第三章・深淵 (8)
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白馬の号令で、彼の後に続いていた連中は動いた。少ない人数ながらも、周りの状況を制圧してゆくさまが見てとれた。
白馬がゆっくりと愛稀たちに向かって歩いてくる。愛稀は身構えた。彼が自分たちに対しどのような行動をとるのか、測り知ることができなかったのだ。しかし、彼は愛稀たちに向かって微笑んでみせた。
「――あなたたちのおかげで、我々の作戦を簡単に遂行することができた。礼を言う」
がくん、と愛稀は肩透かしを喰らった。てっきり白馬が何か仕掛けてくるのだと思っていた。
「……作戦?」
「我々は、コスモライフ教の元幹部、石山 満男の命令でこのアジトに潜り込んだのだ」
「石山先生の?」
「そうか。そういうことだったのか――」
ふいに大きな声をあげたのは凜だった。
「どういうこと……?」
愛稀はキョトンとした顔で凜に訊いた。
「思えば不思議なことだった。石山先生は、四華 良哉がこの教団を開いたことや、僕らの関係まで知っていた。教団からも大学からも去り、一線を退いたにしては、彼は妙に色んなことを知りすぎていたんだ」
「それってつまり……どういうこと?」
再び質問を重ねる愛稀。
「つまり――、石山先生は引退した後も探りを入れていたんだ。おそらく、彼の息のかかった人間をスパイとして、状況を報告させていたんだろう」
白馬はフッと笑った。やっと分かったか、とでも言いたげな顔つきだ。
「なんてことだ――。またも、あの老害が私の信念の邪魔をするのか」
四華は、2人の信者に抱えられながら言った。
「だが、私はまだ諦めないぞ。いつか、私の行っていることが正しいと、証明してみせる」
その言葉を残し、信者たちに連れて行かれる四華。その姿を見ながら、愛稀は呟いた。
「複雑だね……」
「何がだ?」
「あの人だって、決して悪い心があるわけじゃない。少なくとも、あの人の信念は本物だと思うよ。なのに、私たちは、あの人と戦わなきゃならない。お互い、正しいことだと思っているのに、敵対しなくちゃならないなんて――」
「仕方のないことだ」
白馬はそう応えた。
「いくら自分が正しいと思っていても、彼の考えや行動はとても危険なのだ。だから、我々はそれを止めざるを得ない」
愛稀は悲しげな顔をして言った。
「どうして人って、こうも分かり合えないのかな。もっと想いを伝え合うことができればいいのに――」
愛稀は、四華のことはもちろん好きではない。彼の考えには賛同できないし、やり方には怒りを覚える。けれど、彼女は彼のことを、心の底から憎むことはできないのだった。
白馬は、愛稀、凜、雷也を交互に見やりながら言った。
「さあ、これ以上話をしている時間はない。この場は我々が抑える。君たちは、早くこのアジトから出るのだ」
「分かりました。でも、ひとつだけ――」
愛稀は星夜のもとまで歩いてゆき、彼の腕を掴んだ。
「この子だけは連れていきます」
「いいだろう」
と、白馬は応えた。
3人は星夜を連れ、エレベーターで1階まで降りた。そして、出口へと向かおうとしたその時――、
「どこへ行くんですか?」
背後から声がした。振り返ると、星夜の母、光代がこちらをじっと見つめていた。
「星夜を一体、どこに連れて行くつもりですか――?」




