第三章・深淵 (1_3)
「なるほどな――」
凜の話を聞いて、雷也は言った。
「信じるんですか?」
笑い飛ばされることも覚悟していた凜にとって、雷也の反応は意外なものであった。
「100%否定する気はねえよ。この世で今の科学で解明されている現象なんて、ごくごく一部だ。信じられないような、未知の真実があってもおかしくはねえ」
そうは言ったものの、雷也にとって凜の話は手放しで信じられるようなものではなかった。だが、凜が嘘を言っているとも思えなかった。仮に真実ではなかったとしても、彼が幻覚を見せられていたという可能性だってある。
「この話を踏まえて、彼女が再び同じようなことに巻き込まれた可能性はあると思いますか?」
「あると思うね。大アリだ」
凜の問いに、雷也はきっぱりと言った。
「お前の話じゃ、愛稀って女は、初めっからそのなんとかって宗教に入信していたんだろ。まあ、友達に薦められたのか、自分から入ったのか、その辺のところはよく知らねえが。ま、とにかく、自分が足を踏み入れたがために、教団の連中に目をつけられたんだ。――どうもあの女は、自分から危険なものに足を踏み入れるきらいがある気がする。ほら、こないだも、発達障害をもったガキのことについて相談してきたろ」
「そういえば、そうでしたね。しかも、その少年とは、道端でたまたま出逢っただけの関係だったとか」
「普通、その程度の関係の奴のことを、色々と考えたりしないもんだろ。冷たい言い方かも知れないが、自分とは関係のない物や人間には、それがどんなものであれ関わろうとしないもんだ。それが現代人の常識ってやつなんだよ。だが、色んなことに興味をもち、警戒心もなく足を踏み入れたがる奴がいる。それはそれでいい面もあるだろうが、裏を返せば余計な災難に見舞われる危険性が常に伴うんだ」
「その少年が災難のもとであったと思ってるんですか?」
凜は訊いた。雷也は少し呆れたような口調で答えた。
「そう答えを急くな。断定はできねえよ。確証もなく決めつけるのは、正しいことを見落として物事を曲解させてしまうおそれがあるからな。だが――」
雷也はカウンターの方に目を落とした。
「真逆のことを言うようだが、今回に限っては俺もそんな予感がするんだよな」
「――どうしてですか?」
「あの女が、その少年のことを相談してきた時、妙な胸騒ぎがした。もしかしてコイツは、何かヤバいものに巻き込まれつつあるんじゃないか、ってな。そう思ったのも、あの女の話の光景が、妙に鮮明に頭に叩きこまれる気がしたからなんだよ。何なら、そのガキの顔さえ浮かんでくるようだった。それで、大人げなくも、見も知らぬそのガキのことについて、思ったことをペラペラと口にしちまったんだよ」
確かにあの時、普段は思慮深い雷也が憶測だけであれだけ喋りたてたことを、凜も不思議に感じていた。凜には、愛稀や雷也がどうしてあの少年にそこまで突き動かされるのか、理解できなかった。彼らが少年に対して抱く感想を、凜は一切もてなかったのだ。
「……ま、そうは言っても、そのガキがあの女の失踪と関わっていると断言はできねえ。あの女に何があったのか分からない以上、可能性として考えられることから探りを入れてみるしかねえな。鳥須、直感でもいいから答えてみろ。今俺たちが探れそうな可能性ってのは何だ?」
「可能性ですか――?」
凜はしばし考えた。先ほど自分がした話と、それについて雷也が言ったこと――それらを踏まえて凜はひとつの答えを導き出した。
「コスモライフ教ですか?」
雷也は大きく頷いた。
「俺も同じことを考えた。教団が崩壊したといっても、そこに関わった人間が消え失せたわけじゃねえ。そのうちの誰かが、手がかりを持っている可能性は十分にある」
「まずは石山先生ですかね――」
凜は言った。教団関係者で、凜や愛稀と最も近しいところにいた人物、それは石山であった。