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第四章・回想 (3_2)


 翌朝、ふたりでアパートを出て、近くのファーストフード店でモーニングセットを食べた後、凜は研究室へと向かっていった。昨晩、一線を超えたというのに、相変わらず素っ気ない態度でいるところが、彼らしいといえば彼らしかった。


 愛稀は自分のアパートへと帰っているところであった。大きな公園の中に入り、並木道を歩く。日が昇り気温も上がってきたため、暑さをしのぐ目的もあったが、何より公園を通れば家までの近道になることが大きかった。


 ふと、前から歩いてくる2人組に目がいった。ひとりは長身で顎ひげを生やした男性、そして男性に付き添われるようにして歩いている少年を見て愛稀は驚きを隠せなかった。


「星夜くん!?」


 愛稀は大きな声をあげ、走っていった。長身の男に手をつながれて歩いているのは、平沢 星夜だった。


「……この子のお知り合いですか」


 長身の男は立ち止まり、抑揚のない声で言った。無表情でやせており目に光はない。ぱっと見、暗い印象を受けた。


「ご家族の方?」


「いえ、友人です」


 愛稀の答えに、男性は「友人?」と怪訝そうな顔をした。愛稀は少しムッとした。星夜と友だちで何が悪いのだろうか、と思う。けれど、彼女は気を取り直し、さらに質問を重ねた。


「あなたは?」


「私はこの先にある支援施設の者ですが」


「支援施設?」


「この子のような方のケアをする福祉支援施設ですよ」


 愛稀はこの辺りにそのような施設があることをはじめて知った。


「――星夜くんはいつからそちらの施設に入られてるんです?」


「つい最近ですよ。3日ほど前だったかな。この子の母親が、ウチでは面倒をみることが難しいといって預けていったんです。本当はうちの施設は通いが殆どで、宿泊は特別な場合のみになるんですが、この子の母親はこの子をなかなか迎えに来ません。おかげでこっちの仕事が増えてねぇ――」


 男性はその表情にありありと疲れをたたえていた。よっぽど仕事が大変なのだろうと思わせる。同時に、愛稀は光代と星夜の関係が今、そのようになっていることを知った。光代が星夜をすぐに受け入れられるとは思えなかったが、その心配が見事的中したということになる。


「もういいですか。まだこれから、色々とやることがありますので――」


「あ、あの!」


 歩きだそうとした男性を、愛稀は呼び止めた。


「……何です?」


「よかったら今度、そちらの施設にお邪魔してもいいですか」


「構いませんよ」


 男性はすぐに答えた。


「見学やボランティアの募集も随時行っていますし。――こちらの電話番号に連絡していただければ」


 男性は愛稀に名刺を差し出した。名前の下に施設の名前と電話番号が明記されている。


「分かりました。連絡してみますね」


「はい。それじゃあ」


 男性は素っ気ない態度のまま、星夜を連れて立ち去ろうとした。


「またね、星夜くん」


 愛稀がその後ろ姿に声をかけると、星夜は立ち止まってふとこちらを振り返り、まっすぐな視線で愛稀の方を見た。


「ほら」


 男性がものぐさそうに星夜の手を引っ張った。星夜も男性に素直に従い、ふたりは愛稀のもとを離れていった。去りゆく姿をしばらく見送ってから、愛稀も反対側へと歩きだした。


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