第一章・星夜 (6)
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雷也と別れ、愛稀と凜は夜道を歩いていた。
「響さん、どうだった?」
凜が訊いてきた。
「うーん、正直最初見た時はびっくりした。でも、話していたら意外と真面目な人なんだなって思った」
愛稀の応えに、凜は少し笑った。
「あの人はね、一般常識の範疇から、かなりかけ離れた人なんだ。風貌からしてあんな感じだし、他人を平気でけなしたり、目上の人に盾をつくこともある。おまけに遊び好きで、その日知り合った女の人とホテルに行ったなんて話もよく聞く。あの人のそういうところは、君も気をつけた方がいいよ」
(そんな人と私を逢わせたのは、一体どこの誰なんだか――)
愛稀は心の中で呟いた。
「だけど専門分野、ことに研究においては、あの人は絶大な力をもっている。他の学生が出せないような結果をバンバン出していて、教授も舌を巻くほどだ。おまけに、どんな局面に立たされても、自分のスタンスは崩さない。相当自信に満ち溢れた人なんだろう」
昨日とうって変わって、凜は饒舌だった。彼は自分の興味のあることは、夢中で話すのだ。
「凜くん、あの人に憧れてるみたいだね」
「どうしてそう思う?」
「口ぶりで分かるよ」
凜は鼻で軽く息をつき、空を見上げた。雲ひとつない星空が広がっている。
「あの人には揺らぎがない。そういう意味では確かに尊敬しているな。プライベートは理解できない部分も多いけれど。――共通している趣味は、酒を飲むことくらいだ」
愛稀は、ふたりがどうして仲がいいのかよく分からなかったが、その理由に何となく予想がついた。研究内容が近いからというのは間違いないだろうが、もうひとつの理由、それは酒好きという共通点であろう。愛稀も彼のお酒に付き合いたいという気持ちはあったが、まだ20才の誕生日まで数ヶ月を残しており、その夢は未だに叶わない。
「……でもさ、今日の話を聞いて凜くんやきもち焼かなかった?」
愛稀はふと話題を変えた。
「どうして?」
「別の男の子に惹かれてる私を見て、さ」
愛稀はわざと意地悪っぽい訊き方をした。星夜に対する想いは決して恋愛感情などではない。ただ、彼に対してかまをかけてみたかったのだ。
「――いや、そんな気持ちはないな」
そんな愛稀の期待は、予想通りというか、裏切られた。
「だよね。凜くん、そういうの無頓着だもん」
愛稀はすねたようにうつむいた。道端に転がっていた小石を蹴飛ばしてみせる。
「そういう意味では、君のこともとても羨ましいと思うな」
「どういうこと?」
愛稀は怪訝そうな顔を彼に向けた。
「君の言う通り、僕はどうにも色んなことに無頓着だ。でも、多分最初からそうだったわけじゃなくて、どこかで思い悩んでも仕方がないと諦めてしまったんだと思うんだ。その点、君はとても感受性が強くて、色んなことを感じ、多くのものに興味をもつことができる。もちろん思い悩むことも多いんだろうけど、得るものも多いだろう。だから、そんな君の性格を僕はとてもうらやましいと思う」
「そうかなぁ――」
意外な彼の言葉に、愛稀は胸の奥がくすぐられるような心地がした。
「君がその男の子に興味をもったのも、そんな君の性格のあらわれだろう。だから、別に僕はそのことに腹を立てたりはしない」
彼に心の内側を読まれているのでは、と愛稀は思った。彼はいつも愛稀のさらに上の発想をしてみせるのだ。
(やっぱりかなわないなぁ――)
愛稀は、久々に彼に対して好感をもてた気がした。