第四章・回想 (4)
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愛稀は帰るなり、男性から渡された名刺に書かれた番号に電話をかけてみた。数回の呼び出し音の後、電話口からはつらつとした女性の声がした。
「ご用件は?」
と、女性は訊いてくる。
「あの――、ちょっとそちらの施設に興味があって、電話させてもらったんですけど」
「ご家族でうちを利用されたい方がいらっしゃるのですか?」
「いえ、そういうワケじゃ」
「では、アルバイトやボランティアといった、スタッフをご希望ですか?」
「そういうことですかね……?」
愛稀は言った。まだはっきりそうしたいと決めているわけではないが、用件としてはそういうことになるだろう。
「分かりました。担当の者に代わりますね」
女性がそう言った後、電話は保留となった。
「お電話代わりました。採用担当の樋口と申します」
しばらくして、男性の声が聞こえてきた。
「あ、どうも」
「スタッフ希望ということですね」
樋口と名乗る男性はそう確認してくる。愛稀は「はい、まあ……」と曖昧に答えた。
「アルバイトとボランティア、どちらでご希望ですか?」
「ごめんなさい。まだはっきりと決めていないんです。ただ、ちょっとそちらに興味をもつきっかけがあって、どんなところなのかなって思って――」
「なるほど――。では一度、こちらに見学に来られてはいかがですか」
樋口はそう提案してきた。
「そうですね――。そうします」
「では、あなたのお名前を教えてもらえますか?」
「あ、はい。日下 愛稀です――」
樋口はそれから、彼女の住所や電話番号、見学希望の日時などを質問し、愛稀はそれらに対し随時答えていった。このような事務的なやりとりを一通り済ませ、見学の予約が完了した後、樋口は訊いてきた。
「ところで、差し支えなければ教えてもらいたいのですが――当施設に興味を持たれたきっかけは、何だったのでしょうか」
「たまたま、友人がそちらを利用していることを知ったんです」
「どちらの利用者さんですか?」
「平沢 星夜くんという子です」
愛稀が答えると、樋口は「ああ――」とため息を漏らした。どうやら誰なのかピンときたらしい。
「それでしたら、彼に会いに訪問されるということでも構いませんよ。ですが、もしスタッフとして働くことになれば、星夜くんだけでなく、他の利用者さんとも関わらないといけなくなりますが、その辺はどうですか?」
「うーん――」
と、愛稀は少し考えてから言った。
「折角なので、色々経験もしてみたいとも思っています」
「まぁ、その辺りも、見学してみた上で考えられればいいかと」
「そうですね――」
それから何言か会話を交わした後、愛稀は電話を切った。樋口は物言いが柔らかく、優しそうな印象のある人だった。そういうスタッフに囲まれていれば、星夜くんも安心かな、という気もする。
(それでも実際どんなところか、はっきり分かったわけじゃない。見学の時、しっかりこの目で確かめてみよう)
愛稀は思った。星夜に関することは、どうも彼女には他人事に思えなかった。彼は、短い間ではあったが、深い関わりのあった少年なのだ。
――
後日、見学のため施設を訪れた愛稀は、星夜を含む利用者の様子や彼らのケアをするスタッフの働きぶりを目の当たりにし、感銘を受けた。そしてその場でボランティアスタッフの登録を済ませたのだった。
アルバイトではなくボランティアという形態を選んだのは、彼ら利用者の世話を、金銭という利害関係の下で行いたくないという、彼女なりの想いからであった。




