第二章・妄信 (6)
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その頃、光代を含めた母親たちは、談合が終わり子供の待つ部屋へと帰っていた。談合とはいっても、もちろん特に何か大きな議題について話し合うわけではない。それぞれの育児などの日常的な悩みや、科学真理研究会に対する期待などについて語り合うのだ。妄想や非現実的な理想を絡めて、いつも主婦たちの話題は盛り上がっていた。
戻ってみると、部屋には鍵が掛けられていた。初めてのことではなかった。これは監視役の白馬が、部屋の中にいないことを示していた。
「白馬さん、どうしたのかしら?」
「きっとリーダーと私たちの子供の未来に関する話をしてくれているのよ」
母親たちは口々に言い合った。彼女たちは、ここ科学真理研究会に心酔していた。自分たちがいない間に、子供がどんなことになっているか考えることもない。まさに骨抜き状態になっていたのだ。
やがて、白馬が戻ってきた。
「ああすみません。少し野暮用がありましてね」
白馬はそう言って、ズボンのポケットから鍵を取り出し、部屋の扉のロックを外しにかかった。鍵を開けながら、彼は光代に言った。
「――そうだ。後で少しお話したいことがあるのですが」
「はあ――」
何だろうか、と光代は思った。彼女はこの時まだ、星夜がこの部屋にいないことさえ気づいていなかった。
――
会議室のような場所に、光代は通された。椅子に座りしばらく待っていると、やがてガチャリと扉が開いて、ひとりの男が入ってきた。
「やあ、お待たせしてすみません」
「あなた――四華さんですよね?」
光代はため息混じりに言った。教団のリーダー格の人物と、まさかこうしてマンツーマンで話ができるとは、思ってもみなかったのだ。それだけ、四華は信者たちからは特別な存在であった。
「そうです。突然お呼びしてすみません」
四華は光代の向かいの席に座り、お辞儀をした。
「いいえ、むしろあなたに声を掛けていただけるなんて、光栄ですわ。――それよりお話って何です? もしかして、息子のことですか?」
光代は訊いた。デイサービスの部屋に星夜がいないことが、光代は気になっていた。もしかしたら、よくない話なのかも知れないという不安があった。
「その通りです。けれどご安心ください、決して悪い話ではない。むしろ、あなたにとってとてもいい話だと思います」
「いい話――ですか?」
「はい。実はですね、私、兼ねてから星夜くんのことを調べておりました。そして、彼が選ばれた子供だということが分かったのです」
「選ばれたって、何に……?」
「“神”と言えば分かりやすいでしょうか」
「神……?」
意外な言葉に、光代は思わず眉をひそめた。
「みんな、私たちの子供は悪魔に見染められたと言っていますが――?」
光代は言った。母親たちの間でそういう声が、まことしやかに囁かれていた。子供があんなふうになり、自分たちに対する世間の風当たりが冷たいのには、実はそういう理由があるのだと。しかし、四華は首を横に振り、きっぱりと言った。
「他の子供たちはともかく、星夜くんの場合は違います。彼は生まれながらに、この宇宙の真理を司る大きな力を手にしている。まさに、我々が探していた逸材です」
「本当ですか? 信じていいんですね?」
「もちろんです」
四華は穏やかに微笑んでみせた。光代の表情も徐々に明るいものになってゆく。おぼろげながらも、希望の光が見えたような心地がした。
「それで、星夜はどこに――」
「そのことなんですが――、星夜くんは今、この世の穢れを浄化し、より英気を養ってもらうため、わが組織の一番神聖な場所でかくまわせていただいています。お母さんといえど、その場所を教えることはできません」
「――そうなんですか?」
「しかし、心配は無用ですよ。星夜くんのことは、我々にお任せくださって大丈夫です」
「もちろん――信用していますから。それに、私はどうしたらいいか分からなかったんです。星夜のことをどう受け止め、どう接したらいいのか。夫はいち早く子育てからは手を引いて、他に女の人を作って家には帰ってきませんし――。私だけがあの子の世話を押しつけられることが、もう耐えられなかったんです。ですから、そちらで管理していただけることに、一切不満はありません」
光代は目を落とし、少し言い澱んでからこうつけ加えた。
「――こんなことを言うなんて、親失格と思われるかも知れませんが」
そんな光代に、四華は優しい口調で言った。
「いいえ、デイサービスを利用しているお母さま方は、みなさん同じことを思っていますよ」
しかし、実のところ四華は彼女の心情などどうでもよかった。彼の心は、もはや星夜の方に馳せていた。星夜が自分の教団にとって、どれだけのはたらきをしてくれるだろうか。しかも、思いがけず愛稀まで手中に収めたのだ。今の彼は、まさに百人力だった。




