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四時間目の授業が終わり、昼休み。
生徒達は各々昼食をとる為、鞄から弁当箱を取り出したり、友人と食堂に行ったりしていた。
藤堂舞華も、家の者が作った弁当を持って席を立つ。
「舞華ー、ご飯食べよー!」
太陽を思わせる明るい声をかけてきたのは、舞華の親しい友人である宮幡 優里だ。
人をほっこりさせる可愛らしい顔。
短めのショートカットに、重力に逆らった一本のアホ毛。
身長は低く小柄な体型だが、彼女が実力者だという事を舞華は知っている。
はやくはやく、とご飯が待ちきれない優里に舞華は「もう…」と呟いて教室を後にしようとする。
その時、彼女の瞳にクラスの生徒達が映った。
「おい守、その卵焼き一個くれよ!ってかもーらい」
「やめろ馬鹿、俺の数少ないおかずを取るんじゃねえ!」
「いいじゃねぇーかよぉー」
「その隙に私がもーらいー」
「あっ!やりやがったなっ!」
「ははは。守君、私のでよかったらあげるよ」
「おお、勝手におかずを奪う暴力女と比べてアナタ様は女神だ!」
「それは言いすぎだよ」
「おい守、誰が暴力女だって!」
クラスの窓際で、おかずを取り合うクラスメイト。
騒がしくもあるが、その光景は幸せそうだと舞華は感じた。
が、少々解せないところもある。
あの幸せな光景の中心人物が、問題児の一ノ瀬 守という点である。
一ノ瀬 守。
星月峰剣闘学園2年6組。
身長は男性平均程で体格も言い訳では無い。
ぼさっとした黒髪。
イケメンとまでは言えないが、悪くはない顔つき。
見た目としてなら普通の男子生徒だ。
しかし、彼はかなりの問題児である。
筆記の授業は寝るわサボるわ。
実技の授業は寝るわサボるわ遊んでるわ。
全く不真面目だ。
の割には、教師達は彼に注意を促すだけ。
正直、なんであんな不良生徒がこの学園にいるのか謎で仕方がない。
ここは剣を学ぶ神聖な学び舎だ。
お遊びで来ているのなら、普通の高校に行けばいい。
藤堂舞華は、一ノ瀬守を嫌っている。
いや、嫌いというよりは、見ていて腹が立つ、という感じか。
人一倍剣に人生を捧げてきた舞華だから、彼のような人間を見ていると怒りを覚える。
だから解せないのだ。
あの幸せそうな輪の中にいる中心人物が、何故彼なのかと。
彼と同じクラスになって一ヶ月経ったが、舞華は疑問に思っていた。
舞華の視線に気がついた優里は、自分も後を追って楽しいそうなクラスメイト達を見る。
彼女はそれを眺めながら、ポツリと口を開いた。
「なんか、楽しそうだねー」
「......えぇ」
「一ヶ月同じクラスにいて思ったんだけどさ、一ノ瀬君の周りって笑顔で溢れてるよねぇ」
「......そうね。彼は皆に慕われているのかしら。
優里は知ってる?」
守が何故あれほど皆と仲が良いのか、という意味を含めた質問に、優里は顔をブルブルと振って否定する。
「知らなーい。一年の時舞華と一緒のクラスの私が、舞華が分からないのに私が分かる訳ないしー」
「......そうよね」
「でも、謎だよねぇ」
優里の言葉に心の中で同意する。
そんな二人に、声をかけてきた女子生徒がいた。
「一ノ瀬君がどうかしたの?」
と声をかけてきたのは、このクラスの学級委員長である久坂部 杏奈だ。
長めの黒髪に、銀縁の眼鏡がよく似合う知的な雰囲気を持った端正な顔。
舞華程でもないが、剣の実力も中々にある。
そんな彼女の問いに、舞華は守達に視線を向けて問い返す。
「あーうん、その、何で彼ってあんなに友好関係が広いのかしら?
失礼だと思うけど、日頃の彼の態度を見ていると意味が分からないわ」
「だよねー、ぶっちゃけ普通だったら嫌われ役だよねー」
「優里......それは失礼が過ぎるでしょ」
舞華が優里を嗜めると、彼女は失敬失敬と笑って誤魔化す。
そんな二人に、杏奈はフフと小さく笑って、
「そうね、宮幡さんの言う通りだと思う。
普通だったら、日頃の彼の態度を
知っている人は、彼の事を良く思わないと思うわ。
だってこの学園に入学した生徒は皆が皆、立派な剣士になりたいんですもの」
「じゃあ、何で一ノ瀬君はあんなに好かれているんですかね」
「そうねぇ......私の口からじゃ彼の事を上手く良いようになんて話せないわね。
でも一つ確かなのは、一ノ瀬守は誰よりも『剣士』であるという事よ」
杏奈はそう言いながら、守達を見ている。
その横顔は、慈愛に満ち溢れている気がした。
(いや、だから意味不明だって)
舞華は困惑する。
『剣士』という言葉に一番似合わないと思われるのが守なのに、何で彼が他の誰よりも『剣士』と言えるのだろうか。
眉間に皺を寄せ、困ったような表情をしている舞華に、杏奈は小さくため息を吐いて口を開く。
「まっ、いつもの彼を見ていたら納得できる訳ないから気にしないで。
彼が何故あんなにも皆に好かれているのか知りたいのなら、とりあえず関わってみる事よ」
そう言って杏奈は「じゃ、私もご飯あるからこれで」と言って去ってゆく。
杏奈の後ろ姿を眺めていると、不意に優里が喋りだす。
「うーん、余計に謎が深まったような気がする」
「本当......私もそう思うわ」
「まっ、とりあえずご飯っしょ!」
弁当箱を振り回して元気よく教室から出る優里に続いて、舞華も教室を後にする。
その時、舞華はもう一度守達を見ると、小さい声で言葉を零した。
「アイツと関わるぐらいなら、剣の修練をしたほうがマシね」