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かいこう!  作者: 伊東椋
5/8

大きい小さいって話をしてる時点で、み、みみっちいんだよ

 海校は全寮制である。

 船上において絶対に避けられないのは集団生活であり、そのための生活規則、集団行動、コミニュケーション能力は船員にとっては必須のものである。

 よって、それらの能力を育成するために、海校では入学した生徒は皆、寮生活を過ごす事となる。

 寮は船の縮図だ。その生活リズムや規則は、船に準ずるものとなっている。

 生徒たちの部屋は一室四名で、一年生と二年生が同室となる。

上級生が新入生のサポートをしながら、日課表に従って日々の生活を送り、プロの船員を生徒全員で目指すのである。

 『総員起し。総員起し。生徒は玄関前に集合せよ』

 放送のアナウンスと共に、生徒は一斉に起床する。時刻は朝の7時である。

 生徒たちはすぐに寝巻きから着替えると、急いで寮の玄関前に走り出す。

 集まった者から班ごとに整列し、点呼。その日の当直生に報告する。

 「総員――名、現在員――名、欠員――名、他異常なし!」

 ちなみにこの場合の欠員は、病欠などでいない者を指す。

 「了解。これより体操を行う」

 点呼が終わると、今度は体操だ。担当の生徒がラジオをかけると、よく聞いた事のある朝のラジオ体操が流れる。

 生徒たちはそれに倣って体操を行う。朝のまだ肌寒さが残る外気の下で、生徒たちはキビキビと体操をこなすのだ。

 体操が終わったら、寮を離れ、学校内にある食堂で朝食である。

 今朝のメニューは白米とみそ汁に目玉焼きとサラダだ。

 「美味しそう。いただきま~す」

 「こら、そこ! 勝手に一人で食べようとするな!」

 「ご、ごめんなさい!」

 思わず箸を手に取っていた真帆は、当直の上級生に叱られてしまった。

 場がシンと静まると、その光景を見渡した当直生が、一人声を上げる。

 「いただきます!」

 「いただきます!」

 当直生の後に続くように、生徒たちが一斉に合唱する。

 食事中は自由に友達と語らう事ができる。起床からいきなり規律に縛られていたが、そこは程よく緩やかになっている。

 「えへへ、怒られちゃった」

 頭を掻く真帆の前には、箸を握った朱璃と海友が同席していた。

 「反省が全然見られないよ~」

 「お前が言うな」

 そして真帆の隣で箸をつつきながらサラッと言うのは、汐里だ。

 「真帆ちゃん、海校での朝は三日目なんだから、そろそろ馴れようよ」

 「意外に波方さんもズバッと言うのだな……」

 言っている事は至極最もなのだが、汐里の意外性に海友は素直に感心していた。

 「でふぁ~、ひょうははひをふるんだっへ~」

 「食べながら喋らないの。今日は確か、国歌と校歌練習だったよ」

 「んぐ。あっ、そうだったね」

 「……まるでお母さんだね~」

 「私と朱璃のようだな」

 「えっ」

 海友の発言に、貧血気味の顔をした朱璃がグルンと首を捻る。

 「な、何だ……」

 「口之津、自分の事お母さんみたいって思ってたの? ぷくく~」

 「お前、その目玉焼きの黄身潰すぞ」

 「何そのよくわからない嫌がらせ!?」

 食事では、各々が和気藹々と過ごす。これもまた、船員として必要な他者との絆を深める教育の一つでもあるのを、今の彼女たちにはまだ知る由もない。



 朝食が終わり、8時から15分間の間に生徒たちは離寮の準備を行い、8時15分ごろに寮を出る。そして8時20分からHRが始まる。

 「起立! 気を付け! 礼!」

 教室に教官である宮古が入室するや、暫定的に級長を務める真帆がすぐに号令をかける。土曜の練習の甲斐あって、入学式当日よりは随分と様になった光景に、宮古は何も指摘しなかった。

 「おはようございます。皆さん、今日はこれから国歌・校歌練習を行います。HRが終わり次第、体育館に集合してください」

 宮古の指示通り、HRが終わると、生徒たちは体育館に集合した。

 整列等の練習と異なり、今回は制服で許されている。

 体を動かす必要はないからだ。

 だが、だからと言って楽というわけでは決して無かった。

 体育館内には既にピアノが用意され、見た事のない中年の女性がいた。生徒と挨拶を交わす。宮古はその女性を、この練習のために呼んだ演奏者だと説明した。そして練習の指導をするのはやはり宮古のようだった。

 「ではまず国歌から」

 小学生の頃から何度も聴いた事のある演奏が始まる。重みのあるゆったりとした音調が、まるで生徒たちの緊張をゆっくりと撫でるかのようだ。

 「き~み~」

 入学式の時も歌ったが、意外と国歌というのは難しい。

 全体的に音の動きが少ないので、音程を保つのが難しいのだ。人によっては喉の奥から出そうにも声が切れてしまう部分まである。必死に合わせようと無理矢理出しても、そうするとブレが目立ってしまう。

 一通り歌い終えると、宮古の苦い表情が生徒たちの目に映った。

 「貴女達、この学校がどこの学校かわかってる?」

 その質問に生徒たちが顔を見合わせる。

 その中で一人、声を張り上げたのは真帆だった。

 「はい! 国立、つまり国の学校です!」

 「そうです。この学校は国の下で創設され、全てが税金で賄われている学校です。なので国立校が国歌を歌うのは当然の事であり、歌えなくては話になりません」

 シンと静まり返る生徒たち。彼女たちの着る制服、作業服。支給された教科書、今朝食べた朝食の食費、トイレの水道代まで全てが税金で賄われている。他の学校より授業料などがずっと安い分、それらが全て、税金で成り立っているのだ。

 「完璧に歌えとは言いません。ただ、貴女達はそういった学校で勉学に励む事になるという事を知ってほしいのです。国歌は最低限、歌えれば宜しい」

 続けて「国歌の練習はここまで」という意外な言葉に、生徒たちの間で安堵感が広がった矢先。

 「それでは、ここからは校歌です」

 その時、宮古の目が変わったのを、生徒たちは見てしまった。

 「この学校は国の下、全国に点在している同列校と並んで称されていますが、校歌だけは学校によって様々です。すなわち、校歌はこの北道海上女子養成学校の唯一の個性と誇り。貴女達にはこれを覚えてもらいます」

 生徒たちは青ざめた。宮古の声色と瞳は、土曜に見たものと同じだったからだ。

 その中で唯一、やはり楽しそうなのが、真帆という仮級長なのであった。



 国立北道海上女子養成学校 校歌


 藻岩の山の根控え 水平線望む北美港 暁に染まりゆく

 勇敢船人育ちたる 誇り高き北道よ

 朝日に夕日に照らされ 出入りする巨船を眺めては 満ち溢る夢抱き

 鍛えゆく 海の淑女の意志を この胸に

 七つの海に響きたる 我らの汽笛

 遥かなる 世界の人と手を取りて 我が国民の栄衰を

 双肩に担いつつ いざ果たさん長き航海を




 これを覚え、かつ大きな声で歌えるまで、生徒たちは宮古の叱咤の下、必死に練習に励んだったのであった。

 



 本当に校歌練習で一日を終えた後、生徒たちは18時までに食事・入浴を済ませ始める。

 浴室は百人近くにいる在校生のために、広々としたスペースを有している。疲れた体を少女たちが大浴場とも言える浴室にて湯に浸かって心身を癒すのだった。

 「はぁー。生き返るー」

 「本当だね~」

 二人並んで湯に浸かる真帆と汐里。そしてその傍に、新たに湯に入ったのは朱璃と海友だ。

 「隣、失礼するぞ」

 「お疲れ~……」

 「お疲れ、海友ちゃん、朱璃ちゃん。……朱璃ちゃん、声が枯れてるけど大丈夫?」

 「うう~。まだ喉が痛いよ~」

 朱璃は苦しげな顔を沈ませるように、湯に浸けた口元からブクブクと泡を泡立たせた。

 その隣で、海友が呆れるように呟く。

 「全く。情けない奴だな」

 「ひど~い。ぶくぶく……」

 「そうだよ、海友ちゃん。朱璃ちゃん頑張ったんだから、そんな言い方は良くないよ」

 「普段から声を出していないからだ。いっつもそんな小さな声ばかりだから、いざ大声を出す時に苦しむんだ」

 「ぶくぶく……」

 不満げな瞳で、ジィッと海友を見据える朱璃の様子はまるで海坊主だ。その余りの海坊主っぽさに海友が「な、何だ……」とたじろぐ。

 次の瞬間、目を妖しげに光らせた朱璃が、飛沫を上げながら飛びついた。

 「え~いっ」

 「ぬあっ!?」

 海友の悲鳴が、浴室内に響く。真帆が大きく目を見開き、汐里が顔を赤く染めた。

 まるで蛙のように海友に飛びついた朱璃は、その小さな両手をしっかりと、二つの大きな果実を握り締めていた。

 小さな手に収まり切れない存在感に、実際に揉みしだいた朱璃だけでなく、観客席にいた真帆と汐里も驚愕した。

 「う~ん。むむ」

 「ちょ、どこ触って……! ひゃっ!?」

 その時、普段の男勝りな口調からは想像できないような色っぽい悲鳴が漏れた。

 海友の顔は、まるで茹蛸のように赤くなった。

 「……口之津、また胸大きくなった?」

 「おま、お前ぇぇ……ッッ!」

 庇うように胸を隠した海友が、涙目で、傍にあった風呂桶を手に取った。

 そしてそのまま朱璃の脳天に振り下ろした。

 「ぐえっ!」

 カッパ~ンと気前の良い音を響かせながら、朱璃は撃沈した。

 沈んだ朱璃を前に、息を切らす海友の横で、真帆と汐里は顔を見合わせる。

 「……汐ちゃん」

 「うん」

 「私達も頑張ろうね!」

 「うん……って、何が!?」

 何故か意気込んでいる真帆と、顔を真っ赤にさせて疑問を投げかける汐里だった。



 

 


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