REVENGE#4
コロニー襲撃事件後、青年は奇妙なエネルギーをその身に浴びる。それを解析した際、そのエネルギーには見覚えがありしかもある種の『言葉』であった事が判明し…。
『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。
登場人物
―ダーク・スター…自身と同名のロボットを駆る、復讐に執着する不死の青年。
―動的なエネルギーの種族…異次元に住む異質な種族。
【名状しがたいゾーン】
コロニー襲撃事件から二カ月後:銀河間空間
あの一件から少し月日が流れた。ダーク・スターと呼ばれる青年は再びふらふらと放浪し、宛てが無いように思われた。いずことも知れぬとは言えかつては彼の愛する故郷でもあった己の領地から、ぬらぬらとしたオサダゴワーのごとくずるりと侵入して来た名状しがたい怪物リージョンは追い払えたものの、また別の怪物達が宇宙には無数にいるから、永遠の安らぎは未だ得られそうにない。終わり無き旅を続けた先に待ち受けるは、いかような運命か。それは彼には到底予想できたものではなかった。しかし今も残り火のごとく静かに燃え続ける復讐心を思えば、もはや後戻りなどできないのだ。
唐突な転機が訪れた。遠方の銀河間を流離っていた時、いずこからか強烈なエネルギー波が彼の機体にぶつかった。それは見かけ上は無害であり、調査した結果物理的にもそれ以外の観点からも無害であった。しかしそのエネルギーのパターンは全くもって未知であり、彼が知り得る知識の埒外に位置しているらしかった。注意深く観察する事で、それはどうやら青年の駆る漆黒の光明神か、あるいは彼自身目掛けて追い縋って来た事が判明し、それは青年を動揺させた。彼のような存在にとっての永劫のごとき長さの旅路を踏み越えて来た今となっては、もしかすればどうでもよいやも知れぬそうした事象さえも、何らかの天啓に思えるものだった。それ故異様に興味を引かれ、彼は観測されたエネルギー波の方向や速度を計算するに至った。仮に下らぬ事象なれど、あるいはこうした未知の事象故に彼の復讐に何か役立つ可能性はあった。己の復讐計画が遅々として進まぬなれば、今こそは私欲のために動いてもよいではないか。そのような事を彼が願おうとも、誰がそれを咎められようか。彼が私欲に時間を費やす代償として、いか程の命が救われぬであろうか。だがそれを傲慢にも指摘する権利は、果たして彼の経験した想像をも絶する地獄めいた殺戮劇を知らぬ者が持ち得るものであろうか。この世の最も穢らわしい部分を濃縮したかのような、尋常ならざる悪鬼どもとの邂逅は、まさに古にも予言とて無き災厄としか言いようが無かったのである。
奇妙なエネルギー波の発生源はパン・ギャラクティック・ガーズのいる銀河、あの襲撃されたコロニーと同じ銀河に存在している地球と呼ばれる辺境の惑星である事がわかった。あの惑星こそは、歴史の異なる別の宇宙、青年の生まれた宇宙で山河を血に染め続けた忌むべき〈旧神〉を輩出した種族の同位体が暮らす地なれど、しかし前回の凄惨たるコロニー襲撃事件では地球人のお陰で救援を寄越す事ができた。一なる群体撃退後に三本足の神が荘厳な声で語ったところによると、夢を見た地球人の青年は最初未知の種族――すなわちヤクトス――の方をありきたりな謬見により『怪物』だと誤認していたらしいが、しかしやはり妙な違和感を感じていた。そしてその結果、ただの妙な夢としては処理されず美しい三本足のナイアーラトテップがそれを知るに至った。これは一見ただの偶然や奇跡に思われた。だがダーク・スターはそれがただのたまたまなどではなく、必然的な結果であったと確信していた――彼の考えによれば、宇宙進出度の低いあの惑星の種族は〈宇宙的感覚〉が低い事は明らかとは言え、いずれは諸宇宙史上最初にして最悪の叛逆行為を仕出かしたあの仄暗い実体達の本質的な邪悪さを感じ取る事ができると踏んでおり、実際にそれは現実となった。
「だけど速度が計算と合わない。地球から発せられたエネルギーがあの程度の遅々たる速度なら、あの星々の宝石箱がくるりと一回転した頃に漸く今僕がいる位置まで届く」
コンソールの光を浴びて青年の歯が暗い座席内でぼうっと光り、彼は暫し彫刻のごとく動きを止めて凍りついた。己は再びいつもの疲れた笑みを浮かべているのだろうかと場違いな事を考えつつ、何故あのエネルギー波は銀河が一回転してやっとここまで到達できる速度のはずでありながら、計算に合わない振る舞いをしたのかを考察しようとしたが、しかし地球の時間単位で四時間程度思案に明け暮れた結果無駄だと判断し、続く四三時間をそのエネルギー自体の詳細な解析に回した。それらエネルギーがぶつかった際に残り滓の一部を採取できたため、その究明に乗り出した。やがてそれを解析し終えた時それに見覚えがある事が過去のデータとの照合で判明し、青年が駆る巨神は黒い魔法陣の中に消えて行った。機体内部ではそのエネルギーの実質的な意味合いを突き止め、それを機体に搭載された機能が音声言語へと翻訳して再生させていた。
それはメッセージというより恐怖の叫びであり、以下のようなものであった。
『嘘だ、では僕は今まで…!』
数分後:未知の次元
ダーク・スターと人々に呼ばれる漆黒の光明神と、その名を己自身の今の名としても受け入れている黒衣の青年は、以前訪れた事のある名前も知らない領域に足を踏み入れていた。ここは宇宙の果ての、そのまた向こうの隔絶された先にありながらも宇宙と密接に重なっている次元であり、暴力的な色合いのスペクトルが乱舞し、全体的にちかちかと輝いていた。それら色の洪水の中に、静的なエネルギーと動的なエネルギーの二パターンを認め、彼は以前の来訪では後者をある種の生命体だと推測していたものの、様々な方式の呼び掛けにも関わらず動的なエネルギー達は答えてくれなかった。そのためその時は諦めて立ち去ったものであったが、何億年もの月日を経て再びここへと足を踏み入れたのは、あの奇妙なエネルギーのパターンがここにいる動的なエネルギー達が発する同族間のコミュニケーション手段と一致していたからである。しかも地球からあのエネルギーが発せられたという事は、それはつまり…。
「久しぶりだね。僕の事を覚えているかい?」
青年は無駄と知りながら動的なエネルギーに呼び掛けた。反応はあったが、それはこちらをただの現象として認識しているに過ぎなかった。そのため彼はあの採取したエネルギーの残り滓を放射した。すると周囲に浮かぶ動的なエネルギー達は明らかに動揺し、驚愕していた。その反応に満足した彼は、持ち前の明晰さで法則性をある程度解き明かした彼らの言語を真似た。
『こんにちは。以前も僕は君達の元を訪れたんだけど、漸くいい反応が見られた』
その反響は様々であった。
『どうなっている? この異次元から混入した物質は我々の言語を携え、しかもそれを真似しているぞ』
『この振動からするにただの化学反応だろう』
『いや違う、この物質をその考えに当て嵌める場合八五の理由で説明が付かず、千四二の理由で否定できてしまう』
『まさか…いや、確かにそのようだ』
『どうした? 何かあったのか?』
『元素の塊が言葉を解するだと?』
『非論理的だ』
『わしは現実しか信じぬ。見ろ、これは現実だぞ』
『信じがたい…』
青年はゆっくりと語った。
『僕は別の次元の知的生命体だよ。ここに来たのは、さっき披露した悲痛と涙と恐怖とに彩られたエネルギーについて尋ねたいからさ』
『聞いたか? 自分を生物だと言っているぞ!』
『莫迦げている…』
『黙れ、現実を受け入れい』
年長的なものを感じる個体が他を遮り黙らせた。有無言わせぬ説得力があったようだ。
『見苦しいところを見せてすまぬ。この莫迦どもは考えが堅いからな』
それから年長の個体はコミュニケーション手段を切り替え、重く響く声で喋り始めた。
「お主のコミュニケーション手段は理解した。これでよかろう」
「ありがとう。さて、質問は簡単だよ。僕が聞きたいのは、この恐怖に満ちた叫びを発した人物がここにいるかどうかという事なんだ」
青年の穏やかだが悲しげな声を聞いて動的なエネルギー達はざわざわと騒いだ。それから彼らは一様にとある一個体を前に連れて来たのである。
「それは…ぼ、僕だ」
「君かい?」
「僕が君のいた次元で発した叫びなんだ…」
どうやら大当たりであるらしかった。青年は己の永い人生に感謝し、もしかすればそれを復讐に使えるのではないかと、疲れ切った笑みの下で思案し始めた。
「今にも魂を噛み砕かれそうな様子で『今まで』と言っていたね。それが何を指しているか、教えてくれるかな?」
そのエネルギー個体からは僅かな躊躇いが見て取れた。青年はその先が気になったが、急かしはせずに待った。その甲斐あってその個体は後悔を纏った声色で先を続けた。
「僕はそちらの次元にいた頃、何も疑問に思う事無くあちこちで…」
それは罪の告白であった。そしてそれを初めて知らされた周囲の個体達も、何故この同族が帰還して以来様子がおかしかったのかがわかり、そして己らの外界に対する認識の甘さを痛感させられた。まさに想定外であるらしかった。
「僕はどうしたら…」
「一緒について来て欲しい。種の壁を越え、暫くの間僕と同じ道を歩もう」
「でも…いや、確かにそうかも知れない。君に協力するよ…」
「ありがとう」
黒衣のダーク・スターはハッチを開けて彼らと交流しており、この次元の有害なスペクトルが彼の表皮を焼いたように思われたが、それは既に〈人間〉からそれ以上の存在へと進化していたこの青年には全くの無害であった。ところで微笑ましい事として、この青年は己が先程仄暗い復讐について考えていた事さえもすっかり忘れ、今では地球という惑星について大層心配していた。そのため彼は遠い辺境の地へと、あの恐怖の叫びを上げた個体――『どんどん』という異音を立てていた――を先導者として伴いこれから訪れるつもりなのだ。
やがて見送られながら二者は黒い魔法陣に消え、残された他の星間ガスじみた紫色の実体達は何も言えず佇む他無かったのである。