様などいらっしゃいますか?」
知らず知らずのうちに身構えてしまっていた私は、飛んできた質問の凡庸さに拍子抜けしてしまった。
もちろん、何人で宿泊するのかという質問が、店側にとって非常に重要なことだというのはわかる。
ただ、宿泊施設において宿泊人数を聞くのは当たり前のことであるし、わざわざ義務化せずともほとんどの客はこたえるはずだ。
そもそも、偽名を使って宿泊する客はいたとしても、宿泊人数を偽る客はまず存在しない。
そんなことをしても、施設を使うどこかの段階で自分のついた嘘が店側にばれることになってしまうからだ。
変なことにこだわる国だなと不思議に思いながらも、正直に自分一人だと答える。
途端、これまでニコニコとしていた女性店員の態度が豹変した。
「はぁ?男性単身客が、この三つ星ホテルによく泊まれると思ったなぁ?身の程をわきまえろよ、この愚図が。おめぇみたいな客を泊める部屋はこの店には一部屋もねぇから。とっとと出てけよ、店が穢れる。」
女性店員は、そうやって罵声を浴びせながら、私の胸倉をつかんでそのまま持ち上げる。
とっさに彼女の腕を振りほどこうとするものの、予想外の力強さに思うようにいかない。
彼女の急変に動揺していたこともあって、たいした抵抗をすることもできず、私はそのまま路地へと叩きだされてしまった。
なおも怒りが収まらない様子の彼女は、茫然としている私に向かって唾を吐き捨ててくる。
予期せぬ追撃にとっさの反応も間に合わず、彼女の唾を全身で受け止める形となってしまった私の様子を見て満足したのか、彼女は最後にとっておきの罵詈雑言を言い残して店へと帰っていった。
いったい、何があそこまで彼女を激怒させてしまったのだろうか。
いまだに事態を把握しきれていない頭で必死に事故の原因を考える。
彼女の態度が急変したのは、何名での宿泊かという質問に一人と回答したとき。
一人という答えにうそ偽りはない以上、一人であることそれ自体が彼女の逆鱗に触れたと考えるよりほかはない。
しかし、一人であることに何の問題があるというのだろう。
一人の宿泊客など、観光地ではそう珍しくはないだろうに。
そんなことを考えながら、何気なく見つめた宿屋の看板にその答えはあった。
『三ツ星女性専用旅館 タオヤメ ※カップル、夫婦や家族でのご宿泊も承っております』
『女性専用旅館』
外装にばかり気を取られて肝心なところを見逃していた。
店名に堂々と専用と書かれている以上、男性一人客の入店など許されるはずもない。
とはいえ、店員側としてももう少し穏当な対処ができたはずだとは思うが、覗きや痴漢を疑われたのだろうか。
王に手配していただいた魔道具の効果で、街の人間には私の姿はみすぼらしい行商人の男に見えているのだから、そう思われたとしても不思議ではないのかもしれないが、どうも腑に落ちない。
しかし、激怒の理由を聞こうにも当の本人はすでに店内に帰ってしまっているし、もう一度店内に入って理由を尋ねるわけにもいかない。
とりあえず、この件は『女性専用旅館』に気を配るべしという教訓として胸の内にしまっておくことにして、早いところ宿泊先を確保しなければ。
私は、この短時間で一気に重くなったように感じる体を気合いで動かし、龍車に乗ってタオヤメを後にしたのだった。




