表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私達(ヒロイン)が見るアナタの背中  作者: モンチ02
藤堂舞華が見るアナタの背中
12/12

終章







藤堂 舞華は静黙に構えた。

その立ち振る舞いは、先ほど須郷 岳人と一戦した時とは一変する。


今の彼女には、寸分の隙が無い。



「............」


そんな彼女の姿を観察し、須郷はどう斬り込んでいくか思考を巡らす。


彼が迷っていると、舞華が口角を上げながら赤色の唇を開いた。



「どうしたの須郷、怖気づいちゃった?」



「このッ」


舞華の挑発に、須郷はまんまと乗ってしまう。

彼は勢いよく踏み込み、右上から左下への袈裟斬りを放った。



「......」



舞華は身体をほんのすこし傾けることで、須郷の刃を紙一重で躱す。


「くそがッ!」


須郷は舌打ちすると、連続して刀を振るった。

彼の怒涛の攻めに、舞華は幾ばくかの焦りを見せず対処していく。



焦点は刀ではない。

須郷全体を視野に入れ、どう攻撃してくるかを先読みする。


ギリギリで躱せるのなら躱し、それが無理なら刀の軌道をズラすように捌く。



二度目の勝負を開始してから二分。

須郷の刃は、今だ舞華に触れていない。




(何故…当たらないッ!?)



須郷は焦りを抱いていた。

息つく間も無く攻撃を仕掛けたが、どれ一つ舞華に触れられない。


何故だ。

一度目の勝負では、自分が圧倒していた筈なのに。

こんな展開は予想していない。

一体何が起こっているんだ。


頭の中に疑問を浮かべながらも須郷は攻撃をやめない。


だが、フェイントを仕掛けても、攻撃のペースを突然変えても、舞華は冷静に対処してくる。



(どうなっているんだッ!!)



斬り攻めながらも考える須郷と同じように、舞華も防御をしながら頭の中で思考を巡らしていた。



(身体が軽い。いつもの自分だ。いや、それ以上…)


須郷の刺突を、身体を捻らせ回避する。


(須郷の攻撃が見えるだけじゃない、どう対処すればいいのかも分かる。身体が、勝手に動く!)



須郷が繰り出したフェイントを、舞華は身体をクルリと回転して避けた。

回旋運動のまま、真横に斬り払い。


須郷の左腕を弾き飛ばした。


「ぐぁああッ!」



激痛に呻く須郷。

絶好の機会だが、舞華は攻める事をしなかった。


ただ、集中する。



(イメージしろ、思い出せ。

一ノ瀬君の剣技を!)






舞華と須郷の勝負を、一ノ瀬 守と勝野井 正は静かに眺めていた。


正は舞華の動きを観察して、関心したふうに言う。



「おーおーノッてるねぇ。イキイキしてんじゃねぇかよ」


舞華の流麗な体捌きは、まるで剣舞を行っているかのようだ。

彼女の動き一つ一つにキレがあり、美しくも鋭い剣術となっている。



「まるで誰かさんを見てるみたいだ」



「............」



「本当はあの須郷って奴の配下を、文字通り一瞬で倒せただろうに、藤堂に見せる為わざとやったんだろ?


本当お前って奴は、大した奴だよ。マジ尊敬するわ」



正がそう言うと、黙っていた守は小さなため息を吐き出し、否定した。


「勘違いだ。

それに、あの動きは彼女本来の力だろう。

こうして見ていると、基礎がしっかりしている事が分かる。


数えきれない程剣を振って、自分のモノになるまで形の修練をやってきたんじゃないか?


きっかけがあれば、すぐにでもこんな風に出来たさ。

まぁ、一体何を見てきっかけを作ったのかは俺は知らねぇけどな」




白々しく言う守に、正は「まっ、そういう事にしておいてやると」と微笑んだ。


そして、視線を二人に向け直す。


そろそろ、決着が着きそうだった。




「はぁ......はぁ......クソが」



「ふぅーー......」



須郷は肩で息をし、舞華は長い息を吐き出した。


二人が刃を交えてからすでに五分が経過。

舞華は平気だが、安易に攻めすぎたせいか須郷は疲労を感じていた。


もう、これ以上長引かせたら本当に負けてしまう。

そう本能的に感じとった須郷は、最後の一撃を放つ為、構えを取った。



(負けてたまるか!ここまで来たんだぞ!!

あと一歩だったんだッ!

許さない、殺してやるぞ藤堂ッ!!)


憤慨した思いを力に変え、彼は自分のもつ最大の技を放つ。



「死ねぇぇ藤堂ぉぉぉおおおッ!!!」



怨嗟の雄叫びを上げ、鋭い斬撃を振るった。


桂木流剣術壱式、剛呀。

体内の気を瞬間的に練り上げ、刀に付与する技であり、藤堂の刀を砕き彼女を下した剣技だ。



自分を負かした技に対し、藤堂は怯む事無く迎え撃つ。





「神明流剣術壱式、梳夜風(そよかぜ)





舞華は木刀を須郷の刀の腹に重ね合わせ、力の起点をズラした。

女性の髪の毛をとかすように、優しく。


神明流剣術壱式、梳夜風。

相手の攻撃の出だしに合わせ、力の乗る最高地点になる前に軌道を逸らす防御技。


彼女はそれを須郷の剛呀に合わせ、彼の技を無力化した。


否、それだけではない。

須郷の力を全て逸らす事で、彼に大きな隙を作らせたのだ。



「な、にぃぃぃッ!?」


斬撃をいなされ驚愕の声を上げる須郷。

最大の好機に、舞華は弓矢を引くように木刀を構えると、




「や、やめッ__」






「はぁぁぁぁあああああッ!!」



絶叫を上げ、渾身の刺突を打ち放った。



「ぐぼらぁげぁッ!」



舞華の木刀は須郷の腹を抉り、彼を吹っ飛ばした。

須郷は壁に激突し鈍い音を立てると、ぐだっと倒れる。




「はぁ......はぁ......ぁ」



須郷を打ち破った舞華は、力が抜けたせいか身体がふらついた。

疲労によるものもあり、彼女はぐらっと倒れそうになる。



そんな舞華を後ろから支えた人間がいた。





「頑張ったじゃねぇか」








「一ノ瀬......君」



彼の名前を呟く。

一ノ瀬君は、倒れそうな私の両肩を優しく掴んで支えてくれていた。

私は自分の身体を彼に寄りかかせ、



「......悪いわね」



「気にすんな」



須郷に勝てたのは、きっと一ノ瀬君のおかげだ。

彼の剣技を見て、言葉を聞いて、奮い立たせてもらって。

だから私は立ち上がる事ができた。


須郷に勝てただけじゃない。

姫華や咲さんを助けてもらった。

私も助けてもらった。


地獄のようだった状況を、諦め掛けていた状況を変えてもらった。




ありがとう。

本当にありがとう。

この気持ちが、胸を満たし広がり続ける。



だから私は、勝負の前に約束した言葉を、きちんと彼に伝える為、静かに口を開いた。




「一ノ瀬君......」



「............ん」






「__ありがとう」





「おう」




淡々と短い返事をする一ノ瀬君。

だけど、その言葉に温かみを感じたのは私の気のせいではないと思う。



(......終わった)



何もかも、全部。

私が安堵の息を吐こうたした、その時__、




「く......そがぁッ」



呻き声を洩らしながら、小さく呟く須郷。

......あいつ、まだ気を失っていなかったのか。


床に伏している須郷は、ゴソゴソとポケットから何かを取り出す。

それは、禍々しい黒の光沢を放つ札のような物だった。



そして、須郷はその黒い札を、



「ははっ、テメェ等全部ぶっ殺してやる」



ビリっと、縦に引き裂いた。



その瞬間。

黒い札からモクモクと漆黒の煙が噴き上がる。

そして、その濁った煙は形と成して姿を現した。



「う......そでしょ」


慄きながら、そいつを見た。



三メートルはある巨大な体躯。

腕は丸太のごとく。

筋骨隆々とした強靭な肉体。

手には、長く気味の悪い装束が着いた棍棒を握りしめ。

頭部には鋭く尖った一本の角。



まさしくその姿は、誰もが知る化物だった。




「魔鬼......」



人によって生み出される、人類の天敵だ。


須郷は汚い唾を吐き出しながら、狂気の走った顔で口を大きく開いた。



「この魔鬼は須郷家が代々封印していた“大鬼級”の化物だッ!

テメェ等全員死にやがれぇッ!!」



「そんな、大鬼級なんて......」


須郷の言葉に、私は気が動転した。

大鬼級の魔鬼。第一等級剣士と同等の力を持った鬼の中の鬼。

私は視線を、その鬼へと向けた。



「...........ッ!.」



赤色に鈍く光る両眼に視線が合わさった瞬間、総身に寒気が迸る。


小刻みに震える身体を抑えるように、私は自分の身体を抱きしめた。



(駄目......殺されるッ)



そう思ってしまうのだ。

この場にいるだけで、死の気配がすぐそこに漂っている事が鮮明に分かる。


脳が逃げろと警鐘を鳴らしているのに、身体が言う事を聞いてくれなかった。



もう駄目だと本当に諦めかけていた時、後ろにいる彼は、優しい声音で小さく呟く。




「任せろ」




彼はそう言って、木刀片手に鬼の前へ躍り出る。

化物と相対し、刃のような眼光を鬼に向けた。



そんな、一ノ瀬君はこんな化物と戦うっていうの?

む、無茶だわ......殺されてしまうッ!



「一ノ瀬君ッ!」


彼を呼び止める為に叫んだのだが、その後が続かなかった。



「............」



一ノ瀬君の背中を見たら、口が開かなかった。

何も言い出せなかった。


ただ、見守るしかない。

私には何も出来ないけど、後はもう、彼を信じて待つしかない。


そして鬼が、動き出す。



「__ッ!!」



速いッ!

その巨躯から想像できない速度で、鬼は一ノ瀬君の眼前まで迫っていた。

いや違う、それだけじゃない。

鬼は既に、自身の得物を振り上げていた。




「死ねぇ__」



「一ノ瀬く__」



『ォォオ__』






音が、消えた......。



............。


............。



......っ。




「一ノ瀬......君」



一ノ瀬君は、右手は振り上げていた。

やがて鬼の身体が縦に真っ二つになり、黒い粒子を放って徐々に消えてゆく。



「そ......んな馬鹿な......」



須郷が放心している中、一ノ瀬君は腕をゆっくりと降ろし、消えていく鬼を眺めながら、



「ここはお前のいる場所じゃねぇ、帰んな」


と呟いた。



鬼が完全に消滅した瞬間、私の全身から力が抜け落ちる。

意識を保てなくなり、倒れそうになる。



(......大きい)



霞む視界で、私は一ノ瀬君の背中を瞳に映した。


身体は小さくとも、日本の富士のように気高く、広く大きく感じる彼の背中。


意識を失う前に、私は必死な思いでその背中を瞳に焼き付けようとしたのだった。










須郷 岳人が狂気に狂い、大鬼級の鬼を封印から解き放って。

一ノ瀬 守が紅き閃光で鬼を断ち斬り。

藤堂 舞華が意識を失った場面から、この騒動の顛末を少し語ろう。









守が鬼を屠った後、この部屋に二人の人間が現れる。



「舞華、姫華ッ!」



舞華と姫華の父、藤堂 正蔵。

それと、



「......ジジィ」



「......この馬鹿息子が」


須郷 岳人の父、須郷 武信(たけのぶ)だ。




正蔵は気を失って倒れている舞華の下に向かい、彼女を抱き起こす。



「舞華、舞華ッ!」



焦燥の思いで彼女の名前を叫ぶ彼に、勝野井 正が声をかけた。



「大丈夫だっておっさん。

藤堂は疲れて気を失っているだけだ。

後、あそこに倒れている着物の姉ちゃんと小ちゃい子も無事だ。

寝ているだけだよ」



正の向ける指先に視線を向ける正蔵。

藤堂 姫華と茅野咲の安否を確認すると、彼は「そうか......」と安堵のため息をつく。



正蔵が部屋の光景を見回すと、



「これは、君が?」


全て君がやったのか?そういう意味を含めた問いに、正は首を横に振って否定した。




「これをやったのは、あいつ」



正と正蔵が一人の人間に目を向ける。

そこには、木刀を片手に持つYシャツ姿の学生。


正蔵はその少年を見ると、静かに口を開く。



「一ノ瀬君......君がやってくれたのか」



守は「違いますよ」と言いながら正蔵と舞華の下まで歩み寄ると、眠っている彼女に目を向けて、



「頑張ったのは、藤堂さんの娘さんですよ」



「そうか、舞華は頑張ったのか」



「ええ、ギリギリでしたけどね」



「一ノ瀬君......」



「はい?」



「ありがとう」



頭を下げる正蔵に、守は軽く一言。


「どういたしまして」




守と正蔵が言葉を交わしている中、須郷の父、武信は厳しい表情を作り、息子である岳人に問いかけた。



「何故私がお前に好き勝手やらせたのか分かるか」



「............」



「お前の頭を冷やさせる為だ。

まぁ、お前がここまですると察する事ができなかった私にも非はあるがな」



「このッ......!」



「多くの武家、それと藤堂家に迷惑をかけたお前の罪は重い。

剣警(けんけい)を呼んでいる。

檻の中でその腐り切った頭を直して来い、馬鹿息子が」



「く......そぉぉぉおおッ」




かくして。

岳人は剣警に引き渡され、武信は岳人が傘下にした武家達を解散させ、藤堂家に謝礼を払うという事でこの騒動は結末した。








「藤堂殿、本当にすまなかった。それと一ノ瀬君、世話をかけた」



深く頭を下げる武信に、守は「いえ、おきになさらず」と言い、にニシシと笑って、





「当然の事をしたまでですよ」






目を覚ました夜、私は事の顛末を父さんから聞いた。


姫華や咲さんが無事だということ。

須郷が剣警に捕まったということ。


今回の事件、全てを解決したのは一ノ瀬君だということ。

彼は父のお礼や須郷の父の謝礼をやんわりと断り、その場から去ったこと。



今回、私や姫華、咲さん、藤堂家の窮地を救ってくれたのは紛れも無く一ノ瀬君だ。


私は彼に感謝したい。


一ノ瀬君に、聞きたいこと、話したいことが沢山ある。



だから私が今一番思うのは、彼に今すぐ会いたいということだった。





「はぁ......はぁ......」



息が切れるほど走った。

いても立ってもいられないほど、私の心は彼に会いたいと言っている。



今は実技の授業中。

私は初めて授業をサボり、学園の裏庭に来ていた。



多分、きっと、ここにいると思ったから。



「やっぱりいた......」



ふふっと、小さく笑みを作る。

やっと会えたことを嬉しく思いながら、私は勢い良く顔を上げた。



そこには、太い木の枝に寝転がっている一人の男子生徒。



「あれ、今授業中じゃなかったか?優等生のアンタがこんなところで何してんだよ」



「アンタじゃないわ、藤堂 舞華よ!」



「お......おう」


「それと、学生服(これ)返すわ。

ちゃんと洗ったから」



「おう」



「それと......」




それと。



「ありがとうッ!」



「おう」



「それと......」



「まだあんのかよッ!?」



私はクスッと微笑んだ後、彼に届くように大きな声で叫んだ。







「私に剣を教えてッ!」


これにて完結です。

2日間ありがとうございました!


読者様の暇つぶしになれたのなら幸いです。

また違う作品を書いた時は、立ち寄って貰えたらなと思います。

では、またどこかで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ