転移
凄まじい光が収まり、きつく閉じていた目蓋を開けて周りを見渡した。
「は?」
気づいたら真ん中に巨大な樹がある大きな広場にいた。 目の前の樹は優に数千mを超え、幹も壁の様に広い。 そのとてつもなく巨大な樹を囲う様に様々な色の森が存在している。
「よし。まず落ち着こう」
落ち着く為に数回深呼吸する。 しばらく深呼吸をしていると多少は落ち着いてきたので再度周りを見渡して状況確認を始める。
「うん、意味わからん。マジでどこよここ。気づいたら知らない場所でしたってどこのファンタジーだよ」
何度周りを確認してみてもここは知らない場所。夢や幻では無いらしい。
「取り敢えず助けを呼ばないとな。 こんなところに一人でいたら流石に死ねる」
そう思い助けを呼ぶためにポケットから携帯電話を取り出そうとした。
「ん? あれ? 無い……… 」
ズボンの右ポケット、無い。 左ポケット、無い後ろポケット、無い。 上着の胸ポケット、無い。
「いやいやいや、それは流石にまずくね?」
若干焦りながら探してみるが、しかしいくら探しても携帯電話は出てこない。
「ぬおおおおおおお⁉︎ ねえ!? 携帯どころか財布もねえ!!」
うがあああああ! と頭を抱えて吠えていると段々落ち着いてきたのでもう一度周りを見渡してみる。
「………よく見てみるとこの森かなり変だよな」
目の前にある樹を見てみるがとにかくデカイ。 高さは近すぎて分からないが、幹の方はこれは木製の壁ですと言われたらそのまま信じてしまえそうなぐらい広い。 そしてその樹の周りを、葉の先から根元まで全て赤や青、黒などと様々な色の木が囲う様に存在している。
「こんな巨大な樹があったら記憶にあると思うんだけど全く記憶にないな」
一度広場の端に行き中央の巨大な樹を見上げてみる。
「つかこれ一体どんだけデカイんだよ、天辺が霞んで見えないんだけど………」
しばらく唖然として木を見上げていたが首が悲鳴を上げ始めたので一度巨大な木の元に戻り、これからどうするかを考える事にした。
「ここにこのまま一人でいたら流石にマズイ。 多少危険でも森の中を探索するべきか………?」
このままだとマズイと思い森を探索する事を決める。 流石に丸腰のままで森に入るのは危険なので、何か武器になる様な物が無いか樹の周りを見てみる。 そして樹の周りを探索してみると一本の木の棒を見つけた。
「木の棒かよ……。 まあ無いよりはましか……」
木の棒を手に取りよく観察してみる。 長さ70cm程で重さも重すぎず軽すぎずと丁度いい位の重さ。 振り回してみると驚く程手に馴染む。 まるで自分専用に作られた特注品のようだ。
「………? 何だこれ? ………まあいいか。 武器も手に入ったし森の探索を始めるか………」
周りの森は全部で七色ある。 赤の森、茶色の森、黄色の森、青の森、緑の森、白の森、黒の森。
「………緑の森にするか。 何か一番森っぽいし。 つかなんだよ葉っぱの先から根元まで単色の木で構成された森って? 怖すぎんだろ…………」
緑の森に入ることに決め、足を踏み入れて慎重に進む。 しばらく森の中を進んでいくと急に強い風が吹き、思わず目を瞑る。 そして目を開けると、そこは今まで見ていた緑の森では無く、前後左右何処を見ても緑の葉に茶色の幹の木が乱立する通常の森であった。
「………もう驚かねえ、本当何処なんだよここ………」
若干の現実逃避をしながら森の中を進む。 すると何処からか動物の遠吠えの様なものが聞こえてきた。
「⁉ 今のってもしかして動物の声か?」
落ち着いて耳をすましてみるとやはり遠吠えの様な声が聞こえてきた。
「やばいやばいやばい!! こんな装備で野生動物に会ったらもれなく俺が今日の食卓に上がっちまう!」
俺は急いでその場から走り出す。木を躱しながら走る。 走る。 走る。 今までに無い速さで森の中をデタラメに走り抜ける。
しかし動物の方も獲物が逃げ出したのに気づいたのか、後ろの方から草を踏みつける音が多数聞こえてきた。
「クッソ!! よりにもよって群かよ!」
しばらく動物から逃げていると何処からかポーンと言う間抜けな音が聞こえてきた。そして直接脳内に音声が流れてくる。
《称号系スキル【逃走者】を獲得しました。敵対者から逃走する場合、身体能力が上昇します》
「………ははは、なんだよそれ。 スキルってなんだよ、思いっきりファンタジーじゃねえか!」
悪態をつきながらも走る事はやめない。先程と比べ段違いの速さで森を走り抜ける。しばらくすると目の前に川が見えて来たので横断しようとしたが、流れが速くとてもじゃないが渡れない。
「畜生! マジかよここまで来て行き止まりかよ!」
そうして川の前で立ち往生してると後ろから唸り声が聞こえて来たので恐る恐る振り返ってみる。 するとそこには体長二m程の狼が4匹こちらを見ていた。
「クソッ! ここまでなのかよ………!」
逃げようにも後ろは流れの速い川。 左右と前は既に狼に包囲されている。もう逃げ場はない。覚悟を決めて手に持っている木の棒を狼達にに向けて構える。
「………いいぜ。 来いよ犬公、ぶっ飛ばしてやる! こんなわけ分からん所で死んでたまるか!!」
それが合図になったのか、まず目の前の狼が飛びかかってくる。 それを手に持った木の棒で迎撃する。
「オラァ!!」
気合一閃。 その一撃は見事狼の脳天へと直撃する。 すると狼は錐揉み回転しながら吹き飛んで行き、十m以上離れている背後の木に激突した。その狼は一瞬痙攣した後すぐ動かなくなる。
「………え?」
………あり得ない。 いくら全力で殴ったとはいえ体長二m程の生物を十m以上吹き飛ばす何て芸当、人間に出来るわけが無い。そもそもそんな事しようとする力で生物を殴り飛ばすのであれば、手に持っている木の棒では余りにも軽くて細すぎる。
流石に折れているだろうと思い、手に持つ木の棒に視線を落とす。
「………ありえねぇだろ」
そこには、折れているどころか罅一つの入っていない拾った時の状態の木の棒があった。
唖然とそれを見ていると、仲間を殺されて興奮したのか、激しく吠えながら残りの狼が一斉に飛びかかってくる。
(っく! 考え事は後だ! 今はここを生き残る事だけを考えろ!)
狼達の攻撃を前に飛ぶことで回避する。 そしてすぐさま体制を立て直し、今だこちらに背を向けたままの狼に向かって木の棒を振り上げながら素早く近づく。
「潰れろぉおお!」
上段に構えた木の棒を狼の胴体へと思いっきり叩きつける。 するとその直撃を受けた狼は轟音と共に地面にクレーターを作った。 その衝撃で土が舞い上がり視界が効かなくなる。 残りの狼の追撃を警戒していたが、しばらくすると土煙が晴れ周りを確認してみると狼の姿はすでになく、残っているのは木の下で死んでいる狼と、クレーターの中で文字どうり跡形も無く潰れた狼だったものの血溜まりだけだ。
「………はぁ。 な、何とか生き残ったな………」
緊張の糸が切れ、その場にへたり込む。 するとまた先程聞いたポーンという音が二度聞こえてきた。
《称号系スキル【孤軍奮闘】を獲得しました。 単独で戦闘する場合、身体能力が上昇します》
《称号系スキル【初撃決殺】を獲得しました。 敵対者に与える最初のダメージが増大します》
「またか………本当にここは一体何処なんだ………?」
スキル、以上にデカイ樹、単色の木で出来た森。 どれもこれも今まで見たことも聞いたこともないような物ばかりでここはもう自分が知っている世界では無いのではと思い始める。 そんな思考を巡らせていると、先ほどの狼とは比べ物にならないほど恐ろしい雄叫びが聞こえてきた。
「!? 今度は一体なんだよ!?」
脚が竦みその場から動け無い。 雄叫びと共に木をなぎ倒しているような音が段々近づいてくる。 迷わずこちらに向かってくる気配を感じて疑問に思うが直ぐに答えは出る。
(っ………そうか、血の匂いか………!!)
先ほど叩き潰した狼の血の匂いを辿ってこちらに近づいて来てると気づき、何故あんな倒し方をしたのかと毒づく。 そして “それ” は姿を表した。
「な………あ………」
絶句する。 目の前に現れたのは全長五m以上の大型の熊モドキ。 それだけならただのデカイ熊で済む。 しかしそれは普通の熊が持っているはずのないものを持っていたからそれは………
「腕が………四本だと………?」
そう、それは持っているはずの無いもう一組の腕。 四本の腕がある正真正銘の化け物だった。
それは一本の腕を上に上げ思いっきり振り下ろした。
「!?」
凄まじい悪寒を感じ取り、自身の生存本能を信じて横に全力で跳ぶ。 そして地面に横たわったまま数瞬前まで自分がいた地面を見てみるとが大きく抉れていた。 熊モドキと自分の距離は十m以上離れている。 意味が分からず混乱するがこのままではマズイと思い立ち上がって逃げようとする。
「………あ………れ………?力が入らない………?」
しかし逃げようにも何故か体に力が入らず立ち上がれない。 しばらく足掻いていると体に影が差す。 それと同時に背後に凄まじい死の気配を感じた。 恐る恐る背後を振り返ってみるとそこには四本の腕を持ち、離れた場所をも攻撃する事が 出来る化け物がいた。 腕を振り上げるのを見て、悪足掻きを辞め目を瞑りその時を待つ。 そして凄まじい衝撃が体を襲った。 吹き飛ばされ背中が木と激突する事でようやく動きを止める。
「ゴホッ! い、一体何が………!?」
木に持たれかかり朦朧する意識の中、何故まだ自分が生きてるのかと疑問に思い、先ほど自分がいた場所に視線を向ける。 そこには、剣や槍、斧など数多の武器によって串刺しにされた熊モドキだったものが倒れることもできず死んでいた。 そして自分に何かいいながら駆け寄ってくる一人の女性。
「あ、ありがとうございます………」
薄れゆく意識の中、自分を助けてであろう女性に礼を言い、何か言っているのを聞きながら意識を手放した。