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腐れ縁という名の

作者: 茶熊みさお

 桜咲いたら一年生。

 そう有名な歌にもあるわけだけれど、こうして始業式が終わってかれこれ一週間。すでに通常授業も始まっているというのに、この辺りの桜はまだ小さな蕾を付けたまま一向に咲く気配がない。それどころか、山ではまだうっすら白く雪が残ったまま、時折吹いてくる世間的には春風と呼ばれる風も寒いままだ。

 そして、御覧の通り暦の上でしかまだ季節は変わっていないというのに、季節を先取りする理不尽な衣替えにより暖房器具を取り上げられてしまっているこの部屋は、外の影響をもろに受けてとても寒かった。

「うー……、寒い」

 もしかするとこれは、大自然から僕宛に送られてきた『お前はまだ一年生ではない』という、巧妙に隠されたメッセージなのではないだろうか? ……うむ、そうか。ならばきっと、そういうことなのだろう。

「なんだ、自分はまだ入学なんてしていなかったのか」

「……んなわけないっつーの」

 窓から少し冷えた空気が流れてくる昼下がり。

 本日は日曜日で、なんと全国的に休みの日であった。

 ということなので、時間に急かされることなく優雅にお昼ご飯をゆっくり食べ終え、勉強机という名の安眠机から食休みがてら外の桜をぼんやりと眺めていた。

 ……という、モノローグに突っ込みを入れる一言だ。

「…………」

 折角ののんびり空気が台無しだ。

 少し首をひねって振り向けばそこには、いつもいつも飽き飽きするほどに見覚えのある憎たらしい顔があった。モノローグにこうも自然と割り込んでくるとは、中々に嫌な突込みをしやがるなコノヤロウ。

「そんな聞かれて困るようなモノローグなら、 しっかり頭の中だけでこっそり呟いておくようにしなよ」

 どうやらうっかり口に出してしまっていたらしい。

 どうも最近、こういった独り言の量が増えてしまっているような気がする。気がするとかじゃなくて、確実に増えている。親とかにも『一人で何言ってんの?』と、変な目で見られるし、気を付けないといけないな。

「そういう時は『こいつ、可哀そうな奴なんだな……』って思いながら、何も言わずそっとしておくのが本当の友達って奴だろ。……わかんないかな、そういうこと」

 などと、空元気でおどけてみせる。

「わからんね゜お前とは友達じゃないし」

 こいつは僕の内心を知ってか知らずか、さらっと酷いことを言いやがる。……地味にぐさりと突き刺さる。

「……友達じゃなきゃ、一体なんなんだよ」

「そりゃ´ただの腐れ縁でしょうな」

「腐れ縁、か……」

 それもどうなのだろうか。

 確かに、特に仲が良かったというわけではない。いや、仲が良い悪いといった区切りなんて、こいつとの間にはそもそも存在しないわけだけれど。しかし、その腐れ縁という言い方もなんだかしっくりと来ない。

なにせこいつとは生まれた頃からの付き合いだ。

仲の良い双子というわけでもないのにいつも二人して同じ服を着て、いつもいつでも人の真似ばかりしてくる。どこへ行くにも何をするにも気付けばいつでも隣にいて、ずっと一緒に並んで成長してきた。

僕らはいつでも一緒だった。

「そりゃ、まあそう言えばそうなんだろうけどな。……でも、もっと他に良さげな言い方ってものがあるんじゃないか? 心の友とか、ソウルブラザーとかさ」

「いや´ダサすぎてありえないから」

「……冷静な突込みをどうも」

 いやまあ、これでも一応は女の子なんだし、さすがにソウル『ブラザー』っていうのはちょっと無理があるか。……なんてことを考えていると。

「そうだな´じゃあ『お前が振られた相手の妹』なんてどうだろうね゜ぴったりじゃないか」

 先程以上の鋭い切れ味のナイフが突き刺さる。

「…………それこそないな」

 なんてことを思い出させるんだ。

 ……いや、本当は思い出してなどいない。

こうしてぶつくさ文句を言っている今だって、必死にそのことを忘れようとしている。脇目を振らずに全力でぶつかって、粉々に玉砕した過去だ。

「よく告白したよね゜あんな大勢の前で」

 あの頃は若かった、とも言えない程に最近。

 何を隠そう一週間前、始業式の日に新入生代表として壇上に上がり、教師や父兄などを含めた全校生徒の前で生徒会長に告白をし、ものの見事に玉砕してしまったのであった。そして、その告白相手の生徒会長というのが、あろうことかこいつの姉だったということだ。

「惚れちゃっても仕方ないよ゜うちの姉さんは優しいし´とっても綺麗だし´頭だってすごく良いんだもの」

 誇らしげにそんなことを言う。

 こいつの姉さんはみんなに慕われていた。特に妹には、とても好かれていた。いつだって妹の味方をしてくれて、でも間違いはしっかりと諭してくれる、自慢の姉だった。

 だから僕は彼女のことが好きだった。

「……とんだ赤っ恥だったよ」

「いや´いい告白だったと思うよ」

「…………それはどうだったかな」

 その顔をじっと見つめる。

 姉妹と言うだけあって顔はとてもよく似ていた。

 大人しく黙ってさえいれば、あの美人な姉によく似て整った可愛い顔をしている。髪は少し短いけれど、それもこいつの健康的なはつらつさをよく引き立たせている。……その内面と言うか性格をよく知っている身としては可愛ければ可愛い程、何とも残念な気分になるけれど。

 いや、それはともかく。

「いやいや本当゜全校生徒どころか教師や父兄の前で堂々の告白劇とは´かなり気合の入った告白だったよ」

「ああ、……おかげで学校の有名人だよ」

 この衝撃的な高校デビューのおかげで、見知らぬ生徒どころか教師からも『告白さん』と、親しげに呼ばれるようになってしまったよ。……思い出す度、悲惨だ。

「……やめときゃよかったな」

 溜息と共に愚痴を溢すしかない。

「なんだ´まだ立ち直ってなかったのか」

「そう簡単に立ち直れるものじゃないよ……」

 何といっても、初恋の相手だ。

 僕の初恋にして、もう十年以上は片思いし続けていた相手なのだから、受ける傷も結構なものだ。想っていた時間が長い程、鈍くその重い痛みは残っている。

 ……それに、こうして気持ちを伝えてしまった以上、また以前と同じように接することは難しくなるだろう。

 姉さんは気軽に話そうとしてくれている。

けれど、僕がその言葉に背を向けてしまうのだ。

 現に今だって、すぐに会って話せる距離に彼女がいるというのに、軽く『おはよう』と挨拶をかわすどころか、まともに顔も合わせられていない。

「まあ´あれだね。 インパクトはあったんだけど゜……新入生代表が用意された原稿を無視して´生徒会長宛のラブレターを音読するのはやり過ぎだったかもね」

「それを勧めたのは、確かお前だったよな!」

「それを決めたのは´確かお前だったよね」

 椅子から立ち上がり、正面から向かい合う。

「それでも´やめる機会はいくらでもあったよね゜私は背中を少し押したかもしれないけど´お前の手を引いて舞台まで連れて行ったってわけじゃないよ」

「……そりゃそう、だけどさ!」

 ……ああ、そんなことはわかってる。

 なんだかんだと理由を付けて、それでも結局はこいつに八つ当たりをしているだけだってことはわかってる。こいつに言っても、自分にそのまま返って来るだけだ。……それでも、納得なんてできなかった。

「何か言ったって´最後に何か決断するのはいつだって自分自身だよ゜それを人のせいにされたって困るから」

「いつだってそうだ。いつも言いたいことだけ言って、嫌なことは全部そうやって他人に押し付けてくる」

「……言ってもむなしくなるだけだと思うけどね」

 解りきっていることのように僕の言葉を受け流す。

「人生なんてものは面白ければそれでいいのさ゜傍からそんなお前の面白い姿が見られれば更にいいだろうね」

「……本当、最低だな」

 性格は最悪だが、こいつは姉に似て頭が良い。

 軍師タイプというか、上に立って人を上手く動かすのがやけに得意だ。しかし逆に、自分から何か動くようなことはあまりしない。リスク回避がやけに上手いのだ。

 ……臆病者とも言い直せるが。

「まったく、他人事みたいに言いやがって」

「まあ´そう怒るなって。 なんならじゃんけんでもして´どっちが悪いか決めようか゜……無駄でしょうけど」

「……ああ、どうせ時間の無駄だよ」

「私が負けるわけないからね」

 どうしたって、こいつを相手には勝てる気がしない。

 ……勝てる時など、果たして来るのだろうか?

「このままじゃいけないってことは、十分わかってる」

「わかっているのなら十分だよ゜後は行動すればいい」

「……でも、一歩が怖くて踏み出せない」

「背中は任せて゜またいくらでも押してあげるから」

「ああ、ごめんな。……もう、これっきりにするから」

 向かい合って、その手をそっと重ね合わせる。

 触れあった手は、意外なことにとても冷たかった。

「まったく´寂しいこと言わないでよ゜だって――」

「「いつも一緒なんだから」」


     ◆     ◆


「…………」

 春風に吹かれ、木陰に残る粉雪が舞う昼下がり。

 いったいどこから飛んで来たのか少し開いた窓から、小さな桜の花弁が、ひらりと一枚迷い込んできた。

「ねえ、お姉ちゃんがおやつ買って来たんだけど。……さっきからあなた、何をぶつぶつと言ってるのよ?」

 下から聞こえてくるのは、母親のそんな声。

「うん、わかった。……今行く」

 鏡に触れた手をそっと離し、そこに映る姿を見た。

 美人な姉によく似て、整った可愛い顔。髪は少し短いけれど、それも健康的なはつらつさを引き立たせている。文科系で大人しい姉と違って体育会系で活発ではあるが、頭は悪くない。中学では姉と同じように上に立って人を動かすことが得意な、よくできた優等生だった。

 ……だがそれも、入学式の日までのこと。

新入生代表として壇上に立ち、教師や父兄などを含む全校生徒の前で生徒会長の姉宛のラブレターを音読した、前代未聞の大馬鹿者へと変わってしまった。

 当然、その場には私たちの両親もいたわけで、その日以来我が家では、何とも居た堪れない空気が漂っている。

 ……けれど、そうして鏡とばかり向き合っていないで、今度はしっかり姉さんと、それから嫌な現実というやつと向き合わなくちゃいけない。

 私は一人だけど、独りじゃない。

「……じゃあ、行って来るよ」

 振り向く私に頑張れと声を掛ける。


 僕と私は友達じゃない。

 私が背中を向ける時、僕も背中を向けている。

 僕が私の方を向いた時、私は僕の方を向いている。

 僕らはいつでも向かい合わせで、他の誰よりもお互いのことを知っているけれど、決して隣り合うことはない。

 それでもきっと僕らは、腐れ縁という名の親友だった。




Fin


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