第四章・回想 (1)
(第四章・回想)
1
8月も半ばを過ぎたある日の昼下がり。
間宮 遙は腕時計を見た。約束の時刻からは15分ほど過ぎている。彼女は今、カフェ『プレシャス・ブレイク』の店内にいた。注文したアイスカフェラテは、すでに半分が減っている。
ふと入口の方を見やると、ちょうど愛稀が入ってくるところだった。彼女はキョロキョロと店内を見回し、やがて遙の姿を発見して、おもむろに手を振った。
「遙ちゃん、ごめん、遅くなって――」
たたたた、と駆け寄ってくる愛稀。近くで見れば、彼女は急いでやって来たのか、汗をだらだら流していた。ハンカチで拭くも、1枚だけではすべて拭いきれそうにない。遙は鞄から自分のハンカチを取り出し、愛稀に手渡した。愛稀は礼を言ってそれを手に取り、早速使い始める。
「忙しかったみたいね」
遙が言うと、愛稀はせわしなく汗をふきふきしながら応えた。
「うん。ボランティアが思った以上に長引いちゃって――」
今回、ふたりが落ち合ったのは、互いの近況報告も兼ねてのことだった。特に、目玉となるのは、愛稀がおよそ2週間前から始めたという、ある施設でのボランティア・ワークのことである。
「でも、愛稀がそんなところで働きだすなんて、意外だったわ。一体、どういう理由があってのことなの?」
これまで人に頼りっぱなしだった愛稀が、人のために働くということが、遥には想像がつかなかった。決意のきっかけを知りたいと思っていたのだ。
「――長い話になるけれど、構わない?」
「いいわよ。時間はたっぷりあるし、ぜひ聞かせて」
「分かった。その前に――」
愛稀は苦笑いを浮かべ、拝むようなポーズをとった。
「飲み物買ってきていい? 喉乾いちゃった」
「別にいいわよ」
「ごめんね。ちょっと待ってて」
愛稀は立ち上がり、店内のレジカウンターの方へと向かった。メニューを眺め、店員にアイスココアと応える。店員はレジを操作し、画面に表示されたココアの値段を読み上げた。そして、グラスを取り出し、注文したドリンクの用意を始める。
その間に財布からお金を出しつつ、愛稀は考えていた。席に戻ったら、どこから話し始めようか。事の発端は、あの少年と出逢ったことに違いない。実際、愛稀がボランティアを始めたきっかけは、彼のためであったのだから。
そうは思ったものの、そうなると話の内容が相当長くなってしまうように思えた。科学真理研究会との騒動の後も、色々あったのである。そして、愛稀がボランティアを始めた直接的なきっかけは、例の騒動の後に訪れたのであった。愛稀はその辺りの出来事について、ひとつひとつ思い返してみることにした。遙に話す際には、端折ったり、話を前後させたりする必要はあるだろうが、自分の中で出来事を整理したかった。
「……あの、お会計」
声をかけられ、はっとなる。見れば、店員が少し困った表情を浮かべていた。アイスココアはすでにボードの上に準備され、支払いをする段になっていたのだ。ぼーっとしてしまうという悪い癖がまた出てしまったようだ。
「あ、ごめんなさい。考えごとしてて――」
愛稀は慌てて店員にお金を支払った。