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携帯に送られた地図を頼りに、私は目的地に足を運んだ。
「はぁ......はぁ......着いた」
目の前には、広い土地に大きな屋敷。
私の家ほど大きくは無いと思われるが、造りはそれなりに立派だ。
門にある標識に目線を向けると、そこには須郷と書かれている。
「......そうだと思ったわよ」
一人ごちる。
分かっていた。何かしてくる気配があったのは、この家にして他に無い。
私が立ち止まっていると、門がひとりでに開かれた。
門の向こう側には、一人の男性が佇んでいる。
まるで私がこの場に来るのを分かっていたみたいに。
「お待ちしておりました、藤堂舞華様。
岳人様が中で貴方をお待ちしております」
袴姿の男性は軽く頭を下げて私にそう言って来る。
彼は「どうぞ」と言って私を家の中へと促した。
(......待ってて姫華)
覚悟を決め、男性の後をついていく。
許さない、絶対に。
須郷 岳人、待ってなさい。
絶対に、
「ぶっ飛ばす」
「やぁ藤堂、待っていたよ」
邂逅一番に、須郷は憎たらしい笑顔でそう言い放った。
家の中にある広い部屋。
そこには大きなソファに座っている須郷岳人と、彼の配下と思われる人間が数十人いた。
私はギリッと拳を握りしめる。
今すぐ殴りかかりたい衝動を抑え、私はゆっくりと口を開いた。
「須郷あなた、自分では無くあなたの父が私の家を傘下にしようとしているって言ってたわよね。
これはどういう事かしら」
冷たい眼差しで彼を睨みつけながら問うと、須郷はクルクルの前髪を弄りながら「ああ......」と言って、
「嘘嘘、あれは嘘だよ。
僕の父は無能な上に無欲でね。
全然須郷家を良くしようとしない。
僕はそんな父に呆れてね、あの男には消えてもらった。
殺した訳じゃないよ、邪魔だからこの家から出て行ってもらったのさ」
須郷は続けて、
「この須郷家にいる家来達は僕の思いに満場一致で賛同してくれたよ。
皆野心があるからね、日和った父には飽き飽きしていたようだ。
僕はとりあえず力をつける為、片っ端から近辺の武家を取り込んだ。
後は......」
須郷は私に指を指し、気に食わないといった表情で口を開いた。
「この近辺でも古くから力のある藤堂家を傘下にすれば完璧なんだ。
けど、君の父親は頭が固いのか中々首を縦に振らなくてね、仕方ないから強硬手段に出させてもらった訳だ」
須郷はため息をつき、やれやれと首を横に振る。
じゃあ私の家を取り込もうとしたのは、須郷の父ではなくて彼自身だったっていうのね。
それで父さんが断り続けたから、須郷は痺れを切らして姫華を誘拐した。
「姫華を人質にして、藤堂家を傘下に加えようとしたって事......」
「まぁその通りなんだが、ぶっちゃけて言うと僕はあまり藤堂家とかどうでも良かったりするんだ」
「は?」
突然この男は何を言い出すんだ?
藤堂家が狙いだから、わざわざ姫華を誘拐したんじゃないの?
困惑する私に、須郷は下種な笑みを浮かべて、
「君だよ君。僕は君が欲しかったんだ」
「......どういう事かしら」
「そのままの意味さ。
学園の上位に食い込む美女。
剣の腕もあり、顔も綺麗、スタイル抜群。
同学年の僕としては、手をつけられずにはいられない。
今までいろんな女を抱いてきたけど、君ほどの美女はいなかった」
須郷は口角を上げ、話しを続ける。
「すぐに手をだそうとしていろいろ誘ってみたけど、君は中々良い返事をしてくれなくてね。
しょうがないから、君の大切な妹さんを誘拐しちゃったよ」
この、下種野郎。
「いつかやると思っていたけど、とうとう化けの皮が剥がれたわね」
私がそう言うと、彼はニタニタと気持ち悪い笑みを作って、
「そうそう、君のそうゆう強気な態度を屈服させてやりたいんだ。
ベッドの上ではどんな声で鳴くのか楽しみでしょうがない」
駄目だ、この男は腐ってる。
こんなヤツと話しをしに来たんじゃない。
私は早々に、ここに来た目的を、須郷に向けて言い放った。
「姫華を返しなさい」
「いいよ」
「な…」
そんなあっさりと返事をするのか。
いや、この男の事だからタダな訳が無い。
私の考えている事は当たり、須郷は「でも」と続けて条件を口にした。
「僕と剣の勝負をして勝ったら、だけどね」
彼はそう言うと、近くの配下に声をかける。
すると配下はすぐに何処かへ行き、ある物を持ってきた。
須郷は配下が持って来た物を受け取ると、配下を下がらせる。
須郷の手には、二振りの真剣が握られていた。
「ほら」
と言って、須郷は一振りの真剣を私に向かって投げた。
目の前にゴロゴロと転がる真剣。
私はそれを拾うと、須郷に向かって口を開く。
「これ、真剣じゃない」
死ぬかもしれない、そう意味を含めて言ったが、彼は何も臆する事はなく、
「そうだよ、文字通り真剣勝負さ」
「............」
「ああ、あまり気にしなくてもいいよ。
僕は殺さないけど、君は僕を本気で殺す気で来な。
遠慮する事はない」
「............」
「さあ、勝負だ藤堂。
僕等はクラスが違うから組手は一度もした事がなかったから、僕は実に楽しみだ」
そう言って、須郷は鞘から刀を抜き放つ。
(やるしかない......)
覚悟を決めろ藤堂舞華。
須郷に勝って姫華を取り戻すんだ。
私は勢い良く鞘から刀を抜く。
だが次の瞬間、私の覚悟は呆気なく砕け散った。
(......重い!)
そう感じたのは、刀の重さに対してだけでは無い。
今私の握っている、刃のついたこの刀が人を斬る事が出来ると理解した途端、この刀が凄く重く感じてしまったんだ。
「どうしたんだい藤堂、手が振るえてしまっているじゃないか。
ああ、刃のついた刀を持つのが初めてなのかな?」
須郷の言う通り、刀を握っている私の手は小刻みに震えていた。
今になって私は、以前一ノ瀬君に言われた事を思い出す。
『アンタの手にしている木刀が刃のついた剣に変わった時、世界が変わるよ』
彼の言っていた言葉の意味が、今になってようやく分かる。
剣は、想像以上に重かった。
私は心を落ち着かせようと、深呼吸を繰り返す。
迷うな、躊躇うな。
今の私に、そんな暇は無い。
姫華の安否がかかっているんだ、何が何でも負けられない。
私はゆっくりと、いつも通りの形で刀を構える。
そんな私を眺めていた須郷は、構える事もせず余裕の表情で、
「先手は譲ってあげるよ。
僕は優しいからね」
......舐められている。
いいわ、なら最初の一撃で決めて上げる。
けど、殺しはしない。
須郷から刀を取り上げるだけだ。
「ふぅー」
息を吐き出し、私は動き出す。
狙いは須郷の刀。
全力の力で、須郷の持っている刀を弾き飛ばす勢いで、私は刀を振るった。