要はこんな島出てってやるって事よ
瀬戸内の小さな島。
大小様々な島が連なる瀬戸内海は、日本国内を回る船の通り道でもある。
清水真帆はその一つ、宮ノ島で生まれ育った。
人口は百人弱。集落は南北に一つずつ、西に一つあるだけで、島の反対側に向かっても3時間もかからない。集落に一つか二つあるコンビンは午前10時から午後6時まで。そして島に住む人は大体、農家か漁師である。
だが、清水真帆は唯一、農家でも漁師でもない家に生まれ育った。
しかし海に向かう事は、彼女にとっては慣れたものである。
「来た! 来たよ、汐ちゃん!」
「ま、待って。真帆ちゃん……」
岬の上まで駆け上る真帆の後を、汐ちゃんと呼ばれた少女が息を切らしながら現れる。
膝に手を付き、息を整える波方汐里の三つ編みに結んだ髪が垂れる。髪留めの鈴がチリンと鳴った。
息を切らした友達に、早く、早くと急かす真帆に、汐里は最後の力を振り絞って岬を登る。
ようやく岬の天辺まで登りつめた二人は、目の前に広がる瀬戸内の海を眺めた。
「真帆ちゃん、本当に来るの?」
「うん。お父さんが言ってたから、間違いないよ!」
確認を取る汐里に、真帆は自信満々に応える。
その時だった。二人の耳に、ボーッと鳴り響く汽笛が聞こえた。
「来た!」
岬の上から飛び降りるのではないかと思うぐらいに、真帆は更に前へ踏み出した。危ないよ!と、汐里は思わず声を掛けるが、真帆のハイテンションは収まらない。岬の上から、オーイ、オーイと手を大きく振ってみせる。
「あれが、真帆ちゃんのお父さんが乗ってる船……?」
「そうだよ! ここを通ってから日本海に出て、九州に寄った後に外国に行くんだって!」
「へぇー。すごいね、真帆のお父さん」
「うん! 私のお父さんはすごい船乗りなんだよ!」
真帆はその瞳をキラキラと輝かせながら、目の前を横切るように進む大型船を見据えた。
まるで二人が居るのがわかっているかのように、船はまた、ボーッと汽笛を鳴らせる。
それが嬉しくて、真帆はまた大きな声を上げながら手を振った。
「ほら、汐ちゃんも!」
「う、うん……」
少し恥ずかしそうに顔を赤く染める汐里と一緒に、真帆は手を振り続ける。
やがて船が小さくなっていくと、真帆が突然、汐里の手を握り締めた。
「汐ちゃん! 私達、絶対に立派な船乗りになろうね!」
「えっ? 私も?」
百、いや、百二十パーセントの笑顔で、真帆は汐里に一方的な約束を宣言した。
だが汐里も、そんな勝手で大好きな親友に対して優しげな微笑みを浮かべるのだった。
手を繋いだ二人は、もう一度、船が通り過ぎた蒼い海を眺めた。