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第三章・深淵 (6_1)


 6



 ビルの最上階の壇上に、愛稀と星夜は祭り上げられていた。


「愛稀――」


 凜は彼女の名を呼んだ。だが、愛稀は虚ろな目を落としたまま、何も応えない。


「これは、どういうことなんだ」


 凜は四華を睨んだ。四華は平然とした顔で言った。


「彼女には真理の探究をしてもらっているところですよ」


「探究だと?」


「そうです――」


 四華は星夜の方へと視線をやった。


「あの少年の魂のいる世界を、彼女は今感じていることでしょう。ほら、ごらんなさい、ふたりの手はしっかりとつながれているでしょう?」


 確かに愛稀と星夜の手はがっちりとつながれていた。


「ふたりの手は、数日の間ずっとあの状態なんです。我々が離そうとしても離れません。――まあ、あえて離す必要もありませんが。あれはふたりが今、同じ世界を共有していることの証なのですから」


「……彼らがあんなところに祭り上げられているのはなぜだ。信者たちの信仰のよりしろにでもするつもりか?」


 四華はフン、と鼻で笑ってみせた。


「以前あなたにお話したことがあるでしょう。我々は宇宙の真理を日々追い求めていますが、それだけでは大勢の人々を救うことはできない。救いを求める人々には、教団の教えや真理を伝えるよりもまず、疑いを捨ててもらうことが必要なのです。そのために一番いい方法は、信じるべきものを目に見える形で相手に伝えることなのです」


 四華の言葉で凜が思い浮かべたのは、仏像やキリストの像だった。信仰の対象の姿を模した彫刻を、あたかも本物のように崇め奉ることは、多くの宗教にあることである。


「幸い、宇宙の真理に最も近いふたりが、我々の手元にあるのです。使わない手はありませんよ」


「『使わない手』だと? 彼女たちを道具とでも思ってるのか」


 凜はひとりでに拳をぐっと握りしめていた。愛稀も星夜という少年も、生身の人間なのだ。それを四華は自らの勝手な都合で、あたかも物のように扱っている。彼は、そんな四華に対して怒りを覚えずにはいられなかった。

「やはり――あなたがたには何を言っても無駄なようですね」


 四華はそう言って、手を2度、打った。すると扉が開き、黒づくめの衣服に顔を面で隠した人々が、何十人も入ってきたのだった。


「ここにあるのは、我々に害をなす者たちです。連れ出しなさい」


 四華が大きな声で言う。信者たちはじりじりとこちらに詰め寄ってきた――。



――



「黒い雲が渦巻くのを感じる……」


 愛稀はそう呟き、閉じていた目をはっと開いた。


「遠い世界の出来事ですよ」


 愛稀の言葉に星夜が返した。愛稀はさらに言葉を続けた。


「向こうの世界で何かが起こってる」


「僕らには、もはや関係のないことですよ」


 星夜は、今度は間髪入れずに返した。彼を見れば、彼は相変わらず穏やかな微笑みを浮かべている。しかしその目は、微かに不安げな色をたたえていた。


「あちらの世界に戻りたいと思っていますか?」


 星夜はそう尋ねた。


「そ、それは……」


 愛稀は口ごもった。そうであるとも、そうでないとも言えなかった。


「今、あちらの世界に戻ることがどれだけ危険なことか。あなたにも分かっているはずです」


「う、うん。そうだね――」


 愛稀は再び目を閉じた。それでも、気持ちはどうにも落ち着かない。



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