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かいこう!  作者: 伊東椋
4/8

正直言って、巻き込まれてる方です

 入学式の翌日は土曜日であったが、海上女子養成学校――海校では土曜授業が実施されていた。

 土曜に出てまで何をするかと言えば、それは船員の基礎中の基礎と言えるものである。

 「二列横隊! 組め!」

 宮古教官の号令に従い、帽子を被り、水色の作業服姿の少女たちが慌てて整列を始める。

 ある者はぶつかり、ある者は躓き、それでも何とか整列を終え、気を付けの姿勢を取る。

 そして一列目の端から、順番に番号を言っていく。

 「一!」

 一番端にいた真帆が声を上げ、その隣にいた女子から続き、十七の番号まで体育館中に響き渡る。

 「……十七じゅうなな!」

 「満! 総員三十四名、現在員三十四名、欠員零名、他異常なし!」

 敬礼を互いに交わしながら、真帆が報告する。

 「休め!」

 宮古の号令に、直立不動の姿勢を取っていた全員が、休めの姿勢を取った。手を後ろに組み、股を少し広げる。

 緊張した面持ちを見せる生徒たちを見渡し、宮古は容赦のない一刀を捧げる。

 「全然駄目だ。まず岬生徒、四はヨンではなくシ、だ。波方生徒もジュウナナではなくジュウシチ。七番を聞いていなかったのか? その前に整列までの流れが全然なっていない! もっとキビキビと動きなさい!」

 「はい!」

 「次! 今度は清水生徒が号令を掛けなさい。欠員一名の状態で行え!」

 「はい!」

 もう一度バラバラになり、今度は宮古が立っていた位置に真帆が立ち、息を吸い込む。

 そして宮古に似せるように、真帆が号令を叫ぶ。

 「二列横隊! 組め!」

 各所にわざと散らばっていた生徒たちが、再び整列しようと集まってくる。

 今度は汐里が一番の端に立った。

 「点呼!」

 真帆の号令に従い、番号を順番に言っていく。そして最後の十七を言った直後、十六番目の後ろに立っていた生徒が一寸遅れて「欠!」と叫ぶ。

 これを聞いた汐里が、真帆に敬礼しながら報告する。

 「総員三十四名、現在員三十三名、欠員一名。他異常なし!」

 「了解。ワカレ!」

 ワカレ、を最後に一連の行動を終える。ちなみに本当に分かれはしない。練習なので。

 端から見守っていた宮古が、真帆の隣に立つ。

 「先程よりはマシになったが、それだけね。それより波方生徒、敬礼の仕方はさっき教えたが、手のひらを見せるな! 脇はもっと締めて、肘を前に出せ。船内だと肘がぶつかるぞ?」

 その時、船の中ってどんだけ狭いんだよ……と感想を抱いた者が何人いただろうか。

 そんな思考を察するように、宮古が全員を見渡しながら口を開く。

 「良いか。整列点呼で使う二列横隊、防火操練などで使用する縦隊での人数確認方法、そして敬礼。特に人員確認は学校生活の基本中の基本だ。敬礼は船員としての基礎中の基礎。徹底的に体に叩き込まないといけない」

 「はい!」

 「よし、今度は二人の欠員で行う。波方生徒は出ろ。他はもう一度ワカレ!」

 またバラバラと、ある者はひぃひぃ言いながら、同じ事を繰り返す。

 体育館にはいつまでも、生徒たちの声と足音が響いていた。



 「ふぁー。疲れたぁー」

 学校の敷地内にある草原で、真帆が大の字で寝転んだ。

 その隣に腰を下ろしたのは、汐里だ。

 「でも真帆ちゃん、皆の中で一番よく出来てたよね。昨日も挨拶を褒められてたし、すごいなぁ」

 「私はこの学校に入りたくて、入学する前からここのルールを学んで練習してたからね。ちょっと反則かもしれないけど」

 「ううん、すごいよ。他の人には真似できない事だよ」

 「えへへ。そうかな~」

 素直に親友の賞賛には照れを隠さない真帆だった。

 「でも整列って難しいんだね。私、上手になれるかなぁ……」

 「練習さえすれば誰だってすぐにできるようになるよ。頑張ろう、汐ちゃん!」

 親指を立てる真帆に、汐里はうん、と微笑む。

 そんな二人の背後から、忍び寄る人影があった。

 「……ああああ~~~」

 「ひっ!? 何?」

 突然忍び寄ってきた不気味な声に、汐里が青ざめた顔で振り返る。

 仰向けに倒れていた真帆も顔を仰ぐように向けると、そこにはユラリと揺れた禍々しい幽霊が居た。

 「ひぃー! お化け!?」

 「誰がお化けじゃぁ~」

 汐里の悲鳴に、幽霊のようなソレは、抗議をぶつける。

 そして彼女は、二人の間に割って入るように、バターンとうつ伏せに倒れた。

 「わっ! 誰?」

 「あれ? 貴女、確か……」

 真帆が驚き、汐里が彼女の見覚えのある顔を思い出す。

 整列の時、一緒に注意された、彼女の貧血気味な表情を思い出す。

 「岬さん……?」

 「うう~~~」

 返事かどうかわからないような声を発しながら、岬という名の二人の同級生は、草原に顔を埋めながら倒れていた。

 そこでようやく真帆も思い出していた。いつも体調が悪そうな顔をしていたので、声を掛けた事もあった。しかしこれが常だと返され、整列の時も陰ながら心配していた記憶がある。

 「本当に大丈夫? 岬さん」

 「だいじょうぶ、だいじょうぶ~。私、いつもこんなのだから~」

 そう言うが、二人にはやはり大丈夫そうには見えない。

 困り果てた二人の傍に、新たな声が加わった。

 「朱璃じゅり~! お前、またそんな汚い所に寝て~!」

 声の主は、すぐに二人の目の前に現れた。体育館の方から走り寄ってきたのは、作業服を着た同じ同級生。ポニーテールを揺らしながら、彼女は真帆と汐里の間で倒れている岬に声を上げた。

 「そんな草っ原に顔を付けるな! 顔や服が汚れるだろうが」

 「うう~」

 駆け寄ってきたポニーテールの少女は、うつ伏せで倒れていた岬を無理矢理引っ張り起こす。地面から引き剥がされた岬の鼻の上には、土が付いていた。

 全く、と溜息を吐いた少女は、ぽかんとその状況を傍観していた二人に気付き、慌てて謝罪した。

 「あっ! ご迷惑をかけて申し訳ない! こいつは私が責任を持って連れて行くから」

 「ううん、迷惑なんかじゃ。えーっと、口之津さん……だっけ?」

 「ああ。口之津海友くちのつみゆだ。二人は確か、清水さんと波方さんだったか」

 「うん。憶えていてくれたんだ」

 「それはこっちの台詞だ。それに、二人は入学式から特に印象に残っているからな。名前もすぐに憶えてしまったさ」

 「……私まで、そんな印象に残るような?」

 喜ぶ真帆の隣で、汐里が恥ずかしそうにポツリと何かを呟いていた。

 「口之津さん……海友ちゃんは、岬さんと仲が良いんだね」

 「こいつは腐れ縁だ。……って、海友ちゃん?」

 「口之津海友ちゃんだから、海友ちゃんだよ。駄目かな?」

 「いや、別に駄目なんかでは……」

 そう返す海友は、頬を赤く染めていた。明らかに下の名前で呼ばれるのは慣れていない様子だった。

 「私の事も真帆で良いよ!」

 「……う。その……」

 「ほらほら、真帆ちゃん。口之津さん、困ってるじゃない」

 「……海友ちゃ~ん」

 「朱璃!?」

 いつの間にか、会話に参加した岬朱璃みさきじゅりが、からかうような笑みを携えて海友を呼んでいた。どうやら海友と朱璃の関係では、海友が彼女に下の名前で呼ばれる事は無いらしい。

 「お、お前! お前まで私を下の名前で呼びおって!」

 「え~、良いじゃない。海友ちゃ~……イタタタッ!!」

 「き~さ~ま~」

 朱璃のツインテールを容赦なく引っ張る海友の攻撃に、朱璃が涙を浮かべながら白旗を振る。

 「痛い痛い! ごめんなさい調子乗ってました!」

 「ふん」

 謝罪を受け入れ、パッと手を放す。引っ張られてバネのように巻かれてしまった二つの髪を、朱璃が大事そうに擦るのであった。

 「ふざけるからだ。全く……」

 「うう、ひどいよ~」

 「……ほら、顔を向けろ。鼻に土が付いているぞ」

 「ん」

 作業服の胸ポケットから出した可愛らしいハンカチで、海友が朱璃の鼻を拭き取る。桃色のハンカチに土が付いたが、全く気にしないようにそれをまた胸ポケットに仕舞った。

 「本当に二人は仲が良いんだね」

 真帆の発言に、今度は海友が顔全体を真っ赤にさせる。

 「そ、そんな事はない! さっきも言っただろう。腐れ縁なだけだ!」

 「二人は昔から知る仲なの?」

 「そうだよ~。口之津とは幼稚園の頃から一緒~」

 真帆の質問に答えたのは朱璃だった。

 海友はその隣で顔を赤くしたまま、黙り込むだけだ。

 「そうなんだ。私と汐ちゃんも幼馴染なんだ。ね~」

 「うん」

 「そうなんだ~」

 微笑ましく顔を見合わせる真帆と汐里を見、朱璃がチラリと隣にいる顔を火照らせた海友を一瞥する。

 「……口之津、ね~」

 「またそのドリル頭を引っ張るぞ」

 「……まだ何も言ってないじゃ~ん」

 禍々しいオーラを放つ海友に、ビクビクと後ろに引く朱璃のやり取りに、真帆と汐里は顔を見合わせ、笑った。

 「二人とも、これからよろしくね」

 「よろしくお願いします」

 真帆と汐里が差し出した手を、海友は一瞬驚いたように目を見開き、朱璃は瞼が重そうな瞳でジッと見下ろすと。

 四人の手は、何の戸惑いもなく、重なった。

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