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豚箱勇者   作者: ジャンボ京
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001 ダンヒ女王国(1)

「お前に頼みたいことがある。」

 

 そう言葉を発したのは、玉座に座る幼き王。

 しかし、その外見の幼さとは対照的にその口ぶりは非常にしっかりとしていた。

 沈黙する従者を前に彼は言葉を続ける。


「消えた勇者を見つけ出してほしいのだ。」

 

 勇者。

 元から、勇者という職業が存在していたわけではない。

 人魔の戦いで著しい功績をあげた者たちを、おとぎ話になぞらえて人々が勝手に勇者と呼びだしたのである。

 やがて、勇者という呼び名は人界に広く普及し、各国家はそれぞれ新たに『勇者』という称号を設け、勇者となることが魔族と戦うもの達全員の至上の栄誉とされるようになった。

 もちろん、勇者となるためには、ただ魔族を多く切り伏せたというだけでは足りない。

 人界の脅威を一人で退けるような偉業を成し遂げなければならないのである。

 これまで勇者の称号を得たのは、わずかに4名。

『烈火』、『漆黒』、『迅雷』

 いずれも、魔界陣営幹部と呼ばれる超大物魔族を打ち滅ぼす功績をたたえられて勇者となった英傑たちである。

 そして、もう一人。


「『止水』。同じ勇者であるお前にしか頼めないのだ。」

 

王の面前にいる男もまた、『止水』という異名を持つ英傑の一人なのであった。

『止水』と呼ばれた男は、伏せていた顔をあげて王の顔を正面から見据える。

 その表情には、険しさがあった。


「無礼を承知で申し上げます。幹部を打ち滅ぼしたとはいえ、いまだに魔族の進軍はやんでいない現状で、私がこの国を離れるのにはいささか不安が残ります。」


 絶対者たる王の命令を承諾しかねるという返答。

 世が世なら打ち首になってもおかしくはないこの行為を、王は咎めるでもなく黙って聞いていた。

 それだけで、この二人の信頼関係が深いものであるということがうかがい知れる。


「お前がそういうのももっともな話だ。仮に、この話を大臣たちや国民の前でしたとしても同じような答えが返ってくるだろう。しかし、考えてみれば勇者を捜索できるタイミングは今しかないのだ。」


「タイミング、ですか。」


「そうだ。お前たち勇者が魔界陣営幹部を滅ぼしてくれたおかげで、奴らは戦略を立て直さざるを得なくなった。たしかに、現在も魔族による侵攻は続いているが、そのほとんどは民兵で対処可能な低級魔族。わずかに残る中、上級魔族たちも魔導兵たちで十分対処が間に合う。」


「勇者は必要ないと?」


『止水』の自嘲気味な返答に、王は首を横に振り、静かに否定の意思を伝える。


「そうではない。たしかに、お前の力を借りればより迅速かつ少ない戦力で対処できる。しかし、よりふさわしい力の使い方があるというだけだ。」


「それが、人探しというわけですか。」


『止水』の返答には、明らかないら立ちが見て取れた。

 彼は勇者たる自分の力に誇りを持っていたし、それを国や王のために使うことを誇りとしていた。そんな自分が戦線に立たず、行方不明者の捜索といった救助活動を行うことに大きな疑問があったのだ。


「ただの人探しではない。勇者の捜索だ。お前も知っているであろう、ここ数か月のうちに忽然と姿を消した二人の勇者のことを。」


『烈火』と『漆黒』。

 赤髪、赤眼の爆炎を操る屈強な戦士『烈火』と、数少ない竜騎士の一族の末裔にして闇魔法の使い手である『漆黒』。

 彼らもまた、『止水』同様、魔界陣営幹部を滅ぼした功績から勇者の称号を得た英傑たち。

 いずれも勇者になった速度だけで言えば、『止水』の先輩勇者に当たる。

 そんな人界陣営切っての実力者である彼らの行方が、ここ数か月分かっていない。

 表向きは、幹部戦で消耗した肉体の治療のためとか、さらなる強敵との戦いに備えた修行のためとされているが、実際のところ誰も彼らの足取りをつかめていない。


「しかし、彼らとて勇者の称号を得た実力者たち。わざわざ探しに行かずとも、自力で帰ってくるのではありませんか。」


「自力で帰還できるのなら、とっくに帰還しているはずであろう。それともお前は、彼らのことを魔族の攻勢が衰えぬなか、呑気に休暇を楽しむ阿呆だとでもいうのか?」


「申し訳ありません。失言でした。」

 

仮にも勇者の称号を持つものが、そのような志の低い輩であるはずもない。

『止水』は、己の考えの至らなさを恥じた。

 そんな彼の様子を横目に見ながら、王は言葉を続ける。


「つまり、だ。彼らは今、帰りたくても自力では帰ることのできない状況にあると考えるべきであろう。最悪、死んでいる可能性すらある。彼らほどの実力者が、そのような状況にあるとすれば、それを打破しうるのもまた同様の実力者でなければならない。ゆえに、これはお前にしか頼めぬ仕事なのだ。」


『止水』は、再び大きな羞恥の感情に襲われた。

 ただ、強大な魔族の脅威から国を守ること、それだけが自分の職責だと考えていた。

 しかし、王は冷静に戦況を分析し、自分の力の使いどころを考えていた。

 王の思慮深さに感心するとともに、王の真意を見抜こうともせず、戦場に出ることに固執していた自分の短慮さが無性に恥ずかしくなった。

『止水』の表情から険しさがなくなり、代わりに覚悟が宿った。

 それを見た王は、姿勢を正し、改まった様子で声をかける。


「さて、『止水』よ。改めて、お前に命じる。消えた『烈火』と『漆黒』の行方を調査し、必要があれば救助せよ。仮に、両名がすでに死亡していた場合は、可能な限りその原因を探り、必ず生きてその旨を報告せよ。」


「はっ。この『止水』、必ずや陛下の期待に応えて見せましょう。」

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