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最強大賢者と賢者見習いの弟子  作者: 戸津 秋太
一章 『落ちこぼれ大賢者と禁忌の力』
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一話 『慕われない英雄』

「……ド、ねぇロイド! いい加減起きてくださいっ!」

「……んぅ? んぬ――――」


 何かに全身を揺さぶられながら、耳元で自分を起こそうと連呼される声。

 たまらずロイドは目を薄らと開け、それからまた閉じた。直後――


「このっ、いい加減起きろー!」

「うおぅ!? おいバカやめろ! わかった、起きるから! 起きたから!」


 傍らで魔力の動きを知覚し、ロイドは跳び起きる。

 完全に開かれた瞳には、目の間で魔法を発動しようとしている少女の姿が映った。


 肩ほどまでの桃色の髪を放出した魔力で(なび)かせながら、彼女は紫紺(しこん)の瞳でロイドを鋭く睨んでいた。


「……はぁ、たくっ、あのなアイラ。いくら俺がどうしようもないダメ人間だからって、ただ起こすためだけに魔法を使うなって何度言えばわかるんだ」

「そんな誇るように自分をダメ人間って言わないでくださいよ……。そもそも私は今、魔法を使うつもりなんてなかったですから。それよりも、今日はお昼から森に行って魔法を教えてくれるって約束だったんですから、早く着替えてご飯を食べに来て下さい!」


 寝癖があるボサボサの黒髪を掻き乱しながら半眼でアイラに文句を連ねたロイドに、彼女は呆れ顔をしてから口を尖らせる。

 そうして用件を伝えたアイラはロイドに背を向けて、一足早く彼の部屋を後にした。


「まったく、師匠である俺に対してこの態度はなんなのかね、あの弟子は」


 やれやれと文句を漏らしながらロイドはベッドから降りる。

 そして欠伸をかみ殺しながらアイラに言われた通りに着替える。


 その最中、ロイドは三年前のことを思い返していた。


「あー、俺に弟子入りしたてのころなんかは、ししょー、ししょーって言いながら俺の背中を追ってきたもんなのに、どうしてこうなったんだか」


 服を着て、手近なところにかけてあった黒いローブを羽織る。それから枕元に置いてある一般的な長剣と同程度の長さの木でできた杖を手に取り、部屋をでようとしたところでロイドはその足を止めた。


 彼の黒い瞳が床を映しながら、ロイドは自嘲の笑みを顔に刻む。


「……いや、どうしても何もないか。俺がこんなざまだから、あいつは俺を師として敬ってくれなくなったんだよな」


 ロイドはローブの胸元で金色に輝く勲章――大賢者の証に手を添えてため息を吐く。

 そうして脳裏に、とある戦いで最後に起きたことを想起しながらロイドは部屋をでた。


 ◆ ◆


「お前ってホント、料理だけは上手いよな」


 自室のある二階から食堂のある一階に降りてきたロイドは、そこにあるテーブルに用意された料理を頬張りながら対面に座るアイラを称賛する。


「だけは余計です。それに、ロイドが何もしないからこの家のことをすべて私がしないといけなくて、それが原因で家事の腕が上がったことを思うと褒められてもあまり嬉しくないです。……そもそも、私がこの家で暮らしているのはロイドに魔法を教えてもらう為であって、別に家事を学びたかったわけじゃないんですからっ」


 スープを飲みながら、アイラは不満そうに唇を尖らせる。

 弟子のその態度に、ロイドは肩を竦めた。


「まぁでもほら、お前ももう十七だろ? そのうちどこかの男に嫁ぐかもしれないんだ。こういうこともできるようになっていた方がいいだろ」


 パンをちぎり、自家製のジャムをつけて口元に運びながら、ロイドはさも自分に非はないとでも言いたげにそう口にする。

 彼のその言葉を聞いたアイラはどこかムッとした表情でスプーンを静かに皿の上に置き、ロイドを真っ直ぐ見つめた。


「ロイドだってもう二十二なのにそういう浮ついた話、まったくないじゃないですか。私がいなくなったらご飯とかどうするつもりなんですか」

「んー? そうだなぁ、その時は静かに朽ちるとするよ」

「私は真剣に聞いているんです!」

「おいおい、どうしてそうムキになる。俺だって別にふざけて答えたわけじゃないぞ。実際、今の俺はお前がいなかったら何もできないし……何もしようと思わないからな。まあせいぜいアイラに愛想吐かされないように励むとするよ」


 平素と変わらぬ口調でそう言ったロイドに、アイラは一瞬固まるとすぐに誇らしげに胸を張った。


「もう、仕方ありませんねっ。ロイドは私がいないと何もできないんですから! それがわかっているならロイドも私に師匠として良いところを見せてくださいね」


 どこか嬉しそうにそう呟いてから、彼女は再びスプーンを手に取った。

 そんな彼女をロイドは苦笑しながら見つめ、それから静かに目を伏せた。


 ◆ ◆


「それじゃあ行くか。準備はできたか?」

「もちろんです!」

「きちんと魔力水は持っただろうな? いくら俺がついているとはいえ、油断していると命取りになるぞ?」

「ちゃんと持ってます! もう、いい加減私を子供扱いしないでください!」


 朝食、もとい昼食を摂り終え、ロイドは玄関に向かいながら後ろからついてくるアイラに問うた。

 その問いはまるで親が子にするようなもので、アイラは思わず不満の声をあげる。

 彼女の訴えを聞いたロイドは笑いながらアイラの頭の上に右手を置き、ポンポンと撫でた。


「俺からすればお前は子どもみたいなもんだよ」

「む、五歳しか離れていないくせに生意気なっ」

「生意気なのはどっちだっての。子ども扱いされたくなかったらだな、もうちょっと淑女としての嗜みを身につけろ。ほら、行くぞ」


 ロイドに撫でられた場所を両手で押さえながら、アイラは頬を膨らませる。

 そんな彼女をスルーして、ロイドは玄関のドアを開けた。

 既に太陽は真上にあり、今の今まで眠っていたロイドの目を刺激する。


 黒いローブを羽織り、木の杖を手にしているロイドに対して、アイラの服装は膝ほどまでの白いワンピースだ。

 腰に巻かれた紐に小さなポーチをかけているだけで、他に目立った装備もない。


 賢者としての装備らしい装備を持っていないアイラは、まさしくいまだに師の下で学ぶ賢者見習いだという証だ。


 玄関を一足先にでたロイドの後を追うアイラ。

 そんな彼女を後ろ目で見ながらロイドはアイラのことを考える。


 アイラが自分の弟子になりたいと志願してきて、それを何を思ったか引き受けてから三年。二人はこの家で一緒に暮らしている。

 多少生意気に育ったものの、生きていくうえで最低限必要なことは概ね教えたつもりだ。

 容姿も同年代の男からは人気があるほどに、ロイドから見ても可愛いと思う。

 女性としての部位がそれほど育っていないのは今後に期待ということにして。


(……俺がいなくなっても生きていけるだろうな)


 ロイドもまだ二十二歳。こんなことを考える年頃ではないと思うが、何故かアイラを娘のように想い、彼女の将来を案じるようになっている。

 我ながら思考も相当老けたものだとロイドは笑った。


「おっと、今お目覚めかい? 大賢者様」


 考え事をしながらアイラと共に森に向かって歩いていると、その道すがらロイドたちに気付いた村民が声をかけてきた。


「デルダさん!」


 顎から白い髭を生やした初老の男性の声かけに、アイラがパッと笑顔を浮かべながら応じる。

 デルダと呼ばれた男性は、よくアイラたちに自分の畑で採れた野菜などをお裾分けしてくれるのだ。

 その人柄は優しく、他の村民たちからも人気がある。


 と、アイラは笑顔を浮かべた後に膨れっ面でロイドを指差す。


「こんな人を大賢者様なんて呼ばなくていいと思いますよ」

「おっと、相変わらず辛辣だねぇ、アイラちゃん」

「事実を言っているまでです」

「おいこら、もうちょっとは師を敬いやがれ」


 アイラの額を人差し指で小突きながら、ロイドは顔を引くつかせる。

 デルダにとっては二人のやり取りはいつものことで、どこか楽しそうに苦笑しながらその様子を見るが、しかしいつものようにアイラに対して言葉を発する。


「アイラちゃん、そういうわけにはいかないよ。ロイド様がいなけりゃ今私が生きているかどうかもわからないんだからね。今自堕落な生活を送っていたとしても、彼がかつて魔王を倒した大賢者の一人であることに違いないんだから」


 デルダの言葉に、アイラは「それはそうですけど……」と頬を膨らませる。


「おいおい自堕落な生活って……もっとこう、オブラートに包んでくれよ。隠居生活とか」

「ロイドはまだ隠居するような歳じゃないでしょっ。他の大賢者様たちは今も残った魔人を討伐する日々を送っているのに……」


 世界を変革する神秘の力を操る賢者。その賢者すべての上に立つことを意味し、一国の王ですら頭を下げるような存在――それが大賢者。


 デルダの言った通り、ロイド・テルフォードは三年前、人類の脅威である魔族の王、魔王を討ち滅ぼした大賢者の一人だ。

 魔王討伐の為の最後の戦いの前に、それまで魔人を数えきれないほど葬り人々を救ったロイドがその功績を認められて与えられた称号――大賢者。

 他の賢者を圧倒する力を持つ存在。叡智の到達点。理を暴く者。


 過去、この称号を与えられ、それを名乗ることを許された者はロイドを含めて四人だけで、今では世界に三人しかいない。


 だが、ロイドは現在存在する三人の大賢者の中で一番慕われず、敬われていない英雄だ。

 ――何故か。それは彼が他の大賢者とは違い、魔王を倒してからというもの未だ世界の至る所で猛威を振るう魔族の討伐を行っていないからだ。


 そのことにロイド自身も少なからず後ろめたさはあるのだろう。

 だからこそ、このオルレアン大陸の最西端に位置するアイデル王国の辺境の村、グランデ村に居を構えている。


「……ま、あれだ。確かに俺は他の大賢者(あいつら)と違って目の届かないところに出向きはしないが、目の届くところに現れた脅威は排除するさ。それこそ、この村を護るぐらいのことはしてみせる」

「知ってるよ、大賢者様」

「――――」


 いくら落ちこぼれた大賢者と評され、各所で侮蔑されているとはいえ、このグランデ村に住む村人たちはロイドの人柄を知っている。

 だからこそ、ロイドの言葉に微笑み返した。


 その笑みにロイドは一瞬目を丸くし、それから戸惑いながらぎこちない笑みを浮かべた。


 その後、もう暫く他愛もない話題で盛り上がってから、デルダの「おっと引き留めて悪かったねぇ。アイラちゃん、修行頑張ってね」という言葉で別れることになった。


 別れたのち、ロイドは離れていくデルダの背中を細めで見ながら、薄い笑みを浮かべた。

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