第二章・妄信 (3_1)
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男は名を白馬と名乗った。
愛稀は星夜と手をつなぎ、白馬の後ろについて歩いていた。外見とは予想外に、ビルの敷地内は広かった。幅は狭いが、奥行きはかなりあるようだ。
「なぜ星夜くんを一緒に?」
愛稀の質問に、白馬は振り返らずに答える。
「それが一緒の方が、我々の目的を分かっていただきやすいからですよ」
「目的……?」
愛稀は呟いたが、白馬は黙ったきりだった。愛稀はさらに疑問を投げかける。
「星夜くんのお母さんは、どこにいるんです?」
「ああ、おそらく上の階の談話室でしょう。お話しているんだと思います」
「お話? 誰と?」
「他の子供たちの親御さんですよ」
どうやら、光代を含む、デイサービスを利用している子供たちの親は、談話室というところに集まっているらしい。白馬は話を続けた。
「あの方々は、日々苦しい思いをしています。どうして子供があんな風になってしまったのか思い悩んでいますし、世間の冷たい視線も感じています。ここは、そんな方々が互いの思いを話し合い、つらい現実を忘れるための場として利用しているのですよ」
白馬の言葉に愛稀はむっとした。その言い方では、星夜たちがまるでお荷物扱いのようじゃないか――。もうひとつ引っかかりを覚えるところがあった。先日、インターネットで調べた際に書いてあった情報と、まるっきり違う言い方をされたからだ。
「あの子たちの障害は生まれつきのものであって、決してお母さんたちのせいではないんじゃ――?」
愛稀は言った。『どうして子供があんな風になってしまったのか』、愛稀は彼のこの言葉に疑念を抱いていた。言葉のあやといえばそれまでだが、表面上の意味を汲めば、子供は育てられ方であんな風になってしまった、というようにも聞こえる。だが、愛稀の調べたところによると、その考えは誤りであった。ことに発達障害に関しては、「子供の障害は親の接し方が原因である」という間違った認識から、母親が不当な糾弾を受けたという歴史が存在していたのだ。
「はは……」
そんな愛稀の指摘を、白馬は軽く笑って受け流した。やはり、白馬はあの子たちのことを何も理解していなく、どうでもいいと思っているのだろうと、愛稀は思った。
(やっぱり、ここはまともなところじゃない)
愛稀は緊張した面持ちで、白馬の後ろ姿をぐっと睨みつけた。同時に、つないでいた手にも力が入る。彼女は星夜の手をぎゅっと握りしめた。この先何があっても、この子は守らなきゃという思いがあった。