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「......姫華」
私が名前を呼ぶと、姫華は一ノ瀬君の肩から降り、両手を大きく開いてこちらに向かって来る。
彼女は勢い良く、私の身体に抱きついた。
「お姉ちゃんだー」
「こらこら、何甘えてるのよ」
そう言いながらも、姫華の頭をよしよしと撫でる。
すると、彼女はくすぐったそうに表情を笑顔にした。
「どうしたの?友達は一緒じゃないの?」
優しく聞いてみると、姫華は顔を俯かせ申し訳なさそうに口を開く。
「うんとね、さっきまで一緒にいたんだけど、皆帰っちゃったの。
姫華も帰ろうとしたんだけど、髪飾りが無くなってて、一人で探そうとしたら、あのお兄ちゃんが手伝ってくれたの」
彼女の頭を見ると、確かに彼女がいつも着けている花形の髪飾りが無くなっている。
確かあれは姫華が母さんにもらった大切な物だ。
無くしたくはないだろう。
「そっか......それで髪飾りは見つかったの?」
そう聞くと、姫華は首を横に振って否定した。
よく見てみると、妹の目元が少々腫れていた。
目が赤くなっているから、泣いてしまったのが分かる。
(困ったわねぇ......)
探すにしても、もう時間的にも暗くなる頃。
どうしようかと悩んでいると、一ノ瀬君が私達の方に来る。
「おっす、アンタ姫華ちゃんの家族か?」
「そうよ。
一ノ瀬君......だよね、姫華と髪飾りを探してくれたんだって?
ありがと、感謝するわ」
頭を下げてお礼を告げると、彼は「いやいや」と手を横に振って、
「泣きながら何か探してたから、ちょっと探すのを手伝っただけだよ。
姫華ちゃんに声かけた時、変質者に間違われなくて内心良かったと思ったぜ。
最近はそうゆうの多いからな」
しみじみした風に言うと、彼は続けて、
「そうだ姫華ちゃん、聞いてくれよ。君に良い物をあげよう」
突然そんな事を口にする彼に、姫華はキョトンとした表情で「良い物?」と呟く。
一ノ瀬君は右手を姫華の顔の前に突き出し、手を開いた。
「あーあったー!髪飾り!」
彼の手の平の上には、姫華の髪飾りが置いてある。
姫華は彼の手の平から髪飾りを取ると、顔をぱぁっと喜ばせ大はしゃぎだ。
「ありがとーお兄ちゃん!」
「いやいや、見つかってよかった」
嬉しいそうにお礼をする姫華に、一ノ瀬君は何も言わず妹の頭を優しく撫でる。
私は少し気になって、彼に問いかけてみた。
「見つけてくれたの?」
そう聞くと、彼は私にしか聞こえない小さな声でこう言った。
「いや、最初から持っていた」
「......えっ?」
え、ちょっと待って。
最初から持っていた?どういう事かしら、意味が分からない。
怪訝な表情をして再度問いかけると、彼はポケットからお札のような物を取り出し、私に渡して来る。
とりあえず受け取り、見てみるが、難しく読みにくい文字が書かれているだけのお札だった。
「これ何?」
「“人払い”の札だ。
この公園の周りに貼ってあった」
「人......払い?」
「ああ。ちょっと気になって来てみたら、姫華ちゃんの友達が誰かに“操られていた”よ。
その友達が姫華ちゃんの髪飾りを取ったんだ。
俺はその友達から取り返した後、姫華ちゃんに声をかけたんだよ」
......。
彼の話しが突然ぶっ飛んだものになって、私の思考が追いつかない。
ちょっと整理しよう。
まずこの公園の周りに、人払いのお札が貼ってあって、一緒に遊んでいた姫華の友達が何者かに操られていた。
で、その友達が姫華の髪飾りを取った。
それを見つけた一ノ瀬君が、その友達から髪飾りを取り返して、姫華に声をかけたという事かしら。
「一ノ瀬君の言っている事が本当なのか分からないけど、だったら誰がどういう理由でこんな事をしたの?」
「そんなのちょっと考えりゃ分かる事だろ」
もったいぶるように言う一ノ瀬君は、後頭部をカリカリと掻くと、
「誰がやろうとしたかまでは分からんけども、誘拐だろ」
「誘......拐?」
「ああ。こんな札まで使って、さらに友達を操って姫華ちゃんを一人にしようとしたんだ。
それ以外考えられん」
彼はそう言うと、「あー肩凝ったー」と言って身体を伸ばす。
そんな彼を他所に、私は酷く動揺していた。
嘘、何で姫華が誘拐なの?
もし一ノ瀬君の言っている事が本当だとしたら、これは相当ヤバイわ。
一体誰が、どういう理由で......誘拐なんてしようとしているの?。
考えを巡らせ。
ここ最近、何か変わった事はなかったか。
『お客さん?』
『須郷家の者です』
『また?本当しつこいわね』
『はぁ、本当なんなのよあの人達』
『では藤堂さん、よくお考え下さい。また来ます』
............。
............。
「............あ」
「心当たりはアンタのほうがあるだろ。
じゃ、俺は姫華ちゃんの知り合いが来るまで一緒にいただけだし、帰るわ」
彼は姫華の頭に手を置き、「じゃあな姫華ちゃん、もう無くすんじゃないぞ」と言って、踵を返した。
......待って。
まだ聞きたい事がある。
ちゃんとお礼も言ってない。
言いたい事はたくさんあるのに、私の口から出たのはこんな言葉だった。
「一ノ瀬君、あなた何者なの?」
こんな事を聞きたいんじゃない。
なのに、不思議と口から出てしまった。
私の問いに、彼は振り返る事なくこう答えた。
「何者でもねぇよ。
サボりグセのある、ただの高校生だ」
◇
公園で一ノ瀬君とあった次の日。
とりあえず、昨日起こった事は両親に話した。
母さんは凄く心配したが、父さんは問題無いと言うばかり。
念の為、姫華の送り迎えは藤堂家に仕える茅野 咲さんが行って来れる事になった。
私は出来るだけ友達と登下校を一緒にしなさいと言われた。
まぁ、優里なんだけどね。
一ノ瀬君に話しを聞こうとしたが、彼は今日も無断欠席。
いないなら仕方ない、明日また尋ねよう。
(もう、関わらないと思ったんだけどね......)
前に一ノ瀬君と話しをした時、もう関わらないだろう思っていたのに、今は彼と話しをしたい。
まぁ、いろいろと聞きたい事があるのと、お礼を言いたいだけなんだけど。
一日の授業が終わり、帰宅の時間。
私は帰り支度をして、待っている優里と教室を出る。
と、その時。
携帯電話に着信音が鳴り響く。
私は携帯を取り出して、画面を見てみる。
非通知だったので何か怪しさを感じられたが、兎にも角にも電話に出た。
電話の相手は、最初にこう切り出した。
『妹は預かった』
「__ッ!?」
電話の相手の言葉に、私は驚愕した。
妹を預かった......?
まさか、姫華が誘拐されてしまったの?
「ちょっと、どういうこ__」
『今からその携帯に地図を送る。そこに一人で来るんだ。
もし一人で来なかった場合、妹の無事は無いと思え』
「アンタ、姫華に手を出したら只じゃすまさないわよ!」
怒鳴り声で叫んだが、通話は既に切れていた。
代わりに、携帯にメールが届く。
そのメールには、電話の相手が話していた通りどこかの地図が載っていた。
「舞華......いきなりどうしたの」
優里が心配そうな表情でそう聞いて来る。
私が突然怒鳴り声を上げたせいか、廊下にいる生徒達も私達に注目していた。
けど、今はそんなの気にしてる場合じゃないわ。
早く姫華を助けに行かないと。
「ごめん優里、用事ができたから先に帰るわ。
優里も気をつけてね」
そう言って、私は踵を返す。
本来だったら優等生を意識してきた私がこんな事はしないのだが、姫華の元へと行く為全速力で廊下を駆けた。
背後で優里が、
「待って舞華!」
と大声を出していたが、私はその呼びかけに返事はしなかった。