第四章・回想 (3_1)
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酔いで気持ちが大きくなったためか、結構な我儘を言ってしまったような気もする。居酒屋を出た時、まだ電車は動いていた。自宅のアパートに帰ることも十分に可能だったのだ。
「今晩、泊めて」
それなのに、店を出た愛稀が発したのは、この言葉だった。凜はすんなり承諾した。ふたりはその場で雷也と別れ、凜のアパートに帰ることと相成ったのだ。
初めは暑かった部屋も、エアコンをつけてしばらく経つと、程よい室温になってきた。ふたりはベッドの隅に並んで腰かけ、コンビニで買ってきた缶ビールと酎ハイをそれぞれ空けた。“飲み直し”という行為は、愛稀にとって初めての経験であった。最初からほろ酔いだった身体にさらにアルコールが入り、彼女は気持ちよく酔いに身を任せていた。
そんな中で、ふと愛稀は言った。
「そういえば、私たちってさ、恋人らしいことまだ殆どやってないよね。それどころか、互いの気持ちさえ、まだ確かめ合ったことがない」
ふたりが出逢ってからこれまで、食事以外でデートらしいことをしたことはなく、「好き」という言葉さえ、愛稀が告白した時以来、互いにかけ合うことはなかった。友達と呼べるかも分からないそんな状況が、彼女が彼と恋人である意義を疑う大きな要因になっていたのだ。けれども、もう迷わないという愛稀の決意は固かった。
「私、あなたが好き。あなただからこれだけ好きになれたんだと思うし、あなたも私を好きでいて欲しいと思うよ。私たち、恋愛というものにまだ慣れていないし、すれ違うこともあるかも知れないけれど、少しずつでも関係を深めていけたらと思うんだ」
「ああ、そうだな――」
凜の返答は短かったが、愛稀にはそれで十分だった。彼も同じ気持ちでいると分かったのだ。愛稀は、凜が握っているビールの缶を取り、自分の酎ハイの缶と一緒にテーブルに置いた。そして、凜の正面へと向き直り、彼の首へと腕を回した。ほんの一瞬の瞬きの後、彼女は勢いよく、彼の唇に自分の唇を押し当てた。
「――キスするのも初めてだよね」
唇を離し、吐息まじりの声で言いながら、愛稀はうっとりした表情で言葉を続けた。
「凜くんが望むのなら、私、この先まで行っちゃって構わないよ――」
そこから、どういう順路を辿ったのか、記憶は曖昧だった。気づけば、暗い部屋の中で愛稀は彼に抱かれていた。自分から身体を横たえたのか、彼に押し倒されるような形になったのかさえ、覚えていない。それだけ自然な流れ――なるべくしてそうなったのだろうと、彼女は思った。
愛稀はただ、胸の奥で幸せがじんわりと滲み出るような感覚に浸っていた。ふと窓の外を見る。空には満天の星が広がっていた。彼女は、片手は彼の身体をしっかりと押さえながら、もう片方の手を天へと伸ばした。今なら星にも手が届きそうだと思った。




