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第三章・深淵 (2_2)


「君たちも知っての通り、コスモライフ教の組織は私が解散させた。だが、一部の幹部や信者たちが集まって、あれを母体とした新たな宗教団体を造ったそうだ。そんな情報を、私は先日入手したんだよ」


 石山は棚から資料を取り出し、凜に手渡した。資料はA4の用紙が十数枚、ホッチキスでとめられたものであった。1枚目には大きな文字でこう書かれていた。


「科学真理研究会――?」


 凜はパラパラと資料をめくった。雷也も資料に顔を近づける。資料は、教団の場所、設立した年月日など基本的な情報や、幹部・信者のデータで成り立っていた。最高幹部、即ち教団の創立者の顔写真に、凜はまず目が止まった。


「四華 良哉じゃないか」


 名前の欄には、案の定“四華 良哉”とあった。


「知ってんのか?」


「はい」と凜は答えた。四華には会ったことがある。K大の法学部に所属しながら、教団の若い信者たちのリーダー格でもあった男だ。


 石山が口を挟んだ。


「四華くんね。……彼は私が前の教団の幹部をやっている時、最も警戒した男だった。若くて勢いがあり、信仰に熱心なのは認めるが、思いこみが激しく、自分の野望のためならどんなことでもしかねないような危険さも併せ持っていた。放っておけば、教団を分裂させかねないだけの危険因子だったのだ。それが今回、独立して自身の教団を創るに至った」


「彼が愛稀をさらったという可能性は?」


「証拠はないが、そうしたとしてもおかしくはないと思う。コスモライフ教の中でも、彼は日下くんの能力に特に期待を寄せていたようだから」


 有力な手がかりになりそうなものが、ひとつ見つかった。凜はさらに資料を眺めてゆく。信者たちのリストには顔写真はついておらず、名前と生年月日や血液型、そして備考欄に簡単なその人の特徴が書かれているのみである。しかし、資料の最後には、幹部、信者を含めた集合写真が掲載されていた。その時、雷也が急に叫んだ。


「おい、鳥須! コイツだ、コイツ!」


「何ですか、いきなり!?」


 雷也は写真に写るひとりの少年を指さしていた。整った顔つきだが、表情は乏しくむっつりしていていた。怒っているようにも見える。


「この子がどうかしたんですか?」


 凜が訊くと、雷也は興奮冷めやらぬ様子で答えた。


「俺があの女の話からイメージしたガキの顔、コイツにそっくりなんだよ!」


「え、まさか……」


 凜は資料をめくり返し、信者のリストを眺めた。そしてリストの最後のところにはたと目が止まった。彼はリストの内容をひとりでに声に出していた。


「平沢 星夜 16才 母・光代とともに入信。精神発達に遅延」


「間違いなく、さっきの奴だぜ」


「まあ、確証はできませんが――」


 しかし、凜もこれが単なる偶然とは考えにくかった。ふと、石山が言った。


「四華くんは新たな宗教団体を創るにあたって、何やら新しい構想を考えているようだね。そのために、その少年のような子供をもつ親を積極的に入信させ、子供たちをアジトに集めているらしい」


「どういうことですか?」


「コスモライフ教で信仰の対象としていたものは知ってるだろう。絶対的な科学の存在する場所として、スピリチュアル・ワールドを掲げていた。科学真理研究会では、先天的なハンディキャップをもつ人間は、一般の人間よりもスピリチュアル・ワールドに対する関わりが深いと考えているようだ」


 石山の言葉に、凜は首をかしげた。


「どういう理屈で?」


 すると雷也が言った。


「俺には何となく分かる気がするぜ。発達障害をもつ人間は、よく宇宙人に例えられることがある。その原因は、感じ方や言動が一般とあまりにかけ離れていて、コミュニケーションがとりづらいからだ。別世界の人間だと発想できないこともない」


 彼の言葉で、凜も少し合点がいった気がした。凜は以前の経験から、スピリチュアル・ワールドと過度に関わると、ヒトの精神が大きく影響されることを知っていた。精神を蝕まれることと生まれつきの特性とではまた部類が違うだろうが、少なくともその人の脳機能の様態、即ち“心”が関わっているという点では一致している。


「それでも――どうも納得いきませんね」


 凜は顎に手を当て、難しい顔をした。


「何がだ?」


 凜の言葉に雷也は訊き返す。


「問題に思える点はいくつもありますが、大きく気になるところは、四華がこの手の専門家ではないことです。にわか知識では、間違った認識や判断にもつながりかねません」


 理学研究に携わる凜は、思いこみや知識の乏しさが、思わぬ誤解につながることを知っていた。正しい理解や深い知識に裏打ちされなくては、いくらいいひらめきであってもそれは無に帰すのだ。ましてや、今回の場合、宗教という科学とは正反対の性格をもつものを軸に、物事は動いている。


「彼は、一体どういうつもりなんだ……」


 考え込んだ凜に、雷也ははつらつとした声で言った。


「――1度当たってみるか」


「……え?」


「その科学真理研究会ってところをよ。お前の探してる女がそこにいる可能性もあるんだ。四華ってのはいけ好かない奴っぽいが、ともかく奴の懐に入ってみないと、分かるものも分かんねえだろ。おまけに平沢 星夜ってガキのことも、四華って野郎の企みも分かるかも知れねえ」


 雷也の目は爛々としていた。どうやら、興味津々なのはむしろ彼の方らしい。


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