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かいこう!  作者: 伊東椋
8/8

海の日を祝日としている国は日本だけ

海の日に間に合った。

 真帆たちが海校に入学して三ヶ月――緯度が高い北美市も、いよいよ夏本番といった日和見が続くようになっていた。

 夏は爽やかに暑く、海が近いので周辺都市の中でも平均気温は低め。そんな北美市も30度を目前にした祝日の昼下がり、北美港の臨海公園周辺は普段より高い気温にも関わらず大勢の人々で賑わっていた。

 「わぁー。人がいっぱいだね」

 「うん、すごい賑わってる」

 会場の盛況ぶりに、真帆と汐里は嬉しそうに顔を見合わせる。

 二人が居るのは、第一会場とされている北美港の端にある臨海公園の入口である。

 この公園は、親水緑地として水辺と一体になった臨海公園で、今回のある祭りのメイン会場として利用されている。

 その祭りとは――『北美マリンフェスタ』である。

 江戸時代から港湾都市として栄えてきた北美市で、毎年「海の日」に開かれる、謂わば海に関わるお祭りだ。海に関する様々な催しが、北美港南駅のすぐ近くにある北美港臨海公園を中心に、北美港マリーナ、北美アウトレットモール、北美フェリーターミナルなどの施設を会場にして行われる。

 北道海上女子養成学校も、毎年、このマリンフェスタに参加している。真帆と汐里はそのために居た。

 「いらっしゃーい、こちらはボート体験乗り場でーす」

 「小さいお子さんでも安心、楽しんでお乗り頂けます」

 第一会場の臨海公園前水域では小型ボートやヨットを体験操船できる「ボート乗り場」があり、水上オートバイクなども楽しめる。そしてその近くには、近隣の水産高校が出店している屋台も並び、イカやホタテといった海の幸が香ばしい香りを漂わせているのもまた面白い。

 「あぁ、おいしそう……」

 ふらふらと屋台に引き寄せられていく真帆を、汐里がガッシリと抑える。

 「真帆ちゃん! 私達も参加者なんだから、急がないと!」

 「ハッ! そうだった!」

 目が既にイカになっていた真帆を我に返し、汐里は放っておけない幼馴染を引っ張って、目的地へと急ぐのだった。



 「遅い、二人とも」

 既にそこには先に会場入りしていた海友と朱璃などの生徒たちがいた。

 頭を下げる二人に、海友が仕方のない風に肩をすくめる。

 「大方、清水さんが寄り道していたんでしょ?」

 「えへへ、わかる?」

 「公園の入口ら辺、水産のお店があるもんね~。なまら良い香り~」

 「そうなんだよぉ。もうあの匂いがね、自然と足を向けさせて、ふらふら~っと……」

 共感し合う真帆と朱璃を尻目に、海友が溜息を吐く。

 「全く……。ああ、波方さん。宮古教官が『小型艇ぼたん』の方に行ってくれって。担当の子が、急用で来れなくなって……」

 「あっ、うん。わかったよ」

 「すまない」

 「ううん、そっちも楽しそうだし全然。それじゃあ、……真帆ちゃんの事、よろしくね」

 「あ、ああ」

 汐里が立ち去った後、ゆっくりと後ろを振り返る――

 「イカーラ星人参上~。イカイカ~」 

 「なんの! 空中要塞シチリョウカク!」

 「……これはあかん」

 先が思いやられる海友であった。



 海校のテントには、大勢の客が集まっていた。テントの下では生徒たちが一般のお客を相手に、ノットボードの作り方を教えていた。

 今回のマリンフェスタでは、海校は生徒たちがロープワークの飾りであるノットボードの作り方を教える「ノットボード製作」、学校が所有する実習用ボートを使った「小型艇体験乗船」を実施していた。

 真帆、朱璃、海友の三人はこの「ノットボード製作」の組に居た。元々汐里もこちら側であったが、もう一つの「小型艇体験乗船」の方に臨時で行ってしまった。

 ノットボードとは、簡単に言えばロープワークの飾りである。船の上で使うロープの結び方には様々な種類がある。これらの結んだ小さなロープを飾った物がノットボードである。

 「いらっしゃい。よろしくね」

 「………………」

 真帆の目の前には、幼稚園児くらいの小さな女の子が椅子に座っていた。そのすぐ隣には母親の女性が座っており、母親の前には海友が居た。

 「こういうのって初めて作るのだけど、私にでも出来るかしら?」

 「ええ、簡単ですよ。少し練習すれば、誰でも結べるようになります」

 「この子、今年で五歳になるの。この子でもちゃんと作れるかしら」

 「心配ありませんよ、お母さん!」

 真帆が胸を張って、自信満々に告げる。

 「私がしっかりと教えますから! 安心してください!」

 「そ、そう? それじゃあ、お願いするかしら……」

 「任せてください!」

 不安そうに見詰める海友の視線も気付かないまま、真帆は目の前に座る女の子に声を掛ける。

 「ねぇ君、お名前は?」

 「……は、はづき」

 「はづきちゃん! はづきちゃんは、どんなのを結びたい?」

 「えっと……。どんなのが、あるの?」

 あっ、と真帆は気付いた。そうだ、まずはどんなロープの結び方があるのかをまずは教えなければ。真帆は「ごめんね」と謝ると、色々なロープの結び方が描かれた図を見せた。

 「この中から、何でも選んでね」

 「……えぇと、これ」

 ゆっくりと指を指された方を見る。真帆の瞳に「8」の数字が映った。

 「わかった。じゃあ、教えるね」

 彼女が選んだのは、八の字結び(エイトノット)というものだった。これはその名の通り、ロープを「8」の形になるように結ぶものである。ロープにコブを作るのだが、コブが大きい割に比較的解けやすい。切断したロープの端からよりが戻ったり、素線が解けるのを防ぐ事もできる。人命救助用ロープにコブを作る時にも利用される結び方だ。

 「はい、出来た」

 「わぁ……」

 「それじゃあ、やってみようか」

 「うん!」

 小さなロープに、小さな手が一生懸命、形を作り出す。二人の様子を見て、海友は自身の思いが杞憂だったと知った。


 

 完成してみれば、見事立派なノットボードが出来上がっていた。五歳になる子が作ったとは思えない程、それは普通に店先で売っていそうな完成度を誇っていた。

 それ程、ノットボードというのは中身の割に外観は上等だ。

 「できたー!」

 「やったね、はづきちゃん。凄く上手だよ」

 「えへへ。この旗も、なんかかわいい!」

 木の板で出来たボードには、小さな白いロープが様々な形で飾られていた。ロープワークの基本であるもやい結びを始め、色々な種類のロープが結ばれて飾られており、更にボードの上部には既成の国際信号旗を模した飾りで、作り手の名前が書かれていた。

 「ありがとー! お姉ちゃーん!」

 出来上がったボードを嬉しそうに抱きかかえるはづきを前にして、真帆も自然と顔が綻んでいた。

 母親と手を繋いで立ち去るはづきと別れ、真帆は胸の内に満たされる充実感を感じながら、それでもまだこの感覚を味わいたくて――

 「いらっしゃいいらっしゃい。どうぞ、ぜひこちらも体験していってください」

 その後も次から次へと訪れる人達に、真帆は自分が学校で学んだロープワークを教え、その楽しさを知っていくのだった。



 会場の一つである北美港マリーナの岸壁には、海校の小型艇が二隻着いている。この二隻の小型艇は海校で実習用として使用されているモーターボートで、マリンフェスタでは催しの一つとして体験乗船する事ができる。

 「ありがとうございました」

 体験乗船を終えた一般のお客が下船するのを見届けると、汐里はふと、大勢の人が賑わう会場の光景を見渡した。

 祝日の催しという事もあって、家族連れを中心に大勢の一般客で賑わう会場の様子を前に、汐里は微かに胸に過るものを感じていた。

 「(……最近、真帆ちゃんと離れる事が多いな)」

 合間、幼馴染に思いを耽る。最近、何をするにしても真帆とは別々に行動する事が多かった。それは思い返してみれば、自然的なものであり仕方のない事なのだが、海校に入学する前からずっと一緒だった幼馴染との距離が開くというのはどんな意味にしても辛いものだ。神様は意地悪だ、と思った事も何度かあった。

 「……私って、ホント駄目だな」

 ポツリ、と呟く。

 そして自覚する。

 彼女離れができない自分。それは彼女のためにも、自分のためにも、将来を考えればこのままじゃいけない事だ。

 しっかりしないと。これじゃあ、彼女にも申し訳ない。

 「すみませーん」

 「はい!」

 いけない、今は自分の役割を果たさないと。

 「こんにちは。……あら?」

 目の前には、幼稚園児くらいの小さな女の子。母親と手を繋いで、汐里の前にその無垢な笑顔を咲かせている。そして汐里が気になったのは、その胸に抱きかかえられたもの。

 「それ……」

 つい、呟きを漏らしてしまった汐里に、隣にいた母親が答えた。

 「さっき、貴女と同じ学校の生徒さんに教えてもらったの」

 「そうなんですか」

 女の子が抱えていたのは、予想通りノットボードであった。汐里も元々は真帆たちと一緒に、ノットボードの作り方を教えるはずだった。

 「素敵ですね」

 だが――女の子が抱えているノットボードを見ると、自分も何だか嬉しくなる。

 母親が微笑んだ。

 「とても親切な生徒さんに、懇切丁寧に教えてもらったのよ。この子もとても喜んでて、本当にありがとう」

 「!」

 お礼を口にする母親。そして汐里の視界に、女の子の笑顔が映った。

 「……いえ。こちらこそ」

 汐里は嬉しかった。それはまるで、自分の事のように。

 女の子が抱えているボードに飾られたロープの結び方は、どこか見覚えのあるものだった。


元々、ほとんどの海系の職種はカレンダーの色に関係ないので、海の日でも休みじゃないのが通例である……。

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