第二章・妄信 (3_2)
愛稀は応接室に通された。キョロキョロと辺りを見回したが、一流企業の客間や社長室のような豪華な内装だった。革でコーティングされたソファは柔らかく、座り心地がいい。先ほど子供が集められていた部屋に比べれば、天と地である。
しばらくして、白馬がカップをひとつ、ボードに乗せて運んできた。それをアクリル製のテーブルの上に置く。
「よかったらどうぞ。美味しいですよ」
カップの中は淡い茶色の液体で満たされていた。どうやら紅茶のようだ。カップから漏れ出る湯気が、液体の温度の高さを物語っている。
「夏場にホット?」
愛稀は訝しげに訊いた。真夏日にホットの飲み物を提供するなど、いくらなんでも常識から外れている。白馬は少し笑って答えた。
「冷たいものは身体と同じく、心も固くしてしまいますので」
「……?」
愛稀は首をかしげた。返答の意味が分からないままに、質問を続ける。
「……星夜くんの分はないんですか?」
たったひとつの紅茶は、愛稀の前に置かれているのみで、もちろん星夜の前にはなかった。
「出しても飲まないんですよ。残念ながらこの子には意味が理解できないようだ」
白馬は呆れたような口調で返した。だが、白馬の言うことは、愛稀にも一向に理解できない。けれども、あまり警戒心をむき出しにして、向こうに勘ぐられてもマズいと思えた。それに、部屋の中は十分に冷房が効いているので、飲むのが苦痛というほどでもない。愛稀は紅茶をいただくことにした。カップに口をつけ、ひと口すすった瞬間、表情が変わるのが自分でも分かった。思った以上にそれは美味しかったのだ。深みのある味わいが舌の上を駆け巡り、華やかな香りが鼻を抜ける。それでいていつまでも味がしつこく残ることなく、味わいが小気味よいくらい絶妙なタイミングで舌から引いてゆくのだ。キレの良さに、もうひと口飲みたくなってしまう。気づけば、愛稀は紅茶を飲み干していた。
ふと見上げると、白馬がニヤニヤとこちらを見ていた。何が可笑しいんだろうとムッとしたのと同時に、たった一杯の紅茶に一瞬でも気を許してしまった自分を恥ずかしく思った。
(もうこれ以上は騙されないぞ)
愛稀は固く心に誓ったのだった。
コンコン、とノック音が聞こえた。白馬は言う。
「わがリーダーが来たようですね」
扉が開き、入ってきた人を見て、愛稀は驚きに立ち上がった。
「四華さん……!?」
相手も愛稀の姿に驚きを隠せないようだった。
「日下さんじゃないですか。――いや、こんなところで会えるとは、奇遇だ!」
そこにあるのは、愛稀が以前関わりのあった人物、四華 良哉の姿であった。




