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放課後。
美味しい昼飯を食べ終え、残りの授業を消化し下校の時間。
「ふっ、ふっ、ふっ」
広い学園にある、誰も行かないような小さな裏庭で、舞華は一人剣の修練を行っていた。
家でも修練は行っているのだが、この小さな裏庭は静かで、人も来ないし、かなり集中して修練が出来る為、舞華は週に何度かここで修練を行っている。
木刀で素振りをしたり、形を何度も反復して行う。
二時間ほど行い、良い汗をかいたところで彼女は修練を終えた。
汗をスポーツタオルで拭きながら、舞華は満足気に独り言を呟く。
「やっぱりここって集中できるわね。もう少し回数を増やそうかしら」
そう言いながら、彼女は木刀を袋に仕舞う。
帰る準備をしようとしたその時、背後で声が聞こえた。
「ふあーあ、良く寝たぁ」
「__ッ!?」
驚愕し、バッ!と背後を振り返る舞華。
そこには誰もいないのだが、視線を上に向けると、一人の男子生徒が木の上で寝転んでいた。
(えっ、嘘。全然気づかなかった)
困惑しながらも、彼女は男子生徒の様子を探る。
彼は上半身を起こし、んーと体を伸ばしながら大きなアクビをしている。
「......ん?」
目を擦っていると、ようやく舞華に気がついた。
「......アンタ誰?」
どうやら寝ぼけているらしい。
彼はゆっくりと起き上がり、四メートル以上ある木の上から飛び降りた。
「えっ!危な__」
思わず大きな声を上げたが、男子生徒はストっと華麗に着地した。
(そうよね、『気』があるんだから平気よね)
『気』は身体を強化する事が出来る。この学園にいる生徒ならば、誰しも出来る事だ。
しかし、気を使ったにしても、あの高さから降りて物音一つ立てず着地するのは中々に難しいだろう。
そんな事を思っていると、目の前の男子生徒はパンパンと服の埃を落としていた。
舞華は男子生徒をよく見る。
知っている顔だ。
というか、
同じクラスの一ノ瀬守だった。
「アンタ、一ノ瀬君だったわよね。
あそこで何やってたの?」
舞華は埃を落としている守に怪訝そうな表情で質問した。
修練を見られてたからといって別に気にする事はない。
が、あんな木の上で何をしていたのかは疑問に思う。
舞華の問いに、「あれ、俺の事知ってんの?」と口にした守は続けて、
「いや、寝てただけだけど」
そうだろうとは思っていた。
だが、解せない事もある。
「こんな裏庭のあんな木の上で?」
舞華が疑うような視線で聞くと、守はまだ眠いのか、アクビをしながら答えた。
「あの場所は結構涼しくて気持ちいいんだ。人も来なくて静かだし、授業サボってよく来るよ」
「そ、そう......」
授業をサボってここに来ていたのか、と舞華は呆れる。
そんな舞華に、今度は守から質問を繰り出す。
「で、アンタは?
こんな人の来ない裏庭で何してたの?」
守の問いに、舞華は木刀の入った袋を手にしてこう答える。
「私は剣の修練。
ここ人が来ないから、集中して出来るの」
「へー修練ねぇ。そりゃ偉いこって」
その他人事のような言い方に、舞華はカチンときた。
まるで自分は、全く剣の修練をしていないかのような台詞だ。
この学園で、剣の修練をしない者はいないのに。
ちょっと湧き上がった怒りを抑えて、舞華は守に聞き返す。
「一ノ瀬君は、修練しないの?」
「しないね」
即答。
間髪いれずに答えた彼に、舞華はもう一度聞く。
「何でしないの?
ここは星月峰剣闘学園、剣を学ぶ学園よ。
修練をしないのはおかしいわ」
「そりゃまぁ、人それぞれって事で」
はははと笑って誤魔化す守に、舞華は怒りを通り越して呆れた。
この男は、やる気の欠片もない。
昼休み、学級委員長の言った言葉を思いだす。
(これのどこが剣士なのよ)
あの言葉は、何かの冗談だろう。
でなければ、こんな腑抜けた男がどうして剣士と言えるのだろうか。
こんな男と話している時間は無い。
舞華は無言で鞄と木刀の入った袋を持つと、この場を去ろうとする。
(ここ、結構お気に入りの場所だったけど、もう来れないわね)
先客がいたんだ。
癪に障るが、まぁ致し方ない。
次からは家で修練を行うしかなそうね。
と、舞華が思っていると、突然守がこう言ってきた。
「なぁ、アンタは何で修練してんだ?」
振り返る必要はない。
ないのだが、何故か舞華は立ち止まり、振り返ってこう答えた。
「強くなる為に決まってるじゃない」
「何で強くなりたいんだ?」
「......」
その質問に、彼女は即答する事が出来なかった。
それは彼女自身、完全にこうだ、と言える理由がないからだ。
由緒ある藤堂家の長女だから。
学園で一番の実力者になりたいから。
いつかあった日のように魔鬼との戦争があるかもしれないから。
他にも理由はある。
しかし、絶対なる一つの理由は無かった。
舞華は考えだした後、静かにこう答える。
「剣しか道がなかったからよ」
銃火器が消え、剣の時代。
剣の実力がある者が、上に立つ時代。
そんな時代に生まれてきた自分は、剣で強くなるしかない。
だから、あえて理由を述べるのなら、きっとそういう事だろう。
「............」
舞華の理由を耳にした守は、沈黙する。
その表情は、痛々しく切な気だ。
(何でアンタがそんな顔すんのよ!)
自分が言った理由でそんな顔をされたら、逆に腹が立つ。
舞華の怒りをよそに、守はゆっくりと口を開いた。
「そっか、じゃあ仕方ねぇなぁ」
納得したような事を言う守は、「でも......」と続けて舞華にこう言う。
「アンタは強くなって何をするんだ?」
「......守るのよ」
「何から、何を?」
「それは、魔鬼や......人の悪意から、人を」
「アンタの手にしている木刀が刃のついた剣に変わった時、世界が変わるよ。
剣は何かを斬る道具。
一度人に向ければ、それは人殺しの道具でしかない。
何をどう言い繕っても、剣は所詮人殺しの道具だ。
それで守れる物なんて、少ししか無い。
失う方がきっと多い。
そんな悲しい道具を使って、アンタは強者を目指してんのか?」
「............」
守の言葉に、舞華は何も言い返せなかった。
ただ、黙る。
でも、ずっと黙る訳にはいかない。
それは、今までの自分を否定してしまう事になると思ってしまうからだ。
だから、舞華は守にこう答える。
「覚悟は、出来てるわ」
舞華はそう言った。でもそれは嘘だ。
自分が振るう剣で、人を殺める想像なんて今まで一度もした事なんてない。
しかし、彼女は嘘でも言うしかなかった。
覚悟なんて、ちっとも出来ていないのに。
「そっか......」
守は一言そう口にしただけ。
そんな彼に、舞華は不機嫌な声音で口を開いた。
「そもそも、剣を持たず授業をサボる一ノ瀬君にそんな事言われる筋合いは無いわね」
それは、他から見たら説教せれた子供が親に何か言い返すような言い方だ。
本人もそれは分かっている。
でも、何か言わなきゃ気がすまなかった。
図星を言われた守は、全く動揺する事もなく、
「そりゃそうだな。違ぇねえや」
と言って肩を竦めている。
守のムカつく態度に、舞華は最後に彼に向けてこう言う。
「一ノ瀬君も、変な理屈ばっかり言ってないで真面目に授業を受けなさい」
そう吐き捨て、彼女はこの場を去る。
去る時、一つ思った事があった。
(彼、私の事初めて会った人のような態度だったわよね。
アンタ誰?って言ってたし。
ムカつくけど、まぁいいか。
もう関わる事もそうないでしょう。っていうか絶対関わらない)
心にそう決め、舞華は学園を後にした。
そんな舞華の後ろ姿を眺めながら、守はため息を吐いて小さく呟いた。
「剣しか道がなかった......か。
そんな時代が終わる事を願って剣を振るってきた筈なんだけどなぁ......。俺一人の力じゃ、そんな変わんねぇか」