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第二章・妄信 (1_1)


(第二章・妄信)



 1



 夏真っただ中の8月頭。大学は前期試験が終わり、学生たちは待ちに待った夏休みを迎えた。


 講義室は、解放感に華やぐ声が方々で起こっていた。そんな中、愛稀は帰り支度を整え、ひとり講義室を後にした。愛稀は学内に友だちはいないといってよかった。入学当初は、色んな人が話しかけてきたが、じきに周囲は彼女に「変わり者」、「ドジッ子」というレッテルを貼り、徐々に離れていった。愛稀も、最初はそんな周囲の反応に思い悩んでいたが、入学から1年半近く経った今では、殆ど気にしなくなった。世の中、自分に合う人もいれば、合わない人もいる。たまたま同じ授業を受ける者たちに、自分に合う人間がいなかったというだけのことだ。


 大学の門の外は、大学通りと呼ばれる道が続いている。さまざまな飲食店やゲームセンター、カラオケボックスなど、学生が利用しそうな店が並んでいる。ちょうど昼時であり、通りは多くの学生でにぎわっていた。


 ふいに、スマートフォンが振動を始めた。ディスプレイを見ると、実家からの着信である。愛稀は電話に出た。


「もしもし?」


「……ああ、愛稀ちゃん? お久しぶり。元気にしてる?」


 母親の声だった。


「うん、それなりに。そっちは?」


「こっちも相変わらずよ。それはそうと、愛稀ちゃん今日から夏休みだったわよね。休暇中は、こっちに帰ってくるの?」


「うん。いつにするかは決めてないけど、いつか帰るつもり」


「こっちはいつでもいいから。帰る日が決まったら連絡してね。お父さんも愛稀ちゃんの帰りを楽しみにしているわ。――ところで、もうひとつ訊いてもいいかな」


 ふいに、母親は話題を変えてきた。


「何?」


「……愛稀ちゃんの本当のご両親って、もう見つかったりしたのかな」


 訊きづらい話題なのか、彼女の口調は少したどたどしい。


「まだだよ」


 愛稀は短く答えた。今話しているのは、実は彼女の本当の母親ではなかった。愛稀は生後間もなく両親に捨てられ、児童養護施設でしばらく過ごし、その後ある夫婦の養子に入っていた。電話の向こうにいるのは、その育ての母親であった。


「そう――」


 育ての母親の言葉には、安堵の色が含まれているように思えた。


「でも、諦めるつもりはないよ。これからも探すつもり」

 と愛稀は言った。これは彼女の強い意志でもあった。


「そうね。実の両親に逢うこと、愛稀ちゃんずっと願ってきたものね。もちろん、愛稀ちゃんが思うなら、そうしてもいいのよ。でも、もし実のご両親が見つかっても、私たちのことも忘れないでくれたら嬉しいわ」


「当たり前だよ。心配しないで」


 それは愛稀にとっての本心であった。育ての両親には、十数年間育ててくれたという感謝も愛着もあった。すっぱりと割り切れるようなものではない。


「愛稀ちゃん、こう言っちゃなんだけど、小さい頃から結構手を焼かせてくれたからね。その分、私たち夫婦の愛情も強いのよ」


 愛稀は苦笑した。この両親には、本当に色々な迷惑をかけたと思う。幼少期、愛稀はそれだけ物覚えの悪い子供だったのだ。ただ、この両親は本当に愛情をかけて自分を育ててくれたと思う。それは本当に感謝すべきことであった。


 それから短いやりとりの後、愛稀は電話を切った。このまままっすぐ下宿先のアパートに帰ろうかとも思ったが、テスト開けの解放感もあり、どこかに出かけたいとも思う。けれども、学内には一緒に遊ぶような相手はおらず、凜や遙に連絡をしても、そんなに急に都合はつかないだろう。だとすれば、ひとりでできることで考えるしかない。そういえば――と、愛稀はアパートに食料がないことを思い出した。


(買い出しでも気晴らしくらいにはなるかな)


 愛稀はこの足で、買い物に行くことに決めた。家の近くに小さなスーパーはあるが、今日は電車で数駅先のところにある大型ショッピングモールまで、足を伸ばしてみることにした。そこならば、食料品売場だけでなく本屋や服屋など、さまざまな店が覗ける。羽を伸ばすにはちょうど良かった。


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