4
◇
藤堂家は先祖からずっと住んでいる屋敷のような家だ。
広大な土地に、忍者屋敷かと突っ込んでしまうような造り。
帰りの遅くなった舞華は、立派な門を開け中に入る。
玄関の扉を開いて、「ただいま」と挨拶をした。
すると、家の中からドタドタと人の走る音が聞こえ、その音は舞華に向かって強くなる。
「お姉ちゃんお帰りなさい!」
張りのある大きな声を出したのは、藤堂家の次女、舞華の妹の姫華だ。
姫華はロケットの如く走り、舞華に抱きつく。
舞華は後ろに倒れないように、しっかりと姫華を抱きしめた。
「こら姫華、そんな勢いよく抱きつくと危ないじゃない」
「平気平気ー、だってお姉ちゃんだもーん」
「もう......」
小学三年生の姫華は、かなりの甘えんぼうだ。
それも、姉の姫華に対して誰よりも甘える。
小さい時からお姉ちゃんっ子だった姫華に、舞華は少し困る事もあるのだが、この可愛いらしい反則級の笑顔を見ると怒る気も失せるというものだ。
「お帰りなさいませ、舞華様」
「ただいま、茅野さん」
次に姿を現したのは、藤堂家に仕える茅野 咲。
舞華が小さい時から藤堂家に使え、舞華の姉的存在でもある。
舞華は咲を慕っており、しょっちゅう悩み事も聞いてもらっているのだ。
碧色をベースにした着物姿の咲は、舞華と姫華に向けて口を開く。
「舞華様、すぐに夕飯の支度をします。
着替えたら居間に来て下さい。
姫華様は舞華様の邪魔になってしまうので、私と居間に行きましょう」
咲が姫華にそう言うと、姫華は「はーい」と言って舞華の体から離れる。
ようやく妹から解放された舞華は、靴を脱いで中に上がろうとする。
その時、知らない靴がいくつもあると気がついた。
「お客さん?」
咲にそう問いかけると、彼女は「ええ......」と低い声音でこう答える。
「須郷家の者です」
「また?本当しつこいわね」
疑問を浮かべる舞華。
それもその筈。
最近、この家で須郷家の人間をよく見かけるようになった。
父に用があるようだが、舞華はどういった用件なのかは聞かされてない。
が、それは直接言われていないだけで、内容は彼女も知っていた。
最近力を着けてきた須郷家は、剣の名家を傘下にし、勢力を増そうとしている。
最初は弱小と言える家を傘下にしてたのだが、勢力が大きくなったせいか、最近では名家にも手を出しているのだ。
そして、その手は藤堂家にも及んでいる。
もちろん舞華の父、藤堂家の現当主は断固として拒否を突きたてているのだが、須郷家は中々折れない。
元々名家である須郷家を邪見に出来ず、藤堂家は少し困った状況になっていた。
「はぁ、本当なんなのよあの人達」
舞華がため息をついていると、奥の部屋からぞろぞろと男達が出て来る。
須郷家の者だ。
「では藤堂さん、よくお考え下さい。また来ます」
そう言って、男達は舞華のいる玄関に向かってきた。
舞華はすぐ家に上がって、顔を合わせないよう咲と姫華と一緒に居間に入った。
家族と夕食をとり、風呂で一日の汗を流した舞華。
後は布団に入って寝るだけなのだが、何故か寝付けずにいた。
何で眠れないのかは、何と無く分かっている。
今日、学校のクラスメイトとの会話を思いだしてしまうからだ。
舞華は月の見える廊下に座り、足を外にぶらんと出して考え事をしていた。
「強くなる理由......か」
ポツリと、月を眺めながら呟く。
一ノ瀬 守というクラスメイトに理由を問われた時、自分は咄嗟に口を開く事は出来た。
しかし、それは真実なのだろうか。
そうとも言えるし、違うとも言える。
今考えてみたら、他に理由があるのではないか。
考えだしたらキリが無いのは分かる。
しかし舞華は、考える事をやめようとはしなかった。
彼の問いかけが、胸の中心に楔を打たれたように引っかかるから。
そんな舞華に、静かに声をかける者がいた。
「眠れんのか」
藤堂家現当主、舞華の父、藤堂正蔵である。
剣の実力もあり、若い時には名を馳せた正蔵。
今では年で体が衰えてしまったが、その古風の顔はさらに渋さが極まり、厳かな雰囲気を醸し出している。
「父さん......」
少し驚いた表情で自分を見る娘に、正蔵は少し苦笑いして舞華の隣に腰かける。
彼は輝く月を眺めながら、舞華にそっと尋ねた。
「何か、悩み事か」
父の言葉に、舞華はこの悩みを聞いてもらうか迷った。
これは自分の問題でもある。
でも、自分の倍以上を生きてきた父に聞けば、何か分かるかもしれない。
そう思って、舞華は守と会話した内容を父に話した。
「......という話しだったの」
「......そうか」
舞華の話しが終わる。
彼女が話している途中、正蔵は無言で聞いていた。
彼は目を閉じ、少し考えた後、真剣な表情で口を開く。
「学園の生徒で、そんな事を言う者がいたのか。
まぁ、話しを聞く限りその少年が舞華に聞きたかった事は二つだな」
「......なに?」
「一つは、舞華は何故そこまで強さ求めるのか、という事だろう。舞華はなんて答えたんだ?」
優しい声音で問いかける正蔵に、舞華は守との会話を思い出しながらこう答える。
「いろいろ頭には浮かんだんだけどね、結局口から出たのは、私には剣しかないから。
っていう感じの言葉だったと思う」
「......私も今まであえて聞いてこなかったが、舞華は何故剣を選んだんだ?他にも道はあったろうに」
「......小さい時から父さんを見てきて、私も剣を習い始めて、父さんに褒められるのが嬉しかった。
父さんに剣を学ぶのが楽しかった。
でもだんだん大きくなると、周りの目も気になりだして、藤堂家に恥じない立派な剣士になろうとガムシャラに修練して......。
結局明確な目標も何も無いまま、強くなろうとしていた」
「......藤堂家が重荷になってしまったか?」
正蔵の言葉に、舞華は「ううん」と首を横に振ってそれを否定する。
「剣を振るのは好きだし、どっちみち私はこの道を選んだと思うわ。
目標ではないけれど、私が強くなって藤堂家を大きくしたいって気持ちも少しあるしね」
まぁ、まだまだ弱いけどね。
と、おどけた風に言う舞華。
そんな彼女に、正蔵は「ふっ」と小さく笑う。
そして、もう一つある話しを口にする。
「少年との話しに戻るが......舞華。
少年の言うように、いざとなった時、お前は人を斬れるのか?」
「......分からないわよ、そんな事。口ではなんとでも言えるけど、実際その場面にあったら、どうなるか分からない。
父さんは、人を斬った事ってある?」
恐る恐る言う舞華の問いに、正蔵は月を眺めながらはっきりと答えた。
「ある。
私も戦場を経験した剣士だ。
人なんて数えきれないほど斬ったよ」
「......そう。
後悔は、ある?」
「それはあるさ。
殺した人間にだって、家族はあった。大切な人がいた。守りたい人がいた。
そんな人間を私は斬ったんだ、後悔しない訳がない。
やりきれない事なんていくらでもあった。
それでも、斬らねばならなかったのだ」
重みのある正蔵の言葉に、舞華はうつむいた。
戦争は確かに人を殺す。
その場では道徳なんて言ってられないのは分かる。
しかし、後々になって後悔してまうのだろう。
正蔵のように。
舞華は顔を地面に向けながら、呟くように正蔵に問いかけた。
「父さん、私......いざとなったら人を斬れるかしら」
「さあな......それはお前次第だ」
「............」
「一つ、私が前に一人の剣士から聞いた言葉を話そう」
そう言うと、正蔵は舞華の方に顔を向け、重々しく口を開いた。
「斬れば殺人
斬らねば活人
己が出す答えに、覚悟せよ......」
彼は右手を自分の胸にそっと置いて、
「劔はいつも、心にある」
正蔵は続けて、今言った言葉の意味を舞華に問いかける。
「この言葉の意味、お前はどう捉える?」
舞華は少し考えた後、恐る恐る答えた。
「人を殺すも生かすも、その時その時ちゃんと覚悟しろ......って事じゃないの?」
「だいたいはそんな用な意味合いだ。
だが、この言葉には他にも違った意味がある」
「......何?」
「さっき言ったように、剣は人を殺すただの道具に過ぎん。
だが、その人殺しの道具を使うのは、結局のところ人なんだ。
剣を何に使うとしても、その人間次第。
剣が人を斬るのではない。人が人を斬るのだ。
だから、『劔はいつも心にある』。
本当の剣は、いつも己自身の中にあるという事だ」
正蔵の話しに、舞華は「......そっか」と短く答えた。
彼女は夜に輝く月と星々を眺めながら、
「私もちゃんと、考えてみるわ」
「うむ、舞華の歳頃は多くの経験ができる。
いろいろ学び、自分の考えを見つけなさい」
「うん......ありがとう父さん。
話しを聞いてくれて。
もう夜も遅いし、寝るわ」
そう言って、舞華はゆっくりと立ち上がる。
自分の部屋に行こうとするが、彼女は振り返り、怪訝な表情で正蔵に問いかける。
「そういえば父さん、須郷家との話しは平気なの?
なんか凄くしつこい気がするけど......」
不安のこもった彼女の問いに、正蔵は「ふんっ」と笑みをつくって、
「なに、あいつ等はただ粋がってるにすぎん。
お前が心配する事じゃない」
「そう、それならいいんだけど」
「早く寝なさい、明日も学校があるんだろう?」
舞華は「うん」と返事をすると、「おやすみなさい」と言って自分の部屋に戻った。
娘の後ろ姿を見送った正蔵は、小さくため息をついて呟く。
「思春期......か」
今日はここまでです!
明日で完結します!