第四章・回想 (5_1)
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「――それが、愛稀が施設でボランティアを始めたいきさつってわけね?」
遙は愛稀に問いかけた。愛稀はこくりと頷いてみせる。かいつまんで話していたつもりだが、それでも相当長い話になってしまった。恋人である凜と一線を超えた話など、他人に話せないような部分は端折ったが、それでもこれまでの経緯を詳しく話せば、結構なボリュームになることは必至であった。そんな話を遙はずっと聞いてくれていた。それは本当に有難いことだった。
「いいんじゃない。私は応援するわよ。――でも、実際やってみてどう? 大変なんじゃない」
「そりゃあ、ものすごく大変だよ――」
愛稀のため息まじりの返答には、とても実感がこもっていた。
「施設に来た人たちの身の回りのお世話を、全部私たちスタッフがやらなきゃいけないの。利用者の中には、まったく会話ができなかったり、身体が動かせない人もいて、そういう人たちにどうしてあげたらいいのか、常に考えさせられるし」
「スタッフも大変ね」
「ほんとに――。先輩のスタッフに聞いたんだけど、新しい人を雇い入れても、たいてい3日もたないんだって。なのに、施設には利用希望者が続出しているし。だから施設は常に人員不足で、随時アルバイトやボランティアを募集してるよ」
「そんなハードなところ、愛稀はやっていけるの?」
「今のところはまだ頑張れそうかな。実際、入って間もないし、簡単なことしかやらせてもらってないんだけど――。でも、あまり気張りすぎても、かえって他の人の足を引っ張っちゃいそうだしね。無理はせず、少しずつできることを増やしていくよ」
自分のできる時に、できる範囲のことをする。愛稀はそういうスタンスでいた。それが息切れしないようにするための自分なりのやり方だと思う。それに、施設の見学に赴いた際、採用担当の樋口からこのようなことを言われていた。
『働くというより、利用者さんと同じ空気を共有する。そんな風に思ってくれた方が、こちらとしても有難いです』
仕事として割り切るのではなく、同じ人間として関わる心を大事にして欲しい――。樋口はそんなことを自分に伝えたかったのだろう。愛稀は彼の言葉をそんなふうに理解していた。
「それにしても、気がかりなのは星夜くんの母親の件よね……」
遙が言った。確かにその件は、あれ以来何も進展していないのだった。愛稀がボランティアを始めて以来、彼女は光代に一度も会っていないのだ。
「うん、確かに心配ではあるけれど――」
愛稀はそう言ってテーブルへと目を落とした。
「でも、私思うんだ。光代さんにも心の整理が必要だって。あの人は、現実を受け入れることができなくて、偽りの希望にすがることで、苦しみから逃れようとした。でも、それは目の前で打ち砕かれ、逃げ場を失ってしまった」
ともすれば、目の前に残されたのは現実だけだ。今まで逃げ回ってきた分、重すぎる現実だろう。今、向かい合ったなら、きっと彼女はその重圧に押しつぶされてしまう――。
「――だから、今の状態は、光代さんが自分の気持ちに整理をつけ、現実を受け入れる覚悟をするための猶予期間のようなもの。私はそう信じたい」
「そうね。いつかその人も、受け入れる時が来ればいいわよね」
愛稀の言葉に、遙は微笑みながら返した。
「大丈夫、時間がきっと解決してくれるよ――」
愛稀は半分祈りを込めて、この言葉を口にしたのだった。




