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第一章・星夜 (5_2)


 愛稀は昨日の昼下がりの出来事を話し始めた。雷也は睨みつけるような目で愛稀を見つめていた。愛稀は威圧感に少し戸惑ったが、話していくうちに緊張は解け、自然に話せるようになっていった。話の合間に見せる彼の相槌は、話をちゃんと聞いてくれているという安心感をもたらしてくれる。その点が、凜とは違っていた。


「なるほどな――」


 愛稀の話を聞き終わると、雷也はソファの背もたれにもたれかかり、しばし顔を上に向けた。


「たまたま知り合った発達障害の少年に興味をもった、か。だが、話を聞く限り、発達障害にしてもかなり独特な症例に思えるな」


「えっ、一体どういうところが――」


「その前に――」


 愛稀の言葉を遮るように、雷也は言った。


「今から言うことは、飽くまであんたの話を又聞きして感じたことだ。実際その少年をこの目で診察したわけじゃねえ。その前提で話を聞いてくれるか?」


「分かりました」

 と、愛稀は答えた。雷也は話を続ける。


「俺の専門は精神医学だ。発達障害も近年の精神医学の大きな感心事として、本も読んだし、実際に当事者に会って症状を見たりもした。それを踏まえて思ったことは、その少年と俺が見てきた発達障害をもつ人々とは、どうにも似つかないということだ」


「そうなんですか?」


「ああ。確かに、発達障害をもつ人に、知的レベルや対人関係に不具合が出るケースは多い。ただ、それでもその少年のように、何も言葉を発さず、周囲の言動にも殆ど反応しないなんてことはない。苦手はあっても、まったく備わってないわけじゃないんだよ。無関心に見えて、何かしら周囲の状況にそわそわしていたり、目が泳いでいたりするもんだ」


「でも、星夜くんも、私たちの行動にまったく反応しなかったわけじゃないけれど……」


 蟻を踏み潰すのを止めた際、メロンソーダを飲むように勧められた際、彼はすぐにそれらに従っていた。だが、愛稀がそう告げると、雷也は首を横に振った。


「俺には、ただ身体で感じたり、目に入ったりしたものに反応しただけのように思える。眩しさに目を細めたり、梅干を想像して唾液が出るようなもんだ。あんたの話を又聞きする限りだが、何とゆうか――俺にはその子の行動に魂がこもっているとはどうにも思えない」


「魂――?」


 愛稀は彼の言葉を反芻する。


「ああ。分かりやすいように具体的に話そうか――。発達障害の代表格に自閉症ってのがある。聞いたことはあるだろ?」


 愛稀は頷いた。昨日、その病気をもつ子の育児経過をつづったブログを閲覧したところだ。詳しいことまではまだ分かっていないが――。


「自閉症は、周囲への関心が薄く、特定のものにこだわり続けるというのが大きな特徴だ。だが、その特性の本質は、本人の心の動向にあるのではないかという説がある。要は、未知のものと触れるのが怖くて、慣れ親しんだことに安心感を覚える、という心理だ。障害があると言われる人であっても、その特性の裏には、その人の心が関わっているってことさ。その点、普通の人間と何ら変わりはねえ」


「でも、星夜くんの場合は違う?」


「そういうことだ。その子の心は、この世界から隔離されている、そんなふうに思えた。あんたから今聞いただけだし、仮にもメディカル・サイエンスに身を置く者として、普段は憶測だけで語るのは避けるんだけどな。どういうわけか、今回ばかりはその印象が拭えないんだよ」


 雷也の言葉に、愛稀自身同じような印象を抱いていることに気がついた。彼と出逢った際に抱いた違和感は、おそらく雷也が今抱いている印象と同じものだった。この世界に存在していながら存在していない、そのようなちぐはぐなイメージが滲み出ているのだった。


 あの星夜という少年は、人に強い印象を与える何かをもっているのかも知れない。又聞きした雷也にまでその印象が伝わるとすれば、それは人智を超えた大いなる力だ。愛稀は星夜に得体の知れないものを感じた。けれど、それは決して気持ち悪いとか、関わりたくないと思えるものではなかった。むしろ、もう一度逢いたい。あの子に惹かれた理由をこの目で確かめたい。愛稀の好奇心は、そんな思いにくすぐられた。


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