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第八話 作戦会議

異世界でヤクザと麻雀勝負

第八話 作戦会議



 パイゴウは麻雀と花札を組合わせて複雑化させたような遊びだ。

 麻雀と同じく基本は四人打ちだが、牌の数は麻雀の四倍を上回り、ツモるのも場合によっては最大四牌となる。

 花札に似ているのは役が成立した時点で成立牌をオープンし、アガルことを選択できる。が、ここに条件があり一翻のみでアガルことのできるのは役満のみである。さらに、他人の役を潰す役がある。

 場合によっては半荘勝負で一日が潰れるというとんでもないゲームだ。

 高野が早打ちと呼ばれるのは、このゲームにおいてツモ五秒ウマという縛りをかけた上で勝利したことにある。その時賭けたのは世界的な俳優の命であった。



 天蛇会の経営するカジノ、テンスネーク。

 カブキ町の目抜き通りに居を構える大型カジノビルであり、二十四時間営業の悪の巣だ。

 天津のリムジンから降りてきた一行に、客たちは目を背けながらも興味津々である。

 高野は顔が出るのは諦めてゆうゆうとカジノのゲートを潜り、出入り口でワイヤリッパーと警棒を係員に預けた。

 天蛇会のヤクザはノーチェックなのに、高野と蘇土は武器になるものは取り上げられた。ヤクザの通したがるスジはいつだって公平ではない。

 案内されたのは三階のVIP専用エリアである。

 薄暗い照明のそこはカードを切る音や、上流階級に属する人々の談笑の声小さく聞こえる場所だった。

 客たちの好奇の視線に晒されながらパイゴウ手摘み卓へ通され、一同は無言で席についた。

 高野は座った瞬間に椅子のフカフカさに圧倒された。癒されるフカフカ具合だ。

 象牙に似た獣の何かで作られた牌が目の前にあって、それは封を切られる前の新品のパイゴウ牌だ。

「なあ、こういうの開けるの好きなんだけど、俺が封きってもいいか」

 天津はチロリと舌を出して嗤う。蛇人間のそれは威嚇に見える。

「いいぜ、好きにしろよ貧乏人」

「お前らと違って涙の沁みた銭は貰ってねえんだ」

 銭の重さに涙の重さが加わったら、それこそヤクザでもないと起き上がれない。

「言いやがるぜ公務員が」

 ビニールでパックされた真新しいパイゴウ牌を触って確認するが、イカサマ用に仕込まれたド三一ご用達のものではない。真っ当な高級品だ。

「ここでイカサマしてくれたら俺の勝ちなのになあ」

「兄さんの賭場にアヤつけようってぇの?」

 ふて腐れていたリリーがここぞとばかりに噛み付いてくる。ヤクザが三人も並べば話の内容は思春期の中学生レベルだ。

「ツェン・リさんとリリーさんは身内じゃねえか。コンビされたらつまんねえと思うのって俺だけ?」

「お前な、舐めくさるのもいい加減にしろや。あたしら博徒がそんなつまんねえことすると思ってんの」

「お前らはそのつまんねえこと以下で金集めてるクズだ。面子だなんだ言うくせガキの飴玉でも取り上げるような真似してるだろうが。それにな、ツェン・リさんだけなんにも賭けてないだろ。そんなだからお前らは真っ当じゃないって言われるんだぜ」

 リリーの顔に殺気が充ちた。

「言ったな」

「もう一回言ってやろうか、ヤクザ女」

 端末に入れてある魔力ソナーアプリが警戒音を発した。攻撃的魔術による星素反応を検出したためだ、

「よしなされ」

 護衛の一人がリリーの肩に手を添えた瞬間、彼女の魔力は霧散する。何らかの技術でリリーの術に介入したのだ。

「お前ら、気が立ちすぎだぜ」と、天津。

「腹が減ってるし作戦会議したいから、別室でなんか出前取ってくれよ」

「お前、兄さんにその口の利き方ァッ」

「どんだけ天津のこと好きなんだよアンタ」

 リリーをからかいながら高野は天津に目を向ける。

気風(きっぷ)の悪いことは言わないよな、大物の天津組長」

「中華なら上のレストランから出してやれるぜ。公務員には一生食えないもんだ、せいぜい楽しみな」

「ありがとうよ。あんたらはあんたらで作戦立てとけよ」

 高野は煙草をくわえて火を点けようとしたが、天津の護衛の一人が魔術で指先に小さな炎を灯して差し出してくれた。遠慮なくライター代わりにさせてもらう。

「おっと禁煙だったか?」

 天津はしっしっと手を払って寒いジョークに答えた。



 別室もいやに豪華な休憩室で、バーカウンターまで着いているどこかの高級ホテルじみたものであった。

 上階にあるという中華からの出前も今まで食べたことのないような代物で、それぞれにメシを食えばそこそこにくつろぐことができた。

 四人で使うには広すぎるテーブルには麻婆豆腐から始まり伊勢海老のチリソースだとかフカヒレの姿煮だとか、高野の知る料理が所狭しと並べられている。

「美味いなこれ」と、高野。

 どれも故郷のものとは少し違う材料でも、美味いものは美味い。

「繊細な味ね。ほんとに高級品使って一流が作ってる味だわ」

 指を折られているためにスプーンとフォークの良太郎が言えば、蘇土はむっつりとしたままチャーハンをかき込んでいた。

「箸を使うのがマナーなのかしら。フォークではどうにもしまらないですわ」

 ユーリスはどこかズレた反応だが、お気に召しているのに間違いはないはずだ。彼女は料理に関しては正直に物を言うタチなのだ。

「お前らくつろぎすぎだろ」と、蘇土。

 包帯で表情はよく分からないのだが、高野とユーリスは慣れてきたせいか彼の感情を推し量るのも苦ではない。苛立っているようだ。

「蘇土さんは心配性だなあ。作戦会議するって言っただろ」

「簡単に言うが、負けたら高野さんをぶっ殺すけどいいかよ」

「いいさ、それなりに手はありますし。ユーリスさん、一つ手伝ってくれ」

「わたくしが、ですか?」

「ああ、簡単なことさ。ツェン・リを煽ってくれ。席から離れないように、やる気を出してもらうようにね」

 ユーリスは驚いた顔をした後に、小さく笑った。

「あの無頼は敵方ですわよ」

「あのバケモノ女の犬じゃなくてさ。あいつに勝ちにいってもらえたら、勝てるんだ」

「ふふ、殿方を鼓舞するのも女の役目。やってみましょう」

 肝の太い女だ。

 良太郎と蘇土はユーリスをどこか不思議に思う。命のやり取り、鉄火場で笑える女はそうそういない。

「ユーちゃんよ、無理はすんなよ。俺が、ユーちゃんだけなら無傷で帰してやる」

 全員ぶっ殺して、と蘇土は続けなかった。

「蘇土様、お料理教室でお会いした時も言いましたけれど、辺境の女は貴種であれど矜持がございます。それに、わたくしに放たれた暗殺者は両の指では足りませんくらいですのよ。この程度、慣れたものです」

 ふん、とわざとらしくそっぽを向いたユーリスは口元が笑んでいて、蘇土も苛立ちを消してそれに倣った。彼の笑みは唇のひきつれる猛獣のそれなのだけれど。

「ええー、お料理教室ってなにそれ。蘇土さんがエスコートしてるの? アタシらが迎えにいくの断った日ってそういうこと?」

 良太郎が言えば、蘇土は早口に「そんなんじゃねえ」と言って、ユーリスはそっぽを向け続ける。

「えっ、ていうか俺はその辺り把握をしてないと不味いんですけど。冗談じゃなくてマジで?」

 高野はヤクザに啖呵を切る時以上に焦っていた。

「ち、違いますわよ。わたくしもお料理の一つくらい覚えねばと受講したのです。そうしましたら、たまたま蘇土さまもお通いになられていて」

「そ、そうだ。俺はユーちゃんが落下する一年以上前から通ってだな」

「ってことは、ユーちゃんが蘇土さんにってことじゃないのよ。ええ、なんで、なんかよく分かんないんだけど」

「で、ですから、偶然です。ぐ、う、ぜ、ん」

「蘇土さん年甲斐とかあるじゃないですか。庇えないですよ」

「お前ら、俺を幾つだと思ってんだよ」

 蘇土が疲れたように言えば、皆の視線が集中する。そういえば、ちゃんと聞いたことがない。

「あのな、俺はまだ二十一だ」

 阿鼻叫喚であったという。




 いやにくつろいで出てきた一行が席につけば、ヤクザ御一行も食事を終えた所らしい。

 ガラス窓から見える景色はカブキ町の猥雑な夜景だ。夜の帳が下りた今からがこの街の時間で、高野は書類を思い出して「困ったな」とつぶやく。

「なんだあ、ビビったか」

 天津がからかうが、高野はへらへらと笑ってごまかした。どうせこいつらに書類の提出期限なんて話は通じない。

「ハハハ、あんたら相手にだったら誰でもビビるさ。それより、ツェン・リさんは何を賭けるか決めたかい?」

「オレたちは作戦会議なんてしてねえよ。おい、ツェン、言ってやれ」

 リリーは不機嫌な様子だが、天津の言葉には口出しできないようだ。

「この騎士剣をかける」

 ツェン・リは言うと、佩いていた騎士剣を両手で捧げるようにして差し出した。

 無言のユーリスとツェン・リの視線が交錯した。

 高野はそれを見て、鼻で笑う。

「どんな値打ちもんか知らないけどな、そんな鉄の塊は釣り合わないんじゃないですか。ヤクザ屋さんよぉ、素人相手にボッタかよ」

 ツェン・リに凶相が浮かぶ。

「ちょっと、こっちはアンタの言い分聞いてやってんのよ。アタシらと兄さんがどんだけ譲ってるか分かって言ってるのかしら?」

「譲る? ヤクザが博打で立場出すってか。侠客だ博徒だ言ってるヤツらのすることか」

 動こうとしたリリーとツェン・リを天津が制した。

「じゃあどうして欲しいんだ? 言葉遊びの時間は過ぎたぜ」

「各々方、いい加減になされよ」

 それは、ユーリスの発した檄である。

 しん、と静まりかえった一同がユーリスを見つめた。ヤクザも、近くにいたウエイターも、誰もが彼女の威圧のようなものに呑まれていた。

「元はわたくしとツェン・リの諍いです。わたくしが賭けに入らぬのが間違いでございましょう。ツェン・リの無頼殿、いえ、その剣を賭けると仰った騎士殿、その席をお譲り下さいまし」

 筋など最初から通っていない。

 発端はユーリスとツェン・リではあるが、こうなったのはリリーが面子と我欲にこだわって高野を巻き込み、さらに高野が天津を引っ張り出したせいだ。最初から、ここにあるのは無意味な暴力の連鎖のみである。

「おいおい、姫様は何を賭けるよ?」と、天津。

「人を賞品にした口でよく囀るものよ。わたくしは命を賭けましょう」

「はは、俺ら相手に命ってぇのはな、あんたの思うより酷い内容だぜ」

「渡世人、よく聞け。辺境の女は命を賭すことを厭わぬ」

 ユーリス・ドナ・ドナイタシスは故郷の世界線において命を狙われることが日常であった。事の発端は皇孫に対する不敬である。

「連綿と続くお家は命を賭して守られた。矜持を曲げてはわたくしの血が穢れるというもの。どこであろうと、わたくしはドナイタシス辺境伯の末姫である」

 ファンタジー系世界線出身の難しい所がユーリスの言うそれだ。彼らの持つ死生観はこの社会において異端であり決して馴染むものではない。しかし、それ故に人を魅了してやまない。

「いいぜ、座れよ」

 天津は言って、爛々と光る眼でユーリスを睨めつける。その瞳にあるのは、この女を手に入れたいという欲望だ。

「よしなに、と言いたいところですが、わたくしルールを知りません」

「あの啖呵の後でそいつはきかねえぜ」

「続きをお聞き下さいまし。ツェン・リ殿、騎士であるあなたにお願いがあります」

 茫然とユーリスを見つめていたツェン・リが正気に返る。

 何か言おうとして、言葉にならない。

「わたくしの代わりに打って頂けますか。この命、騎士剣を賭したあなたに託します」

「この俺に、託されるか」

 敵方に代打ちを頼む。ありえないことだ。だが、天津もリリーも口を挟まない。いや、場の誰もが口を挟めない何かがそこにあった。

「騎士剣を賭すと仰った時のあなたは無頼ではありませんでした。今は騎士様なのでしょう?」

「俺は、……もう」

「託します。騎士であるならば」

 ユーリスは席で項垂れているツェン・リの眼前に進み、手の甲を差し出した。

「騎士さま」

「騎士ツェン・リがあなた様のお力に」

 手の甲に接吻を許された騎士は、淑女のために戦わねばならぬ。だから、ツェン・リはその手に口づけた。

 見守るヤクザたちの一人が「いい女だ」と小さく漏らした。

 天津は、この女が欲しくなった。

 リリーは、この女を嬲ってから殺したくなった。

「よし、じゃあ始めるか」

 高野が洗牌をうながせば、ヤクザ二人と騎士もそれに倣う。

 仕込みが上手くいきすぎた博打は、ツキが逃げるものだ。

 


次回は日曜の夜予定。

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