第三章・深淵 (4)
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通された先で、凜も雷也も驚きを隠せなかった。
ふたりは、応接室に通されたのだが、部屋の外壁に大きな穴が開いていた。壁は分厚く、ハンマーでブッ叩いたとしても、こんな穴は開かないであろう。よっぽど強い力が加わったのだと思われた。
「――これは、どうしたんだ?」
凜が訊くと、四華は平然とした様子で答えた。
「狂熱的とも言っていいくらい、熱心な信者がいましてね」
(信者が勢い余って壊しただと? 無理がありすぎるだろ)
凜はそう思いつつ、それ以上は訊かなかった。だが、ひとつ思い当たるものがあった。愛稀ならばそれもあり得るかも知れない、ということである。彼女は衝動的にならば、この現実世界にスピリチュアル・ワールドの現象を持ち込むことができた。もし、彼女がここで危機的状況にさらされるなどして、興奮し力を発動させたならば、このくらいの穴は容易に空けられるかも知れない。
凜と雷也は勧められるままに、室内のソファに座った。四華もテーブルを挟んで向かいに座る。
「あなた方、日下 愛稀さんを捜しに来たのでしょう」
四華はふたりの魂胆を言い当てた。
「その通りだ。ここにいるんだろう」
「ええ、いますよ」
四華の返答を受け、凜は声のトーンを落とした。
「彼女に何をした」
「こちらが何かをしたというより、むしろあの子の方からこちらに近づいてきましてね。今は我々の計画に協力してくれていますよ」
「まさか」
「本当の話です」
四華が本当のことを話しているとは思えなかったが、このままでは話は押し問答を繰り返すだけに思えた。凜は話題を変えた。
「君はここで何を企んでいる」
四華は「はっ」と吐き捨てるように笑った。
「企むとは、あんまりな物言いですね」
「ああいう子供たちを集めて、一体どうするつもりなんだ」
四華はさぞ興味深そうな口調で言った。
「日下さんもはじめ、同じようなことを聞いてきましたよ。やはり、彼女とあなたは似ている部分があるようだ。そして私は彼女にも同じことを言いました。あの子たちには、大きな素質をもっているのではと期待しているのです」
「素質――?」
凜は訊き返した。四華はソファから立ち上がり、ぶらぶらと歩きだしながら続けた。
「あの子たちの心はどこにあるのだろうか、と思いませんか」
「……心?」
「ええ。彼らを見ていると、そんなふうに思えてくるんです。我々と同じ場所に、同じヒトとして生を受けながら、どうしてこんなに異なるのだろうか。もしかしたら別の場所に、彼らの本当の心というものが存在しているのではないかと」
「それがスピリチュアル・ワールドだと?」
「その通りです。だとすれば、彼らの心の居場所が分かったとすれば、我々は目的にぐっと近づきます」
雷也はソファの背もたれにもたれかかり、腕組みをしながら言った。
「――で、素質のありそうな奴というのは見つかったのか」
「何人か見てきた中で、可能性がありそうな少年がひとりだけいますね」
四華のいう“ひとり”に、凜も雷也もピンとくるものがあった。石山の隠れ家で見た資料に載っていた、平沢 星夜という名の少年である。その少年には人を惹きつける何かがあるようだ。四華は彼のそういうところに期待をもっているに違いない。論理的な根拠はなくとも、そう思えてならないくらい星夜の印象はこのふたり、特に雷也にとっては強かった。
「――まあともかく、愛稀に会わせて欲しい」
凜が言った。四華はまっすぐに彼に向き直り、きっぱりと返した。
「構いませんよ――。ただし、あの子を連れ戻しに来たのなら、それは無駄なことだと思いますがね」
四華は敵意ともとれるくらいに、厳しい視線を凜に投げかけていた。
「少年と同じく、彼女も世界の真実を見つけ出せる大きな可能性をもった人間です。あなたが彼女とどのような関係であろうと、私の知ったことではありませんが、あなたが彼女の可能性を潰そうとするのであれば、私は容赦しません」




