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第三章・深淵 (5_2)


「SDR配列――ご存知ですよね。自らの精神を、スピリチュアル・ワールドに投影するためのパスポートとなる配列です。自身の染色体上に、あなたも持っているはずだ」


 愛稀はこくん、と頷いた。


「SDR配列の長さとこの世界にアプローチする能力は比例する。このこともご存知でしょう」


「うん。凜くんがそんなこと言っていた気がする――」


「僕は生まれつきそのSDR配列の長さが、他の配列保有者の何倍も長いんです。しかも、ひとつの細胞内に、その配列がふたつ存在している。つまり、姉妹染色体の双方にSDR配列が存在しているんです」


「どうしてそんなことが――?」


 愛稀は訊いた。話によると、配列保有者の細胞を調べても、大抵はSDR配列は、父母どちらか一方のみから受け継がれる。それは、SDR配列保有者自体が少なく、両親がそろって配列保有者である可能性は、確率論的にいっても殆どないからだという。


「さあ――、詳しくは分かりませんが、何らかの事情で、一方の染色体上のSDR配列が、もう一方の染色体にコピーされたのかも知れませんね」


(組換えが起こったってことかな――)


 愛稀は思った。先日、大学の講義で相同組換えについて習ったところであった。染色体上のDNA配列が、別の類似の配列によって組み変わる現象である。先生の話によれば、遺伝子欠損の原因にもなれば、逆に傷ついたDNAの修復にも関わる重要な現象なのだそうだ。


「ともかく、それらの要因から、僕は生まれつきこの世界に関わる能力が、他の人の何倍も高いんです。そのため、生まれた時、いや母親の胎内にいる時から、僕の魂はこの世界と向こうの世界との行き来を激しく繰り返してきた。その結果、僕の精神は遊離したまま肉体に還ることができなくなり、最終的にはこの世界に閉じ込められてしまった」


「還ることができなくなった、って――?」


「例えば、壁にボールを何度も投げつけていれば、ボールがうまくバウンドせずにあさっての方向に行ってしまうこともあるでしょう。それと似たようなものです」


 どうです、僕の境遇について、少しは分かってもらえましたか――と、星夜は訊いた。愛稀はこくりと頷き、悲しげな表情を浮かべて言った。


「星夜くん、かわいそう。ずっとひとりぼっちだったんだね」


「――え?」


 星夜は意外そうな顔をした。愛稀がそんなふうに切り出すとは、思っていなかった。


「でも、これからは私も一緒にいてあげるよ」


 愛稀は続けて言った。星夜はこんな空間に閉じ込められ、今まで誰とも触れ合うことができなかったのだ。『その子の心は、この世界から隔離されている』――先日、雷也が愛稀の話から予想したことは正しかったのである。愛稀はそんな星夜の境遇を哀れに感じ、また彼のそばにいてあげたいと、心の底から願うのであった。



――



 それから、愛稀はずっとこの場所にいた。今、精神を現実世界に戻すことが危険であるという理由もあった。だが、それ以上に、愛稀は星夜のそばにいてあげたいと思っていたのである。


 星夜は物腰がとても柔らかく、高校生とは思えないくらい落ち着いていた。愛稀の方が年上にもかかわらず、むしろ彼女の方が彼に甘えたい気持ちになってしまう。


 穏やかでゆったりと時は流れ、愛稀はこれからもずっとここにいてもいいかな、と本気で思い始めていた。その反面、心のどこかで、それではいけないと思う自分もいた。けれども、どうしてそんな気がするのか、自分でも分からなかった。


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