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第二章・妄信 (2)


 2



「よかったら、一緒に来ますか?」


 光代に誘われ愛稀が訪れたのは、駅からしばらく歩いたところにあるさびれたビルであった。


「とてもいい所を見つけたんです。デイサービスっていうのかしら? とにかく、本当にこの子のためになる所なんです」


 光代はそんなふうに話していたが、カビの臭いが漂いそうなほど老朽化したビルは、街並みにとても不釣合いである。この中にデイサービスの機関があるとも、どうにも考えにくい。ビルの入り口には『科学真理研究会』という表札があった。


(どういうところなんだろう?)


 ともかく、乗りかかった船なのだし、中の様子を見てみようと愛稀は思った。実際にどういうところなのかは、実際に見てみないと判断できない。


 エレベーターを上がり、彼女らは3Fで降りた。狭い廊下の先に、簡素なつくりの扉があった。すりガラスのところには『Expected Children’s Room』という記載がある。光代はその扉の前で止まった。どうやら、ここが目的地らしい。愛稀は、英語は苦手なものの、何とかその言葉を直訳してみた。「期待された子供たちの部屋」。訳すことはできたが、どういう意味なのかはよく分からない。第一、何を期待されているのだろう。


 光代が扉を開く。絨毯が敷き詰められている以外は、特に何もないがらんとした部屋に、小学生から高校生くらいまでの子供たちが幾人もいた。みな、何かしらの障害をもっている子供たちであることはひと目で分かった。


「この子たちは……?」


 愛稀が訊くと光代は、

「このデイサービスを利用している子たちです」

 と答えた。


 部屋の片隅に、パイプ椅子に腰かけるひとりの男の姿があった。男は、落としていた目をあげて、愛稀たちの方を見、会釈をした。愛稀も光代も会釈で返す。男は立ち上がって愛稀たちの方へと歩いてきた。


「今日もお世話になります」


 光代は男に向かって言った。


「ええ、構いませんよ。任せてください」


 男は笑顔を作っていた。だが、顔色は青白く、目は虚ろで、その表情は何とも気味が悪い。


「ありがとうございます。それじゃあ、行ってきますね」


 光代の言葉に愛稀は驚いた。


「えっ、どこかに行っちゃうんですか?」


 光代はこくりと頷く。


「ええ。ちょっとお話することがあるの。その間、星夜をここで預かってもらうのよ。あなたも悪いけど、ここで少し待っていてもらえるかしら」


 光代はそう言い残すと、さっさと部屋を出て行ってしまった。


 取り残された愛稀は部屋を見渡した。ここには本もなければ遊具もなく、子供たちは座っているかぼーっと突っ立っているか、そうでもなければあたりをせわしなく歩き回っているしかない。妙な声をあげて手足や頭をせわしなく動かす子や、隣の子をつついたり叩いたりするような子供もいた。しかも、愛稀の傍らにいるこの男は、そんな子供たちをちゃんと見ている様子もない。部屋の中は、異様な空気で溢れていた。


「あなたもわが、科学真理研究会に興味がおありですか?」


 突然、男が話しかけてきたので、愛稀は焦った。


「あ、えっと――。はい、どんなところなんだろう、って」


「それは素晴らしい!」


 男はニンマリと笑ってみせた。


(何が素晴らしいんだろう……?)


 愛稀は首をかしげるばかりだった。


「よかったら、本会のリーダーとお話されてみてはどうですか。その子も一緒に」


 男は星夜を指さした。そして、愛稀の返事を待たず、扉の方へと歩きだす。


「あ、あの……、他の子たち、見てなくてもいいんですか?」


 愛稀は訊いた。今、愛稀たちが出れば、部屋の中はこの子たちだけになってしまう。しかし、男は背を向けたまま、淡々と返した。


「なぁに、放っておきゃいいんですよ」


 男がさっさと部屋を出てしまったので、愛稀もそれに従う以外になかった。


「行こ?」


 星夜の手を引くと、彼は素直にそれに従った。というより、彼はこれまで、自分の意思を見せることは殆どなかった。


 愛稀と星夜が部屋を出ると、男は外で待っていた。扉が閉まると、男はそれに鍵をかけた。


「これで、中の子供たちが逃げ出すことはないでしょう」


 男は、子供たちを部屋の中に閉じ込めておくつもりらしい。愛稀はこの時点で、ここがまともな所だと思えなくなっていた。ただ、この科学真理研究会が一体どういう魂胆なのかを確かめてなくてはと思った。ここに通わされている星夜のためにも――。


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