第三章・深淵 (2_1)
2
翌日、凜と雷也は石山医院へと訪れた。石山医院とはいっても、病院としての経営はとっくの昔にやめていて、外観は廃屋まるわかりであった。
「こんなところに、本当に石山がいんのかよ……」
雷也は疑わしげに言った。それに対して、凜の答えは自身あり気であった。
「ええ。いると思いますよ」
凜は玄関の扉に手をかけた。ギィィィ、と軋む音がして、扉は開いてゆく。中は薄暗く、やや埃っぽいが、それでも外観に比べれば随分綺麗であった。凜は土足のまま上がりこんだ。雷也もそれに続く。廊下を歩いていくと、やがて「診察室」と書かれた扉に行きついた。凜は軽くノックをして扉を開けた。部屋の中を見て、雷也は驚いた。廃屋とは似ても似つかない、清掃の行き届いた空間に、近代的な実験設備が整っている。
「何だよここ。逆の意味で見かけ倒しじゃねえか」
呆気にとられたふうで、雷也は言った。
「愛稀と一緒に研究を行っていた時、主に使っていた場所ですからね。もとは石山先生の親戚が経営していた病院だったんですが、潰れた後残った建物を石山先生が譲り受けたんだそうです」
そう言いながら、凜は部屋の中を見回した。石山の姿はない。だが、明かりがついているところを見ると、不在というわけではないのだろう。
「誰かね?」
ふいに、すぐ後ろから声が聞こえた。凜と雷也は驚いて、弾かれるように2, 3歩動いてから後ろを振り返った。石山がじろりとこちらを睨んでいる。その顔は無精髭を生やし、以前よりもやつれて見えた。腰元にやった手に何かが握られている。それが何か確認して、凜も雷也もぎょっとなった。そこにあるのは拳銃だった。
「何だ、君たちか」
石山は言って、白衣のポケットに拳銃をしまい込んだ。そして改まってふたりの方を見る。
「久しぶりだね。鳥須くんと、あと君は確か、二葉くんところの研究室にいた響くんだったかな」
「はい。響 雷也です」
石山に対して雷也は答えた。
「その拳銃は?」
凜が尋ねると、石山は部屋の中に入り、パタンとドアを閉めてから言った。
「護身用だよ。いつ命を狙われるとも限らないからね」
「命を――誰に?」
「コスモライフ教の関係者だった連中だよ。私を恨む人間は少なからずいるはずだから。まあまさか、君たちは私を殺すとは言うまいね?」
石山はニヤリと笑って、凜と雷也を交互に見た。やつれはしても、人を見下すような態度は変わっていない。
「ところで、何か用かな?」
石山が訊いてきたので凜は本題に入った。
「日下 愛稀の件です」
「――あの子のこと? 噂によれば、君と交際しているそうじゃないか」
凜は、石山がどこでその情報を知ったのか分からなかったが、気にせず話を続けた。
「急に愛稀と連絡が取れなくなりました。僕らは、彼女が失踪したと考え、その原因にコスモライフ教が関係している可能性もあるとみて調べています。石山先生なら、何か重要な手がかりになる情報を持っているのではないかと思いまして」
凜の話に、石山は難しい顔をしながら歩き、作業机についた。腕組みをしながら凜に質問する。
「日下くんが本当に失踪したと言い切れるのかね。連絡が取れないのは、別の原因があるというのも考えられないか。――例えば、連絡が途切れる直前に、喧嘩をしたとか」
凜は少し間を置いてから答えた。
「そういったことはないと思いますね」
石山は嫌らしい笑みを浮かべた。
「それはどうかな。君はどうにも、人の心の機敏が分からない性分だからね。知らないうちに彼女を悲しませたり、怒らせたりしていたんじゃないか」
「…………」
凜は無表情のまま何も応えない。石山は軽く鼻で息をつき、続けた。
「――まぁ、そうでないとしたら、君たちの推理は当たっているかも知れないね」
「本当ですか?」
さすがの凜も少し言葉に感情がこもった。




